エピローグ
そして、堂々の完結!
何とか5万字以内に収めたなり(∩´∀`)∩
というか、何気に初完結作品だったΣ(゜Д゜)
ここまでお付き合いいただいた読者の皆さまありがとうございます!
今日もヴィーティン領は快晴であった。
見上げれば、二人の瞳の様に澄み切った青い空には雲一つない。
レイマンにもエリサベータにも迷いは無い。
だから二人は『冒涜の森』を望む、あの小さな湖畔の教会で結婚式を挙げることにした。
教会のすぐ横、湖の畔に設置された教台の上で神父が二人を待っている。
その教台の先に見える『冒涜の森』の上空だけ黒い雲が立ち籠めていた。
だが、恐ろしく不吉なその光景も、二人の心を挫くことは最早できなかった。
レイマンが全てを捨てたとしてもエリサベータは彼に添い遂げると心に誓った。
エリサベータの呪いが解けずともレイマンは彼女に添い遂げると心に誓った。
二人が恐れるものは何も無い。何が待ち受けていても、共に歩き、共に苦難を乗り越えるだろう。
エリサベータは母ヴィーティン子爵夫人の手によって白のヴェールを被せられた。
このクロヴィス王国では、母親が顔を完全に隠すヴェールを花嫁に被せる風習がある。誓いが終わるまで他者から顔を隠す目的のこのヴェールは、被ると文字通り顔が外から全く分からなくなる。
それを見届けたレイマンはエリサベータから離れ、儀式場へと先に向かった。花嫁は後から父ヴィーティン子爵がエスコートして来ることになっている。
式場ではヴェルリッヒがレイマンを待ち受けていた。
「兄上!やはりファルネブルクは兄上が継ぐべきです」
ヴェルリッヒは未だに納得がいかないと、むっとした表情を作っていた。そんな弟にレイマンは苦笑いを浮かべる。
「ヴェル、それはもう何度も話し合っただろう?」
「僕は諦めきれません」
「私は爵位よりエリサを選んだ」
「姉上の何がいけないのです?姉上にいったい何の咎や瑕疵があるというのですか!」
兄を崇拝する弟からすれば、呪いを受けた姉との愛を貫く実兄の姿は美談にしか見えない。囀る雀など蹴散らせばいいのだと思っている。
「エリサを王都へ行かせたくはないんだ」
「……」
それでもと、不貞腐れた顔をするあたりヴェルリッヒはまだ子供だった。
「ヴェルリッヒ、あまり無茶を言うものではないぞ」
「そうそう。先のことは後で考えましょう。今は二人を祝福するの」
拗ねるヴェルリッヒを宥めるようにギュンターとその婚約者のナターシャの二人が訪れた。
「はい……申し訳ありません兄上」
渋々ながらもヴェルリッヒは鉾を納めた。
「二人とも来てくれてありがとう」
「親友の結婚式だ。他の何を置いても来るに決まってるだろ」
「誰が何と言おうと私はエリサを祝福するわ」
朗らかな表情のギュンターとナターシャの祝福。
「ありがとう」
ずっとレイマンとエリサベータの味方でいてくれた二人に、レイマンは心から謝意を述べた。
「そう言えば表でハプスリンゲの馬車を見たんだが……」
「ハプスリンゲの?」
「招待は……」
「していないが……」
ギュンターの報告にレイマンは首を捻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ご機嫌ようエリサベータ」
「アグネス様!」
控え室に突然アグネスが姿を現した。
「ご結婚おめでとう」
アグネスは驚くエリサベータを優しく抱きしめて祝福した。
「どうして?」
「言ったでしょ。私、貴女の事は嫌いになれないって」
エリサベータを見詰める彼女の瞳は寂しげではあるがとても澄んでいた。
「レイマン様の事は好きです。ですが貴女に不幸にはなって欲しいとは思えない」
「アグネス様……」
「確かにレイマン様とは結ばれたかった。だけど……」
アグネスの顔がぱっと明るくなった。
「レイマン様が貴女を見捨てなかった事が嬉しいの。私がお慕いした方はやはり素敵な方だった」
アグネスの顔が綻ぶ。
エリサベータはこの世で最も優しく美しい花を見た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヴィーティン子爵に連れられて式場に現れたエリサベータは白い装束で全身を包んでいた。顔は厚い白のヴェールで隠れており窺う事はできなかった。
このヴェールは真に愛を誓った者だけが取り払う事が出来る。そういう習わしだ。
ヴィーティン子爵からエリサベータのエスコートを代わり、レイマンは彼女と共に神父が立つ神前まで歩を進めた。
二人がやって来ると、神父は優しい笑顔を向けた。
二人がこの場で式を挙げたいと教会を訪れた時に事情を全て神父に話した。
話を聞き、冒涜の呪いについて知ってもなお神父は嫌な顔一つせず快く挙式の件を承諾してくれて、二人はほっと安堵した。
王都の教会は救いを求めた彼女を穢れた者と拒絶していたので、断られるのではないかと危惧していたからだ。
その温和な神父が祝詞を唱えていく。
その祝詞に式場いる全ての者が耳を傾ける。
やがて誓いの儀式の段になった。
「汝、契約の神に誓うか?」
「はい誓います」
厳かに問いかける神父に対して、神への宣誓をする二人にはもう迷いは無い。
「それではここに二人の愛を契約の神の名の元に真なるものと認める」
これでレイマンとエリサベータの間に誓約が成立した。
「それではヴェールを取り、互いに愛の証しを……」
神父が促すと、レイマンとエリサベータは向かい合った。
その時……
「あれは!」
参列者の一人が湖の対岸を指差して叫んだ。
そこは不吉の象徴である『冒涜の森』。
「なに!?」
「どうして?」
参列者が騒めき始めた。
『冒涜の森』の上に立ち籠めていた暗雲が、苦しむ様に蠢き始めたのだ。
次第に黒い雲は薄らいでゆき、その渦巻く雲の中心部から光がカーテンの様に漏れ出て徐々に崩れていく。何となく断末魔が聞こえてくるような気がした。
雲は跡形も無くなった。
二人は太陽の元に晒された『冒涜の森』を一度見たのだが、直ぐに興味を無くし顔を見合わせた。
レイマンにもエリサベータにも森も魔女もどうでもいい事だった。今の二人にとって最も大切なものはお互いの隣にいるのだから。
レイマンはもう森には目もくれずエリサベータを見詰め、彼女の顔を完全に隠すヴェールに手を掛けた。
レイマンには呪いが解けようと解けまいと関係がない。このヴェールの下がどの様な顔に変わろうとも、それがエリサベータであれば全ては些事。
エリサベータは呪いで顔がどの様に変えられようともう惑わない。レイマンが自分を愛してくれる事が全て。
春の暖かな風が流れる。
九年前に二人の間を吹き抜け悪戯をした風。
今度は二人を祝福するように優しく彼らを包みこんでくれた。
エリサベータの着る真っ白なドレスと真っ白なヴェールが緩やかに波打つ。
レイマンは九年前を想い出す。
あの時に吹き抜けたこの風は、彼に初恋を運んだ。
エリサベータは九年前を想い出す。
あの時に吹き抜けたこの風は、彼女に恋の予感をもたらした。
二人はこの九年間を想起する。
恋は愛へと変わり、二人の歩んだ道は確かな絆を育んだ。
もう二人に迷いは無い。
これから二人に呪いよりも辛い苦難が待ち受けていたとしても、二人は繋いだその手を絶対に離さない。その手を離すことの方が辛く、悲しく、苦しいと知っているから。
だから二人は共に歩む。これからも離れることなく。ずっと……
レイマンは微笑むとエリサベータの顔を覆い隠すヴェールをそっと持ち上げた……
拙著に最後までお付き合いいただきありがとうございました!
これにてレイマンとエリサベータの愛の物語は終了です。
もともと2~3万字の予定でしたが、気がつけば5万字(^▽^;)
このような計画性のない自分の拙著をお読みいただき感謝感激です!
ギュンターとナターシャや冒涜の魔女の話をもっと掘り下げたかったので、気が向いたら外伝みたいにして書くかもしれません。
果たして長岡様の心臓に矢は突き刺さってくれたでしょうか?




