第六話 赤髪の美少女
挑発的な鋭い目でレイマンを見据えながら登場した少女。その夕陽を思わせる赤い髪は軽く波打ち、瞳は新緑を思わせる深い碧色、切れ長の目は瞳の色と相まって理知的で美しくもある。しかし、同時に意思と気の強さも表していそうだ。
実際に彼女ナターシャ・スタンベルグ男爵令嬢はとても気が強い。レイマンは既に爵位を引き継ぎ伯爵となっているのだが、この気が強い男爵令嬢は全く物怖じしないのだ。
「ナターシャ、こちらレイ様のご友人でギュンター・フォン・エッケルディーン様よ」
「ギュンターとお呼びください。美しいレディ」
「まあ!私はナターシャ・スタンベルグと申します。私の事はナターシャと……」
ギュンターはエリサベータの時と同じようにナターシャに騎士の淑女への挨拶を済ますと人好きのする優しい笑顔を向けた。
「この場で噂のスタンベルグ嬢にお会い出来るとは思いませんでした」
「噂?」
初耳といった感じのエリサベータにナターシャは少しばつが悪そうな顔をした。
「ギュンター様!そのお話しは……」
「何?親友の私は聞いていないわよ」
「エリサは知らなくていいの」
「隠す事もないでしょう。素晴らしい武勇伝ですよ」
「皮肉ですか?」
今年十五になった彼女は初春に王都へ出向きデビュタントを済ませていたのだが、そこで事件が発生した。
ナターシャは掛け値なしの美少女だ。爵位は一番下ながら今年のデビュタントでは入場の際に間違いなく一番注目を集めた。だが、それが良くなかった。
その会場にいたレイマンの異母兄に目をつけられたのだ。
この異母兄には問題があった。彼の素行は既に社交界で問題になっており、ファルネブルク侯爵の悪評と失策もあって、レイマンより能力の劣る異母兄はファルネブルク家を継承できないのではないかとの噂が流れていたのだ。
沈む船に誰も便乗したいとは思わない。彼は嫡男でありながら婚約の打診をことごとく断られた。
そこに現れたのが美貌の男爵令嬢ナターシャだった。
美しいナターシャに懸想した異母兄は、爵位の高さで男爵令嬢など言いなりにできると居丈高に迫り、強引に自分のものとしようと目論んだのだ。
これが並みの令嬢なら異母兄の思惑は上手くいったかもしれない。しかし、ナターシャはただの令嬢ではなかった。レイマンの爵位にさえ怯まない胆力の持ち主である。怯えるどころか異母兄を会場で返り討ちにしたのだ。
通常なら上位の者に手を挙げたのは大問題である。ところが、異母兄はその行状から社交界で疎まれており、ナターシャは各所より擁護され事なきを得た。
「まあ!ナターシャらしいわ」
ギュンターの面白可笑しく話すナターシャの武勇伝にエリサベータはくすくすと笑った。
「もう!笑い事じゃないわよ。おかげで王都中に暴力令嬢のレッテル貼られちゃったわ」
「いいではないですか。王都では拍手喝采でしたよ」
「ギュンター様まで!」
ナターシャは恥ずかしそうに朱に染めた顔を両手で覆った。
「ファルネブルク侯爵とその嫡子は評判が悪く嫌われ者ですから」
「ですが私の方も令嬢にあるまじき行いとも言われていますでしょ?」
「まあ一部には……ですが私の父などはそれでこそ貴族の矜持と褒めそやしておりました。此方に出発する前には当家の嫁に貰うぞと息巻いていましたよ」
ギュンターの衝撃的な発言にレイマンはぎょっとした。
「なんだと!ギュンターそれは本当か?」
「ああ、親父の事だから本気だろうな」
「何を呑気な!ナターシャは確かに美人だが、気の強さは間違いなく王国一だぞ」
「気が強くて悪うございました。ですが一年も日和っておられるレイマン様には言われたくありませんわ」
「ぐっ!」
レイマンが彼女を苦手とする理由がこれだ。
エリサベータへの婚約をどのように申し出るか悩んでいたレイマンは、彼女の親友ナターシャに助言を乞うた。しかし、レイマンは未だに婚約を申し込めず、そのことでナターシャにいつも詰られていた。
「全く……ご友人まで巻き込んで。いい加減に覚悟を決めたらどうです?」
レイマンはもちろん、呼ばれた理由を知っているギュンターも苦笑いしたが、唯一話しが分からないエリサベータは困惑の表情で小首を傾げた。
「何のお話しですか?」
「レイマン様が早く恋人と二人になりたいという話しよ」
「こ、恋人!?」
エリサベータはナターシャの言葉に頬を朱に染め、火照った頬に両手を当てた。言動は大人びているエリサベータだが、どうにも色恋沙汰の感性だけは育たなかったようで、自分の気持ちもまだ理解できていない様子であった。
親友であるナターシャはそんな彼女がどうにも歯痒い。
「わ、私とレイ様の関係は……」
「私は誰とは言ってないけど」
「あ!?」
いよいよ顔を林檎の様に真っ赤にしてエリサベータは俯いた。普段自分以上に大人びている歳下の親友の初心な態度にナターシャの顔はにやにやだ。
「おいレイ」
その様子を観察していたギュンターは肘でレイマンの脇を小突き耳打ちした。
「十分に脈ありじゃないか」
「そ、そうか?」
「いや、誰が見てもそうだぞ。これは絶対に断られないから、頑張って申し込んでこい」
「だ、だが……」
「レイ……エリサベータは間違いなくハプスリンゲ公爵令嬢と双璧をなす美姫だ。来年のデビュタント後には数多の高位貴族から婚約の打診が来るぞ」
「そ、それはそうだが……」
煮え切らない親友にギュンターは溜息を吐いた。
「エリサベータ嬢!」
ギュンターは仕事は辣腕の癖に恋に臆病な親友の背中を押すことにした。
「何でしょうかギュンター様?」
「レイが大事な話しがあるそうです」
「お、おいギュンター!」
レイマンはギュンターを止めに入ろうとしたが、体格の良い騎士志望の少年に軽く抑え込まれてしまった。
「私も少しナターシャ嬢に話しがありますので、お互いに二人になりませんか?」
「まあ!」
エリサベータは先程のナターシャへの婚約打診の話しを思い出し、嬉しそうにナターシャの方に顔を向けた。当のナターシャは困惑顔だ。
「ギュンター様?」
「ナターシャ嬢。少しお付き合い頂けますか?」
ウインクするギュンターに少し考える素振りをしたナターシャだったが、レイマンとエリサベータの二人を見て得心顔に変わった。
「そういう事でしたら」
差し出されたギュンターの腕にナターシャはそっと手を添えた。
「エリサ、お庭の四阿を借りるわね」
「分かったわ。侍女にお茶を用意させるわ」
「レイ、エリサベータ嬢をデートへお連れしろ」
「な、なぜ?」
「お前は自分のテリトリー内だと格好つけようとして、かえってまた日和そうだ。こういうのは勢いでやった方がいい」
「二人きりの方が緊張しそうだが……」
「お前はそれぐらい追い詰められなきゃ無理だ」
それだけ言い残すとギュンターはナターシャをエスコートして二人の前から退出した。
エリサベータはギュンターとナターシャの縁談に思いを馳せにこにこ顔であったが、レイマンは伝説にある凶悪なドラゴンにでも追い詰められたかの様に顔面蒼白になっていた。
次回レイマンが頑張る!
たぶん(。´・ω・)?