第2話 狼のように
構えの基本は二種類にしてある。打撃のためのキックボクシングと受けのための合気道だ。
そして構えが最近もうひとつ増えつつある。その男との出会いは俺の中の何かを変えたと思う。彼には感謝している。
その男はニュージーランド人でパプテマス・バレットという。
俺の勤める塾で英会話クラスの非常勤講師をしている。
子どもの頃から、世界展開をしている日本空手の道場に通い、大人になってから来日して今では師範代クラスだ。結婚と子育てのために道場を抜けた後も、一人でトレーニングを続けている。184cm、92kgの体格でフルマラソンも余裕で走る猛者だ。最近になって知り合い、時々一緒にトレーニングをしている。俺からは10年習ったキックボクシングを教え、彼からは空手を習ったりして。
そして彼はとても強い。心も体もだ。
「若い頃は誰でも自分の強さを試したくなるものだよ」と言っていた彼の言葉をよく思い出す。
だが彼はきっと、俺のように本当に夜の街に出て喧嘩をしたりするようなことはない。そういう人ではないと思う。
その彼が、LINEで送った一枚の画像を見て、
「知ってるヨ!ボクもとても好きで憧れてたんだヨ!」
と来日15年目のじゅうぶんに上達した日本語で話してくれた時、
――自分と同じような奴が、別の国にもいたんだ。
と心の底から嬉しかった。
当時の友人はあまり理解してくれなかった。格闘ゲームは好きでも、本当に格闘をするやつなんていなかった。それは昔も今も同じだ。父も兄も、今の家族——妻も、自分の血を引く男であるはずの息子も——だ。
あの狼のような、強く自由奔放な男に憧れて格闘技を始め、今も続けている、自分と同じような人と出会えたことに心から感謝している。
そしていつか彼とは戦いたい、全力で。
体重も違う。お互い家族もいる。そして友人だ。
それは叶わぬこととわかっている。仕方なく胸におさめて、いつものように夜の街に繰り出す。
より強く、戦いを求める同類を探して。