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第一話 レイマン

長岡更紗様の『長岡ブッ刺せ企画』参加作品です。

蒼玉の瑕疵(そうぎょくのかし)と読みます。

蒼玉:本来は「せいぎょく」と読み、サファイアのこと。

瑕疵:傷や欠点のこと。

 ピィィィヒョロロロ……


 少し甲高い鳥の鳴き声が響く。赤暗い茶褐色の猛禽類もうきんるいの鳥が、大きな翼を広げて青く澄みきった大空を舞っている。


 クロヴィス王国の西に位置する一地方ナーゼル。そこは辺境と言うほど中央から離れてはいないが、王都から馬車で数日は掛かる辺鄙へんぴな領地である。


 このナーゼルはファルネブルク侯爵家の数ある所領の一つで、なだらかな丘陵とそこを流れる川、点在する森林と自然が豊かな土地柄であった。


 この大鳥はそんな森の一つから飛び立って来たようで、彼は空から見下ろして獲物を探しているようだった。


 東西に敷かれた土の街道が彼の目に映り、迂闊うかつな獲物が森から開かれたこの場所に出て来ないかと、目を凝らしていた。


 その街道には石が敷かれておらず、幾つものわだちが残っており、整備が行き届いていないことが見て取れる。


 彼の目にそこを通る一台の馬車が、ガラガラと音を立てて走っているのが映った。馬車は見事な赤毛のニ頭立てで、赤茶の瀟洒しょうしゃな車体が引かれている。扉にはファルネブルク侯爵家の紋章、それも当主のものが施されていた。


 馬車は王都の方から走って来ており、ナーゼルの領都へ向かっているようだった。


 車内を覗けば壮年の男と十歳くらいの幼い少年が乗車していた。銀髪の伶俐れいりな印象を与える壮年の男は、黙って目を閉じ腕を組んで微動だにしない。その前の少年は膝を揃えて、手をその膝の上に乗せて、口を尖らせて不満を露わにしていた。


 少年の髪は壮年の男と同じ白銀で、怒らせている瞳は青く、組み合わせから冷たい印象になりそうな色合いだが、その整った顔には感情がよく見て取れるせいか冷徹な感じはしない。


 と、車輪がわだちを踏み、車体がわずかに跳ねた。車内も上下に揺れたが、壮年の男には特に変化はなかったが、少年の方はしかめっ面になり舌打ちでもしそうであった。


──僕がなんでこんな田舎に!


 じっさい、心の中では悪態をついていた。


 少年の名前はレイマン・ファルネブルク。目の前に座る壮年の男、ファルネブルク侯爵の嫡男で()()()


 そう、『あった』である……


 権勢を誇るファルネブルク侯爵の跡取りと公認されていたレイマンは、王都の屋敷で平穏な日々を送っていた。将来は広大な所領を持つ侯爵家を引き継ぐため、高度な教育を施され、高位貴族の子息たちと交流を持ってきた。


 そんな順風満帆なレイマンの日々に翳りが見えた。去年レイマンの実母が急逝きゅうせいした。まだ二十八という若さだった。問題はその後である。レイマンの父ファルネブルク侯が喪の開ける前に後妻をめとったのだ。


 喪中に再婚というのも醜聞だが、問題としたのはそこではない。その後妻が子供を連れていたのだ。それが連れ子ならまだよかったが、なんとファルネブルク侯の実子だという。しかもレイマンより一つ歳上である。つまりは父ファルネブルク侯は不貞を働いていたのだ。


 母を裏切っていた父は、愛人を喜び勇んで呼び寄せ溺愛した。そして、当然のように庶子であった愛人の息子をも溺愛し、遂にはレイマンを嫡子から降ろして、その庶子を嫡子に据えた。


 一族の実権を握るファルネブルク侯といえども、これはかなりの暴挙であった。親族からも母方の実家からも突き上げを食らった。そこで、ファルネブルク候は何を血迷ったのか更なる暴挙に出た。


 ファルネブルク侯爵家が持つ所領の一つナーゼルと、その伯爵位をレイマンに継がせるというものである。


 ファルネブルク侯の思惑は、レイマンに爵位を与えることで、彼を蔑ろにしていないと周囲に喧伝するとともに、彼を王都から引き離して、自分は愛する女性と邪魔されずに暮らそうというものであった。


 もちろん、この様な無体な所業が受け入れられる筈もない。彼は親族や前妻の実家から激しく糾弾された。


 だが、レイマンにとって爵位や再婚そのものは問題ではなかった。そんなことよりも父ファルネブルク侯を許せない理由はただ一つ。


──母も僕も裏切った。


 揺れる馬車の中で、黙って目をつむり微動だにしない父を、えんの籠もった目でレイマンは睨みつけていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 現ナーゼル伯はレイマンの大伯父にあたる人物で、齢六十を越える好々爺であったが、いつも優しく笑うその顔はいつになく険しいものであった。


 それも当然である。いかにナーゼル伯爵位がファルネブルク侯爵の持つ爵位で、彼に決定権があるとは言え、伯父である自分になんの相談もなく性急に事を決めたのだ。しかも譲る相手は親族間で問題となっている元嫡子だ。面白い筈がない。


 いつも穏和なナーゼル伯爵の、今まで見たこともない怒気を含んだ表情に、ファルネブルク候はばつの悪そうな表情で挨拶もそこそこに、レイマンを置いて逃げる様に王都へと引き返していった。


 そのファルネブルク候の乗る馬車を鋭い目で睨み上げていたが、やがて一つ溜め息を吐くとレイマンに顔を向けた。顔に怒りをこらえながらも拳を強く握り、恨み言を発さないこの明敏そうな子供に罪はない。ナーゼル伯爵の目に憐憫れんびんの情が浮かんだ。


 むしろ早くに実母を亡くしただけではなく、喪が開ける前に父親が愛人を後妻として子供と一緒に家に引き入れたのだ。それだけでも許されない行為だというのに、あの男は実の息子であるレイマンを嫡子から引き摺り下ろし、愛人の子を嫡子にしたのだ。


 レイマンの事を不憫に思うナーゼル伯であったが、同時に恥知らずなファルネブルク候を思い出してしまい再び臓腑ぞうふが煮えくり返りそうになった。


 しかし、落ち着いて今後を考える必要がある。幸いと言っていいのか、ナーゼル伯は後継者がいなかった。数年前に跡取りであった息子をその妻と共に事故で亡くしていたのだ。レイマンを嫡子として受け入れるのに問題はない。


「レイマン、これからお前はこの地を故郷とし、この地を治め、この地に生きていかねばならん」


 そう語り始めたナーゼル伯の顔を下から覗く様に上げたレイマンの顔には怒りが見え、その瞳にはまだ父親への憎悪の炎が消えていなかった。


「ファルネブルグ侯が……父が憎いか」

「母も僕も裏切った恥知らずなあの男は、もはや父ではありません」


 貴族なら好悪を表に出すものではない。しかし、レイマンはまだ十歳。しかも、到底ありえない仕打ちを受けているのだ。表情に出すなと言うのは酷というもの。寧ろよく激情を抑え、喚き散らさないだけ胆力と分別があり、状況を見極める判断力がある。


 この子は十分に見所がある。


 ナーゼル伯は一つ頷き、このレイマンを己の嫡子とすることを決意した。


「わかった。ならば今日よりお前を我が嫡子とする。レイマン・ナーゼルを名乗ることを許そう」

「はい、ナーゼル伯」

「他人行儀な。これから私とお前は父と子。私のことは父と呼べ」

「はい、父上。では僕のことは『レイ』とお呼びください」


 将来、ナーゼルの伯爵を拝命することが決まったレイマンは、ナーゼルの地に降り立ったこの時からレイマン・ナーゼルを名乗ることになり、父ファルネブルク侯と永遠の訣別をした。


 この時ナーゼルには春が訪れていたが、レイマンが踏みしめたナーゼルの地は硬くひびが入っていた。風はまだ冷たくレイマンをなぶるように吹き抜けていった。



今日から毎日投稿で全15話の予定です。

企画最終日の20日に完結する予定ですので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです!

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[良い点] タイトルはファンタジーっぽくてステキなんですが、意味がわからなかった(何かの比喩かなと思いました)ので・・・前書きの解説がありがたいです! レイマンが利発そうな少年でワクワクします(*´…
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