選択?
気付けば、俺はあいつの背中ばかり見ていた気がする。
あいつは強い。
初心者でも分かる。
「疲れたか?」
「愚問。当たり前だろっ」
日向が息を切らせて口を開くと、比上は嬉しそうに笑った。
「体力をつけろっ若者っ!あいつらと闘うとなると、こんなもんじゃないぞ」
何となく理解した。比上もかなり強かったが、あの井尻というボスが、本気を出していないことは一目瞭然だった。
戦闘中に、一切顔色を変えない。怒りも動揺もない。無表情で鍵を握る彼を、同じ人間とは思えなかった。だから、あの基地の壁を片っ端から破壊し、目を眩ませる手段を選んだ比上の気持ちは分からなくもない。昨日今日始めたばかりの足手まといキーパーソンを連れて脱出するには、あれが一番いい方法だ。
「漆黒って何?」
とりあえず、その場に座り込んだ。力が入らなかった。
「大魔王を崇拝する連中の集まり。鍵屋の敵」
「比上、そこに入ってんの?」
風に靡く比上の髪。その隙間から見える彼女の瞳に、不覚にも心臓が高鳴った。
「入ってない。けど、鍵屋からも逃亡した。だからあたしは指名手配されてる…」
沈む夕日は、夜を連れて来る。街灯が少ないせいか、暗闇が周りを包んでいくのが分かった。
「大魔王に魂を売った裏切り者だってな」
「誤解なんだろ?だったら、違うって否定しろよっ!こんな風に逃げてるから疑いが晴れないんだろ?」
「そんな簡単なことじゃない。むしろ、あたしが裏切り者にならないと困る連中がいるんだ」
何だよ、それ。
「お前、本当違うんだよな?」
疑ってないって言ったら嘘になる。だから、ここは正直に聞いた。
「信じるも信じないも、あんたの勝手だ。あたしは、信じてくれとは言わない」
「そんな…じゃ、なんで俺を助けてくれたんだよ?なんで、俺に解錠を教えてくれたんだよ?」
「あんたの鍵が欲しかったから」
おいおい…。
「閃光の鍵は、天使がこの世に落とした唯一、死者を救える鍵だ。欲しがらない奴はいない」
「お前、俺が信じなくてもいいのかよ!俺が鍵屋に入ってもいいのかよ!」
この鍵だけが目当ての奴を、どう信じろと?
「その鍵は、あんたにしか従わない。いや、今のところは、あんたにさえ従ってない。あの時、光りが明後日の方向に飛んだのは、そのせいだ」
確かに、必死で解錠した鍵から放たれた光りは、標的を掠るどころか、壁を破壊して終わった。
「信じてくれなくて構わない。ただ、あたしに着いてくると言うのなら、あたしがその鍵の扱い方を教える。それと、これだけは言える…」
風が止んだ。
「井尻にとって、お前を含め他のキーパーソンは、単なる道具にすぎない」
あの、目が笑ってない顔が蘇る。
「キーパーソンとしてこの世界を救いたいのなら、自分で選べ。どちらを選択しても、地獄にはかわりないんだ」
そう言い放たれ、頭をかち割られた気分だった。両親が生きていた頃、俺は随分と臆病で、何をするにも二人の側を離れなかった。そんな、小心者の息子を心配してか、父は口癖のように言っていた言葉…。
どうしたいのか、自分で決めなさい。お前の人生、良いも悪いもお前が選ぶんだ。
比上の言葉で、甦る記憶。いいことを沢山教わったはずなのに、忘れてしまっていたなんて。
「俺が決めなきゃいけないんだもんな…」
日向は、携帯を取り出す。
「日向だけど…」
「分かるよっ」
怠そうな比上の声がした。
「決めたよ、俺…」
そういや、キーパーソンになるってのも自分で決めたんだ。
何だか、成長してる気がした。
「…信じるよ、比上のこと。お前についてく。どんな面倒に巻き込まれても」
「…厳しいぞ」
低い声がした。
「覚悟してる」
こうやって、少しずつでも自分で歩いて行くんだ。
両親が自殺したあの部屋から、なすすべなく立ち尽くしたままの自分を、早く連れ出すんだ。
一巻終了ってことで!