奪取
「おはよー、みんな」
私は大きく伸びをしてから、挨拶をした。
「おはよう、昏。遅いお目覚めね、皆さんもう出かけたわよ」
「えぇ、あの二人も?」
見ると確かに、私の他に寝ているのは穂と宋だけだった。
「先生は?」
「あの人なら外に出てるわ。剣の稽古じゃない?」
「ん、わかった」
私も加わろうとして、家の戸を開ける。
「―――っ!?」
……と思ったが直ぐに閉めた。
外に、昨日の役人たちが集まっていたからだ。
ちら、と戸を開いて様子を伺う。
先生が表立って応対をしており、どうも税収の話をしているようだった。
「額はいくらだ」
「そうさな、この村の規模だと……といったところか」
役人が金額を値踏みし、言い添える。
「……いいだろう。村を守るためだ」
先生が役人たちに金袋を渡した。
「……確かに。では、季節が一回りした後は―――」
このまま話が進めば、役人たちはこの村から出ていくだろう。
良かった良かった、と戸のこちら側で息を潜めていると―――
「……おーっと、待って貰おうかい」
「不当な金の取引、見過ごしちゃあおけないねえ」
「……なっ、なんだ、お前らは!」
小気味良い声が広場に響いたかと思うと、急に剣による火花が散った。
「―――頂きッ」
役人たちの手に有った金袋が次々と消え失せ、その手に収まっていく。
その正体は―――
「……お、お前たちは、昨日の……!」
―――そう、祭と舩、だった。
(あ、あいつら盗人だったの!?)
「そら、舩!」
「あいよ!」
見事な身のこなしから、祭は金袋を相方の舩に手渡して、村の外れへと走り去ってゆく。
「に、逃がすな、追え!」
役人たちが追いかけるものの、その姿はすぐに村の向こうへと消え去っていったのだった。
「あ、ああ、何という事だ!皇に捧げる税が……!」
ただ一人残った役人が、今起こった事を嘆き悲しむ。
その余りに哀れな様子を見て、しょうがない、と私は身を外へと出した。
「あー、わたしで良ければ取返しに行ってあげてもいいけど」
「ほ、本当か!?……って……」
「ん?あれ、君は……」
姿を露わにして、その役人をよく見ると、知っている顔ぶれなのに気がついた。
「たしか……司?だっけ」
リンゼンで最後に闘った気弱そうな少年だ。
当然私の事も覚えているようで、血相を変えてこちらを指さした。
「お、お前!リンゼンの……!」
「『お前』じゃない、昏って名前があるの……ほら、急ぐわよ!」
「待て昏、どうするつもりだ!」
先生の怒声が耳に刺さるが、今行けるのは私くらいだ。
「お金、取り返してくる!先生は待ってて!」
そう言って、私は村を飛び出した。
……
「―――ホラホラ、走るの遅いよ!もっと早くしないとあの二人に追いつけない!」
「そんな、こと、言われ、たって……!」
祭たちの足跡を辿って、平原の道を突っ切る。
ひいひい言ってついてくる司に足を引っ張られながら、全力で走った。
……本当は、狐になればもっと早く走れるんだけどなあ。
そんな事を考えて、ふと、司には狐の姿を目撃されている事を思い出した。
「あー!」
「ど、どうしたんだ?盗賊たちを見つけたのか」
「ちがう、あなた私に乗っかればいいじゃない!」
「は?」
しゅるっ、と狐の姿に変化する。
「あ、あの時の……!」
「ほら、背中貸してあげるから乗りなさい!」
「え、……ひゃああっ!」
司の脚を銜えて払い、背に乗っける。
ちょっと……いや、かなーり重いけど、まあ行ける。
「じゃ、いくわよーっ!」
びゅん、と勢いづけて道を疾走。
「い、一体何なんだ、お前はーっ!?」
狼狽する司の声が平原に響いた。
……
暫くの間走り続けると、前を行く祭と舩の姿が見えた。
「追いついたっ!」
「うわぁっ」
私は速度を上げて二人の前に出ると、変化を解いて抜刀する。
同時に後ろでどさり、と司が尻餅をついた。
「あっとごめん。……さあて、よくも騙してくれたわね二人共」
刀を突き付けられた二人の顔には、にやりとした笑いが浮かんでいた。
「おお怖い。嬢ちゃんが追ってくるとは思わなんだ」
「戦いには無縁、とか言って。どうせそれも嘘なんでしょ」
「正解。まぁ自ら戦いたがる嬢ちゃんほどじゃあないけどねぇ」
そう言って、祭と舩は獲物を取り出す。両手に短刀を扱う、二刀流だ。
「……」
じり、と間合いを取る。
かかって来たのは、舩の方からだった。
「ふんっ」
月芽で受け止め、振り払うように斬る。
舩はひらりと宙返りして避けて見せた。
「だぁっ!」
ひと太刀、ふた太刀と斬撃を加えるが、どれも空振る。
次の瞬間には祭が斬り込んできて、屈んでそれを避けながら月芽で足払う。
空振り。
矢継ぎ早に、交互に二人の攻撃がやってきて、それを必死で避ける。
刀と短刀の応酬が続いた―――
「あ、わわ……」
役人の少年、司は目の前の乱戦に困惑していた。
もともと戦ったことの無い身の上、刀を抜く事すら出来ずにいる。
だが、自分の今の役目は―――
(賊の、討伐……税の奪取!)
カタカタと震える鞘と手を何とか諫め、勢いよく、抜いた。
「―――くっ!?」
初め互角に戦えていたと思っていた戦局は、ある時を境に崩れ始めた。
何とか祭と鍔迫り合いに持ち込むが、やはりニ対一では分が悪い。
そう思っていた時、横から人影が突進してきた。
「……やああぁ!!」
「つ、司!?」
思わぬ少年の姿に、二人もぎょっと目を見開いた。
その滅茶苦茶な太刀筋は祭の腰元を掠め、結んでいた金袋を取り外させた。
「っ、いただきっ!」
「あ、この……!」
その隙に金袋を取り返し一旦下がる私。
「はぁっ、はぁっ……まず、ひとつっ」
そう言っては見るものの、今のは只の偶然。実力ではなかった。
それを見通してか、祭が声を上げた。
その一言一言に、疲れは見えない。
「はっは、やられたな。……まぁ、この辺りにしておくか」
「なんですって?」
「あんまり嬢ちゃんと遊んでも居られないって事さ……舩!」
「はいよ」
祭が目配せすると、舩が何かを取り出した。
……何かの、玉?
「あばよ、嬢ちゃんたち!」
船がそれを思い切り地面に投げつけると、煙が大量に噴き出した。
「うわあっ」
「くっ……げほっ、ゲホッ!に、逃げるつもり!?」
「その通り!」
「悔しければ、都に来るこった!縁があれば会えるだろうよ!」
「祭!それは言わなくても良い!」
「おっと。ははっ、それでは御機嫌よう!」
煙幕が長い事辺りを包み、晴れた頃には……そこには二人の姿は影形も無かった。
「あ……!に、逃げられた……!」
「そんな……!」
司と二人、肩を落として落ち込む。
「あーもう、他の役人たちはどうしたのよ!」
「そんな事僕に言われても分かるものか!」
「なんでよ、同じ役人でしょ!?」
「うっ……!」
司はそう言われて、痛い所を突かれたかのように押し黙ってしまった。
「……」
「な、なによ……私、何か変な事言った?」
そう言って聞いても、司は何も言わず俯くばかり。
「なんなのよ、いったい……」