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第八話 蒼玉姫と紅玉姫

半分が終わり残すところあと七話(*´▽`*)

 エリサベータを王都へ送る為にレイマンはヴィーティン領まで迎えに来た。


「レイ様!」


 エントランスでレイマンを出迎えたエリサベータは白を基調にしたエンパイアラインのドレス姿。白は清廉な彼女をより清楚に見せた。


「わざわざお迎えに来て頂きありがとうございます」

「可愛い婚約者の為ならなんでもないさ」


 レイマンはエリサベータの両頬に軽く接吻する。


「エスコート役まで買って頂き感謝の言葉もありません」

「何を言うんだ。エスコートは婚約者の特権だよ」

「そこは特権ではなく義務なのでは?」


 レイマンの物言いが可笑しくエリサベータはくすくすと笑った。


「エリサを見たら男達の申し込みが殺到しそうだ」

「まあ!私のエスコート役などお父様以外には申し出ませんわ」


 そう言っていられるのも今のうちだとレイマンは思っている。デビュタントの後で彼女へ殺到する男達の事を考えると気が重くなる。


「できればエリサをずっと領地に閉じ籠めておきたい」

「レイ様、それは猟奇的に過ぎます」

「そうかな?エリサを見た男なら誰でもそう考えるさ」


 内心渋々であったが、レイマンは表面を取り繕って少し戯けた口調で語りかけながら、エリサベータに上着を掛けて馬車へと誘った。


 デビュタントは社交界シーズンに先駆け、初春に執り行われる。まだまだ寒さが身に染みる。二人だけの車内でエリサベータはレイマンに寄り添い、レイマンは寒そうに身を寄せてきた彼女の肩をそっと抱き寄せた。


 レイマンは御者台の方の小窓から馬車を出すように指示を出す。直ぐに車輪がゆっくりと回り、それに合わせて馬車も緩やかに動き出す。


 ガラガラと音を立て、レイマンとエリサベータを乗せた馬車が王都へ繋がる街道を走る。初めて見る景色を眺めていたレイマンの目に小さな湖畔にひっそりとたたずむ教会が目に入った。


「あれは?」

「レイ様?」


 その湖の対岸、平野が開けて更に先に森が見えたのだが、この辺り一帯雲一つない晴天でありながら遠くに見えるその森の上空だけ何故か暗雲が立ち込めていた。


 寄り添っていたエリサベータがレイマンの声に彼の視線を追って同じものを視界に入れると、嗚呼と少し悲痛な声を上げた。


「あれは……『冒涜の森』です」

「あれが……」


 それは有名な森であった。悪い方向で。


 この『冒涜の森』には名前の由来となった『冒涜の魔女』が住んでいる。御伽噺おとぎばなしにも出てくるその魔女は遥か昔、この国が興る前からその森にいたらしい。


 その魔女は今も妙齢の美しい容姿を持ち、恐ろしい呪いの力を使うという。


「近づかぬが宜しいでしょう……」

「そうだな……」


 デビュタントへの気の重さもあるのだろうか?

 森の上にかかる黒い雲の塊が不吉な前触まえぶれのように思えた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 デビュタントの会場は既に貴族達で賑わっていた。そこに、レイマンは当然のようにエリサベータをエスコートして現れた。


 レイマンは王都でも既に名士である。令嬢達の誰もが溜息を漏らす程の美貌を持ち、ナーゼルを見事に統治する辣腕ぶりで注目されている若者だ。その彼が妙齢の佳人を伴って来たことで会場がどよめいた。


「ナーゼル伯と一緒のご令嬢は誰だ?」

「同じ銀髪碧眼だから親戚だろうか?」

「美しい……」

「アグネス様と比べても遜色ないのでは?」


 会場中の目がエリサベータに集まった。


──婚約をしておいて正解だった。


 エリサベータを見る若い貴族達の目には明らかに情欲が宿っている。婚約をしていなければ、確実に彼女の争奪戦が始まっていただろう。あんな貴族共に彼女を奪われるのはレイマンとしては我慢がならない。


 レイマンは牽制のために会場中の知り合いにエリサベータを婚約者として紹介して回った。レイマンも必死だ。婚約者(エリサベータ)をしっかりと抱き寄せ、しつこく食い下がる貴族どもを追い払う。と、その最中にレイマンとエリサベータが入場した時のように会場が沸いた。


 王都で注目を集めている公爵令嬢アグネス・ハプスリンゲが入場して来たのだ。


 濡れ羽の様に艶やかな光沢のある黒髪、ルビーの如く紅い光を放つ瞳、抜ける様な白いきめ細やかな肌。見る者全てを虜にする美女。


 デビュタントでは純白のプリンセスラインのドレスに純白のイブニンググローブを身に付ける習わしだが、エリサベータはその白のイメージそのものの楚々たる美貌を見せつけた。


 だが、会場に現れたアグネスは同じ白一色の格好でありながら、似たドレスとは思えぬ程の色香で年齢を問わずに男達の視線を全てさらった。


 そんな周囲の雰囲気など気にも留めず、彼女は泰然とした様子でホール中央まで彼女の父ハプスリンゲ公爵にエスコートされながら進んで来る。


 と、アグネスの視線がレイマンの視線と交わる。途端にその顔にぱっと美しい花を咲かせた。男達はその咲き誇る微笑に魅了されたが、そんな男達には全く目もくれず、彼女はレイマンに視線を合わせたまま歩む。


 彼女のために人垣がさあっと左右に割れてレイマンまでの道が作られた。その道を当然のように渡るアグネスは、傲慢というよりも高貴。周囲も公爵への敬意よりもその圧倒的な美貌の威に打たれて避けざるを得ない。


 これはアグネスにとっても周囲の人間にとっても疑問にも思われない普段のこと。


 そんな完璧な美の化身が近づいて来ることにエリサベータは不安を覚えて、レイマンの腕に添えている手に自然と力が篭る。レイマンを見詰める赤い瞳に灯る情熱の炎にアグネスの気持ちを察したのだ。


「これはハプスリンゲ嬢。ご無沙汰しております」

「ナーゼル伯爵様もご機嫌麗しゅう」


 アグネスの見事な跪礼(カーテシー)。周囲から感嘆の声が漏れ聞こえる。同性のエリサベータでさえ見惚れる優美なアグネスは噂以上の女性だと思えた。


──勝てない……


 その美しさにエリサベータは自然とそう感じた。


 美醜に勝ち負けをつけるなど意味が無いことだ。頭では分かっている。しかし、気持ちが勝手に一人歩きする。


──レイ様をられる!


 それは嫉妬。


 エリサベータはレイマンに恋をした。婚約者となって愛を育んだ。だからレイマンを失う事がとても怖くなってしまった。


──醜い……


 醜悪な感情。潔癖な所があるエリサベータはそんな自分の心が汚いもののように思えて、より一層に己がレイマンに相応しくないのではないかと胸の内にジリジリと焼付くような焦燥感が募る。


「そちらの方は?」


 アグネスはさも今気が付いたていでレイマンの腕をすがるエリサベータをちらりと見やるとレイマンに問いかけた。


 その瞳に宿るのはレイマンへの慕情ぼじょうの熱と、それから来るエリサベータへの嫉妬の炎。その熱にやられてエリサベータの胸中が騒ぐ。思わず彼女は両手でレイマンの腕を掴み不安を宿した瞳で彼を見上げた。


 この世のものとは思えぬ美貌のアグネスを見るレイマンの瞳にも同じ様に熱が篭っていたらとエリサベータは不安を押し止めることが出来なかったのだ。


「ご紹介します。私の婚約者エリサベータ・ヴィーティンです」


 だがエリサベータの不安を他所にレイマンのアグネスを見る青い瞳はいだ湖面のよういに穏やかで、特に恋慕れんぼの色は見て取れなかった。


 完全に払拭ふっしょくできたわけではないが、エリサベータを見て優しく微笑むレイマンにほっと安堵し、エリサベータはアグネスの方へ向けていつも通りの跪礼(カーテシー)をする。


「拝顔の栄を賜り、恐悦至極にございます。私はヴィーティン子爵の娘エリサベータと申します」

「そう……ご婚約を……存じ上げず申し訳ありませんでした。それはおめでとうございます」


 アグネスがレイマンへ向かってにこりと笑うとその空間だけ大輪の薔薇が咲き誇ったよういな華やかに変化した。


「ありがとうございます。婚約してから日が浅いので知らないのは無理ありません」


 礼を述べながらレイマンは自虐的にナーゼルは田舎の地ですからとアグネスを社交辞令的に擁護した。


「そう言って頂けると心が軽くなります」


 アグネスは笑顔のままエリサベータに名乗り、アグネスと呼ぶように告げてきた。


 その笑顔には邪気はなく、最高位の女性が名を呼ぶ許しを与えるあたり、エリサベータに悪感情を持っている様には見えなかったが、彼女の目はエリサベータを値踏みするように鋭かった。


「噂通り可憐な方ね」

「恐れ入ります」

「容姿だけではないわ……所作にも貴女の誠実な内面が良く出ている」

「アグネス様の方こそ伝え聞いた以上の美しさ。その洗練された所作は私などでは到底及ばず……」


 アグネスはすっと手をエリサベータに向けて賞賛を止めた。


「世辞はいいわ。私では貴女に敵わない」

「お世辞ではありません」


 エリサベータの偽らざる本心。アグネスの跪礼を見てその威に打たれた。その磨き抜かれた美貌と礼儀作法、そこには自分には無い魅力がある。


「アグネス様の尊貴な美しさには羨望を覚えます。私ではどう足掻あがいても太刀打ちできません」

「そう?私には貴女の純真無垢な見目が羨ましい。どれ程地位が高くとも、どれ程金銭を積み上げても得ること叶いません」

「お互いに無い物ねだりなのですね」

「ですが私達の望みはお慕いする殿方の為のもの……その願いを叶えている貴女がやはり羨ましい」

「アグネス様……」

「貴女が取るに足りない人なら良かった。それなら私は貴女から……」


 アグネスはそう言ってエリサベータの隣に立つレイマンをちらりと見た。


「私は貴女を嫌いになれそうもありません。嫌いになれれば良かったのに……」

「私もアグネス様の事を好ましく思います」

「そう……ありがとう」


 アグネスは寂しそうに微笑むと辞して二人の前から離れて、再び会場の華となった。


「エリサ、アグネス嬢とは何を?」

「ふふふ、女同士の話です」


 その後エリサベータはレイマンから片時も離れず、レイマンもエリサベータを掴んで離さず、周囲を威嚇し続けた。


 こうしてデビュタントで二人はその仲の良さを見せつけた。


 レイマンに寄り添ったエリサベータは終始その顔に幸せそうな笑みを浮かべていた。その美しい微笑みは見た者を虜にした。


 この日、噂のみの令嬢であったエリサベータ・ヴィーティンの美貌は白日の下に晒され、その名は同じく会場を沸かせたアグネス・ハプスリンゲ公爵令嬢と並ぶ美姫として皆の心に刻まれた。


 この後、エリサベータはアグネスと共にクロヴィス王国の双玉と称され、その瞳の色からエリサベータは『蒼玉姫(せいぎょくき)』、アグネスは『紅玉姫(こうぎょくき)』と呼ばれるようになった。

幸福の絶頂のレイマン君!

さてこれから「転」になって何がおきるか?

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