閃光の鍵?
予想外の出来事に直面すると、身体が硬直する。谷上と日向の二人は、動きが止まっていた。
「はい、粉々ぁ」
この状況を作った本人は、愛らしく愉快に微笑んでいる。
「な、何してるんすかぁ!」
谷上も、思わず声を上げる。
「俺の…鍵…」
幕が、ゆっくり降りていく気がした。
しかし、井尻は顔色を変えない。
「二人とも…静かにぃ」
粉々になった鍵を指差し、二人は粉々になった鍵に注目する。
鍵のパーツ達が、何かに吸い寄せられるように集まってくる。微量のかけらも、ゆっくり、静かに。その現象に、眼を疑った。
「誰かに呼ばれてるみたいだろぉ?」
井尻の言う通りだった。ばらばらになったパーツ達は、一つの鍵に戻る。
「再生だぁ」
「再生?」
「キーパーソンの鍵は、持ち主の力によってその力を発揮する。一度壊されても鍵が自ら再生するのは、持ち主の力が相当強いってことぉ」
井尻が日向を見てニヤつく。
「強い持ち主の元に帰ろうって鍵が言ってんだよぉ」
その笑いは、何も言えずに俯いている日向を、嘲るようにも見えた。
「つまり君は、相当強いキーパーソンになり得る可能性持ってるってことだぁ」
そう言われても、何も嬉しくなかった。谷上を見ても、彼も険しい顔をしたままだ。
「谷上、いい人材を連れて来てくれたねぇ。彼のような優秀な人間が、比上のようないい加減な子の元にいるのは危険だぁ」
いい加減な子。
「しっかり訓練して、使えるキーパーソンになってくれたまえ」
差し出された手を、握れなかったのは何故だろう。
いつも、平和な道を選んできた。争いなんて御免だから、自分の考えなんてしまい込んでいた。
なのに…直感が言ってるんだ。
ここに居ては駄目だ。
「どうかしたかい?」
「あの…俺…」
だけど、ここでこの人の手を握り返さなかったら、もっと面倒なことになりそうな気はする。
「邪魔するぜ!!」
日向が喉を詰まらせていると、扉を蹴り飛ばして比上が現れた。
「これはこれはぁ…相変わらず、非常識な登場の仕方だねぇ…比上君」
「返してもらうよ。あたしのダーリン」
ダーリン?!
日向と谷上が顔を見合わせる。
「君が見つけたらしいじゃないかぁ…この原石。磨けばかなり輝く」
井尻が微笑んでも、どうしても日向には、その笑みがうさん臭くて仕方なかった。
あの笑い方は、見たことがある。
「その作り笑いを見ると、虫ずが走る。悪いけど、ここにこいつはやらない。腐らせるわけにはいかないんだよ」
漂う空気は、この空間を一瞬にして凍らせた。
「酷いこと言うねえ…腐らせるぅ?君といた方が、誤った情報に汚染されるだけだぁ…」
目が笑っていない。
「帰るよ、日向」
「…うん」
「帰る?冗談だろ?ていうかぁ…」
井尻が自らの鍵を取り出した。
「帰すわけないだろ?」
伸びた鍵は、真っすぐに比上に向く。
「い、井尻さん!!」谷上も立ち上がる。
「谷上、他のキーパーソンに連絡しろ、緊急事態だ」
比上も鍵を構える。
「漆黒に魂を売った裏切り者がここにいるとなっ」
しっこく?
「あんた、本当に腐っちまったんだな…どうした?大魔王にでも誘惑されたのか?」
「君こそ、力に目が眩んだかい?」
「それは…あんただろ?」
比上の鍵が光り出す。
「時の鍵は、空間を破壊するっ!!」
壁、床、天井に大きなひびが入った。
「谷上っ!」
鍵を握ろうとした谷上を、比上が声で止めた。
「あんたは、殺したくない」
その言葉に、嘘偽りはなかった。
「全く…君ほど優秀なキーパーソンを失うのは残念だなぁ…でも仕方ない、さようなら」
井尻が静かに鍵を振り下ろすと、突風が発生した。
駄目だ。飛ばされる。
「比上、逃げろ」
「えっ?」
「ここはあたしが止めるから、あんたは地上に出ろっ!エレベーターまで走るんだっ」
こんな四面楚歌の中で、一人だけ逃げろって?
「行けっ!!」
風が一層強くなる。
「や…だ…」
俺の人生、一回くらい流れに逆らったって…
罰は当たらない!!
「解錠っ!!」
助けたいんだ。
頼むっ!
「すげぇ…光りの鍵だっ」
握りしめた日向の鍵から放たれた光りを見て、谷上が言葉を漏らす。
闇を切り裂き、世界に救いをもたらす、天使が創り出した…
閃光の鍵。