第四話 交流
お祭り4日目!
何か気になる点があればご指摘ください。
レイマンとエリサベータの交流が始まった。
父の裏切りから人を寄せ付けなかったレイマンが、エリサベータには積極的に関わりを持った。これが初恋のなせる業か。
冬の氷の様に冷たく硬化していたレイマンが、本来の温暖な柔らかい表情に変化していく様に、ナーゼル家の家人もほっと胸を撫で下ろした。
当初、エリサベータの美しい容姿に魅了されたレイマンは彼女の前では随分と緊張していた。しかし、それも日が経つにつれてレイマンの心に余裕がで始めると同時に普通に接することができるようになってきていた。
「エリサ!」
「まあ、レイ様。今日は如何なされたのですか?」
「少し散策でもどうかと思ってね。迷惑だった?」
「とんでもございません。とても嬉しく思います」
当初はこの挨拶のやり取りもレイマンはしどろもどろだった。誘いの文句も今では自然と口にできる。
ただ、これはレイマンがエリサベータの見目の麗しさから彼女の内面の美しさに想いが移り始めた証左であった。
「エリサ……その……これを」
「まあ!カーネーション。とても素敵です」
彼が白いカーネーションの花束を差し出すと、いつもの様にエリサベータの顔が綻ぶ。その顔を見てレイマンの表情も柔らかくなった。
最初に華やかなピンクのシクラメンをブーケにして持参した時に真っ直ぐに嬉しそうな笑顔を向けられたレイマンは、それ以来エリサベータの元に訪れる際によく花を贈るようになった。
二回目に訪れた時にはピンクと白のアスチルベを小さなブーケにして持ってきていた。前回はリナリアだ。そして、今回は白いカーネーションの花束……
「近くに涼める湖があるらしい」
「そうなんですの?」
「景観も素晴らしいと聞いた。そこまで行ってみないか?」
「喜んで!」
小さな紳士がエスコートを申し出ると、小さな淑女は微笑んでその腕に手を添えた。そんな二人の様子にお互いの家人が相好を崩した。
湖畔まで歩いて小一時間ほど。
太陽の光をいっぱいに浴びキラキラと湖面が輝いていた。水辺には木々が自生し、その日陰にアイリスがひっそりと咲いていた。
「思ったよりも距離があったな……エリサ疲れただろ?」
レイマンの労りの言葉に彼女は軽く首を振る。
「これくらいなら大丈夫です」
「そうかい?僕は少し疲れたかな。木陰で休もう」
何気ないレイマンの気遣い。レイマンは自分を貶めても他人を思いやれる所がある。いつもの彼の小さな優しさがエリサベータには嬉しい。
大きな事よりも小さな事を積み重ねる。それがどれ程難しいことか。
二人は日を避けるために木陰の一つに入り、家人が用意した敷物の上に腰を下ろした。
木漏れ日が湖面に反射した光がエリサベータを包む。初夏の風が吹き抜け、木陰の二人に涼を運ぶ。湖面が揺らぎ、光が散乱して生まれるたくさんの小さな煌めき。
その瞬きは水辺の白いアイリスを幻想的に装飾し、エリサベータの心を打つ。
──アイリス……希望……信じる心……
エリサベータは隣に座るレイマンをチラリと伺う。
この数日に話した事は多くない。けれども、そのほんの少しの会話が彼の多くを語ってくれていたとエリサベータは思う。
彼ならば自分の活動を理解してくれる。そう信じたい。
「レイ様……」
呼び掛けて見詰めてくるエリサベータに彼は優しく笑いかける。
「お願いがあります」
「エリサがお願いなんて珍しいね。いったいなんだい?」
「私は領地の孤児院を援助しております」
「うん。貴族の振る舞いとして立派だね」
エリサベータは一拍置いた。これから話す事は、この国の現在の貴族のあり方ではないからだ。
「それでナーゼルの孤児院にもと考えております」
「エリサ……それは領地を治めるナーゼル家の仕事だよ」
他領の孤児院への寄付はその地を治める貴族にとって喜ばしい事ではない。満足に自領の統治もできていないと言われている様なものだからだ。
「はい……ですので寄付ではなく、慰問をしたいのです」
「慰問?」
聞き慣れない単語にレイマンは目を瞬かせた。
「はい。孤児院を直接訪問するのです」
レイマンはエリサベータの言っている内容が理解できなかった。
このクロヴィス王国は周辺諸国と比べて封建主義が根強い。その為、この国の王族、貴族は神の如き扱いである。王族は神の如き雲上人であり、貴族でも高位の者しか拝謁できない。貴族も同様で、庶民の前に無闇に姿を晒す事は決してしない。
先進的な近隣諸国の中には既に慰問が風習に根付いている国もあったが、それを知ったこの国の王族や貴族はいい顔をしなかった。
これは王族の神としての地位を貶めるもので、封建社会を脅かすものであったからである。
「慰問というのは、不幸に心痛めている者、苦労に喘いでいる者、そういった世俗の者たちを見舞い慰撫する事です」
「……」
レイマンは顔付きは厳しいものになったが、エリサベータの話を黙って傾聴していた。その様相にエリサベータは少し不安を覚えながらも話を続けた。
「ヴィーティン領の孤児院にも慰問しておりました」
「ナーゼルの孤児院へも慰問したいと?」
「……はい」
エリサベータはその美しい青の瞳を不安で揺らしながらレイマンをじっと見詰めた。そのレイマンは厳しい顔のままエリサベータの憂いの顔を見返し、だがすぐに口を開いた。
「分かった。行こう」
「え!?」
即答だった。
「あの……宜しいのですか?」
恐る恐る尋ねるエリサベータ。まさか考えもせずに返事が来るとは思わなかった。そんな彼女の姿にレイマンはしてやったりといった感じだ。
「ははは!今回は僕がエリサから一本取れたようだ」
歳下の幼いエリサの方が大人びていて、レイマンはいつも後塵を拝している気分だった。それが今回はエリサの意表をつけたようで少し楽しげだ。
「エリサのその行動は、クロヴィス貴族として褒められたものではない。だから正直に言えば僕にはその行動の意味が分からない。だけど……」
柔らかい表情のままエリサベータを見つめ返すレイマンの述懐に彼女は少し不安気ながら黙って耳を傾けた。
「僕は君がとても凄い人だと知っている」
「私はレイ様に言われる程のことは……」
エリサベータの否定をレイマンは手を挙げて止めた。
「学問では勝っている自信はある。だけどエリサには敵わないと思ってきた」
今度は何も言わずエリサベータは黙ってレイマンを見詰めて言葉を待った。
「能力で優っていながら敵わないのは、君の人としての品格が、心のありようが大きく優っているからだと気がついた。だから……」
レイマンはエリサベータの両手を優しく取り上げて包み込む。
「僕は君の見ている景色が見てみたい。僕も君の知る世界を知りたいんだ」
「レイ様……」
エリサベータは胸がいっぱいになって何も口にできなかった。
レイマンは自分の理解の及ばない事でも排他せず、きちんと見極め自分の中で消化しようとしてくれている。それは決して簡単な事ではないとエリサベータは理解していた。
これはレイマンのエリサベータを想う強さ。エリサベータは自分の予感が正しかったのだと確信した。
これで「起」が終わり「承」へ
次回は一気に年齢アップ!
明日は親友のターン!