渡り鳥
「全く、町のど真ん中であんな大立ち回りを演じるとは」
「だ、だからそれは謝ったでしょ先生~」
シイカ村に着いてからも、先生のお小言は続いていた。
先生は私の剣の先生だけあって、振る舞いに関して怒る事が多い。
やたらめったらに刀を使うなとか、もう少し考えて行動するようにしろだとか。
特に今回の戦いは先生の目に余ったらしく、こってりと絞られてしまった。
「だいたいお前はいつもだな……」
「ほらほら、先生。もう村に着いたんだから、その話はまた今度にしようよ、ね?」
「全く……ん?」
先生の足が止まる。
視線の先の広場には、何だか騒がしい二人が人を集めていた。
「?なんだろ、あの二人」
「旅芸人……か?」
近づいて見てみると、長身の男性と浅黒い肌の女性が、短刀をお手玉の様に振り回している。
こういう類の芸は初めて見たため、思わず「おー」と声に出してしまった。
私も月芽をくるくると腕の上で回したりは出来るが、あんな風に刃の付いている部分を掴んだりなんて怖くて出来ない。
その次にも二人で短刀を空中で受け取ったりして、村の皆を沸かせた。
私もぱちぱちと手を鳴らしながらその二人に近づき声を掛けた。
「すごいすごい、あなた達って芸人さん?」
「ん、おおそうさ!」
よく見ると整っている顔をした二人が、そう聞かれてお道化た恰好をとった。
「あたい達こそ」
「さすらう渡り鳥、祭と!」
「舩ってんだ!」
ぱぱん、と手で音頭を取る二人。
「祭、舩……?」
ふむ。と横で聞いていた先生が喉を鳴らした。
「失礼かもしれんが、変わった名だな」
「少々遠くから来たもんでね、あまり聞き慣れないかね」
「でも、上手だったよ剣捌き。お手合わせ願いたいくらい!」
あんな風に短刀を扱えるんなら、きっと戦いの腕も良いに違いない。
そう思うと、うずうずしてきてしまうのは私の性だった。
「おお、嬢ちゃんは剣士かい。」
「でも残念。あたいら争い事にはからっきしでね、期待には応えられないよ」
「え~、なんだ、残念……」
「昏……さっきの事といい、お前という奴は」
「な、なによう、先生」
私の軽口を見逃すことなく諫める先生。
また口げんかが始まりそうになった私たちを、長身の美男子―――祭が止めてきた。
「まあまあお二人さん喧嘩はよしなって。……ところで」
「うん?」
「―――今夜、俺たちを泊めてくれやしないか?」
……
「さあ、皆さん。夕飯が出来上がりましたよ」
陽叔母さんが、卓へと食事を運ぶ。
今日食卓を囲んでいるのは、いつもの風景に二つの顔が足されていた。
「いっただっきまっす!」
「悪いねえ、奥方さま。いただくよ」
祭と舩は用意されたご飯をかっかと平らげていく。
「遠慮ないなあ」
従弟の宋がごちるが、私も結構大食漢なので人の事は言えない。
「良いのよ、折角旅の人が来てくれたんだからおもてなししなきゃ。」
「いやぁ、ありがたい!なにしろ三日間何も食ってなかったからな!」
「え、そうだったの?」
「あー、そいつの言う事は真に受けないでおくれ。」
「なにそれ……」
空言とでもいうような祭に対する舩の言葉に笑う。
「ねね、それよりも旅!旅の話聞かせてよ」
「そうね、私も聞きたい!」
穂と私で、目をきらめかせて旅人二人に聞いてみる。
「おう、良いぜ」
「仰せとあらば」
……
夜も更けて。
祭たちから旅の話を聞いた後、従妹たちが眠りについてしまっていた。
「―――なんてこともあったなぁ、はは」
「ふあぁ……」
「お?どうした、俺の話がつまらないか」
「あ、ううん。ちょっと眠くなってきたかな」
「そうか、じゃあ……」
「そろそろお開きにしようか、祭」
旅人二人がそう言い、陽叔母さんに目配せする。
「じゃあ、お布団用意しますね」
「いや、何から何まで申し訳ない」
私も叔母さんを手伝い、布団を敷いていく。
そんな中先生が一言、祭に聞いた。
「祭殿、一つだけ聞きたい事が」
「む?」
「……都の情勢についてだが、何か知っている事は有るだろうか」
なんのことだろう、と思ったが、祭の方は心当たりがある様に頷いた。
「ああ、都……ね。知ってるさ、キナ臭いぞあそこは」
「キナ臭い?」
「税の制度を初めとして、なにやら土地の押収が始まってる」
さっきまでおちゃらけていた祭の表情は、その緩さをどこかにやってしまっていた。
「噂によると、義賊集団が都の役人たちへ報復に移るって話もある。……ああ義賊集団っていうのは、『赤葉』のことだ」
「『赤葉』……?」
「知らないかい?まあ兎に角、いまは都の方には近づかない方が良いってこった」
「……」
その話を聞いて暫く考え込んだ後、先生が私の方へ向かって話しかけてきた。
「……昏、今日リンゼンで会った役人たちだが」
「?うん」
「税の徴収に来ると言っていたな」
思い出して、頷く。確かにそんな事を言っていた。
「シイカ村にも役人たちが来るかもしれん。そうしたら……」
ああ、とそこまで聞いて、先生が何を言いたいのか分かった。
「良いよ、先生。今日毛皮を売ったお金、その『税』っていうのに使って?」
「む……すべてとは言ってない、足しにさせてくれと言っただけだ」
「細かい事は良いよー」
「細かくなど無い、お前の家の生計に関わる事だろう」
「別にいいってばー」
しつこい先生の言葉に業を煮やして、私は布団を被って向こうを向いた。
「この話、終わり!おやすみ!」
「……まったく」
「あんたら、良い関係だな。」と祭の言葉が耳に残り、そのまま私は眠りについた。