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 日向シンヤは、この終電に慌てて飛び乗ったことを後悔していた。いつもは深夜のバイトが終わる時間は、終電には確実に過ぎている。しかし今日は、たまたま先輩の愚痴に付き合わされることなく、すんなり職場を出てしまったせいで奇跡的に間に合ってしまった。

後悔の理由は、目の前に酔い潰れる中年のサラリーマンがいたことだ。今にも胃袋のものを全て爆発させてしまうのではないかという恐怖と、変に絡まれたらどうしようという不安で、バイトでくたくたのはずの身体は、伸ばされた針金のようにぴんとしていた。

 中年は叫んだり、窓を叩いたり、手がつけられない子どものようだ。けれど、この場から動き出せないで固まっている自分も、叱られた子どものようだった。

 車両を変えよう。

 そう、自分に言い聞かせ立ち上がった日向だったが、サラリーマンが床に倒れたせいで足が止まってしまった。

「あの…大丈夫ですか?」

 こういう時、チキンのくせに声をかけてしまう自分が、つくづく嫌になる。

「うぉ…え…」

 勘弁してくれよ。

 言葉にならない代わりに、眉間に皺が寄ってしまう。

「ぎぃえ…えぇ…ぐぉ」

 こういう大人には絶対になりたくないと思った瞬間、サラリーマンの口から出てきたものに、日向は腰を抜かした。


 液体?

 異物?

 何だ、この異臭は…。


 倒れたサラリーマンの身体を引き裂き、奇声を発しながら現れたものが動き出したと確認できた瞬間、日向は異様な光景を目の当たりにしたせいか、その場に吐いてしまった。

「ばぁああ!!!」

 サラリーマンの身体は、もはや人間とは思えないほど、異臭を放つ液体と血でぐちゃぐちゃになっていた。

 夢?

 であってほしい。

「解放されたぁあ!」

 動き出したその物体は、甲高い声で笑い出した。

 よく見れば、自分と同じように手足があり、目も鼻も口もある。けれど、耳は剣のように細長く、口からは長い牙が剥き出しになっていた。

「お前さんツイてるぜ。解放の瞬間ってのは、なかなか見られない…」

 動け、足。

 叫べ。

「…あ…」

 絞り出した声が、あまりにも情けなかったせいか、物体はさらに笑った。

「ひゃっはは!人間だから仕方ない。この場に居合わせたのが運のツキよ…」

 手から伸びた長い爪が、真っ直ぐ日向に向く。

 死ぬ。という状況に陥ったことがない彼にも、ここで自分の人生が終わってしまうと理解できた。

 まさか、こんなに理解できない死に方をするなんて…。

「バイバーイ」

 得体の知れない奴に殺されるなんて…。


 納得いかないよ。


「…ギャア!!」

 日向か目を閉じた時だった。隣の車両から伸びてきた何かが、物体の身体を突き刺した。

「隣の車両だったか…やっぱり、私の勘はいつも外れる」

 今日は理解できないことだらけだ。

 終電に間に合ってしまったことも、酔っ払いのいる車両から逃げ出せなかった自分も、その酔っ払いを引き裂いて現れた物体も、殺されないですんだこの状況も、何一つ理解できない。

 けれども、一つだけ理解できたことがある。


「よう、日向!夜遊びの帰りか?」


 そこに現れたのは、クラスメートの比上キヨリだった。

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