第1話 夜の街
「おらぁ、やんのか!」
顔を真っ赤にした男が大声をあげて凄んでくる。酒に酔っているのだ。
「俺は大学まで空手をやってたんだぞ!」
まずそう言う奴は強くない。
物言いとは別に構えでもわかってしまった。
格闘技をやっていた事を隠して、無言で立っている人物の方がよっぽど危険だ。
大学時代の研究室にいた友人を思い出す。根性はあるやつだった。
友人なのでやり合う機会もなかったし、その気もなかった。
俺を君づけで呼んでくれて、
「俺はいつも君のことをすごい奴だと思ってる。勉強もできるし将来すごい研究者になれると思うんだ」
と言ってくれていた。
酒に酔ったら「俺は空手をやっていたんだ」と言って後輩に一発だけ強めのパンチを繰り出していた。
「シンジョウくんの言うことは聞け。でないと俺が許さんぞ!」という、いつもの一言も嬉しかった。
彼なりの後輩達への躾の一環だったのだろう。今は故郷の佐賀で高校教師をしていると聞いた。
二人とも研究者にはならず、俺は塾の正社員講師となった。
喧嘩は必ず「買う側」でなければならない。仕方なく買った喧嘩という形をとらなければいけない。
それはいざという時、職を失わないように、家族を悲しませないようにだ。
時々、夜の街で喧嘩をしている。
何のために?
他にしたいことがないから。
いや、違う。
これが一番したい事だからだ。
ただし、酔っ払い相手はあまり熱くなれない。油断は禁物だが。ましてやか弱い女など論外だ。
性行為中に女を殴る男というのもいるらしいが、戦う気のない相手を殴って楽しいのだろうか。
以前、女を殴ることで有名なホストと喧嘩をしたこともある。口ばかりでとても弱く、相手にするんじゃなかったと残念で悲しい気持ちになった。
今日の相手はこれか。人通りの少ないソープ街の隅。人が集まる前に終われるだろう。
ゆっくりと両腕をあげて戦闘態勢に入った。最初の構えを見られても問題はない。
構えは何種類も用意してあるからだ。