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物が少ないが綺麗に整えられた部屋。
古さを感じるが座り心地の良いソファー。
心が落ち着く、紅茶の香りを深呼吸して身体に取り込み。
俺は放心していた。
分かったこと。
あのチビはここら辺の領主で伯爵だということ。
ドゥーダさんはチビの護衛騎士だということ。
ここは日本ではないこと。
日本という国も聞いたことがないらしいということ。
「まじかぁ…」
冷めた紅茶を飲み干す。咽喉が乾いて仕方ない。
チビはここ…教会に併設されている孤児院への慰問に来ていたそうだ。
洗濯をしていた子どもたちが敷地内の茂みの奥から大音響の、聞いたことがない音が何度も聞こえると騒ぎ出したので見回りをし、そこで倒れてる俺を見つけたと。
「大丈夫ですか?」
ドアの近くで立っていたドゥーダさんが近づいて、紅茶をカップに注いでくれる。
チビは今、他の騎士と共にシスターと話をしているらしい。
「ドゥーダさん、あの…」
「申し訳ありませんが、お話はハインリヒ様がいらしてから。勝手に話をするわけにはまいりませんので」
「いつまで待てばいいんですかね」
「何事もなければいつも11の刻には終了します」
スマホを見る、あと少し。
スマホの時間とここの時間は同一で、1日も24時間らしい。
そういえば、会社を無断欠席したのに電話もメールもメッセージも何もない。やっぱり俺は夢を見てるのか。
無断欠席したならクソ上司からガンガン電話がかかってくるはずだ、そして出社後に罵詈雑言の説教コース。
その説教のせいで1日の仕事は終わらず残業で、もちろん残業代なんて出ない。
帰りにコンビニで酒とつまみを買って、狭いアパートで寂しく飲んで食って風呂に入って寝る…。
夢から覚めたところでブラックな毎日の繰り返しだけど、少なくとも現実世界には俺の居場所がある。
あぁ、もうすぐ充電が切れる。鞄にある充電器を取ろうとしたところで、所持品がスマホしかないことに今更気づいた。
「ドゥーダさん、俺の鞄って落ちてませんでした?」
やばい、鞄には財布が入ってる、あと持ち帰りの仕事の資料と…退職届。
「はい、倒れていた際に周囲をざっと見ましたが、鞄は落ちてはいませんでした」
まじかよ、古本屋に置きっぱなしってことか?財布の中身は大丈夫かな…店員が預かってくれてると思いたい。
リンゴーンと教会の鐘がなる。
11時だ。
俺は冷めた紅茶を飲み干し、ドアが開くのを待った。