線香花火、桔梗の花咲く頃。
遥彼方さま主催「夏祭りと君」企画参加作品です。
キャベツを刻む、ザクザクと、もやしを袋から半分出して、洗いザルに上げておく。ピーマンが少し、と玉ねぎも、この間の残りがあるから、それも刻む。
豚肉を切り、そば玉を用意しておく。そう、焼きそばを作る。今日の夕餉、それにビールと、コンビニで、買ってきたキュウリの浅漬。後は冷蔵庫にあるタッパーの物と………、それでいいな。
一人暮らしになってから、見様見真似で始めた料理も、それなりに形になってきた。まぁ、煮物等は出来合いを買うことが多いが、一人分作るより安上がりだな。
「買うほうが安い物もあるの」
ジャジャッと、炒めていると、お前の声が聞こえてくる。ご飯を今朝は炊いてなかった、それだけはパックのチンに、若干抵抗がある。他はずいぶん慣れた。
朝はパン、昼はゲートボールのメンバーで、寿司をつまみに行ったから、夜に炊くのもなぁ、それと今晩は………、だから焼きそばにした。
ソースの匂いが立ち上がる。煮干し粉と、青のり、鰹節をハラリとふる。ここはきちんと作りたいのだが、しかしあいにく、紅生姜がなかった、まぁそこはいいか。
「さあ!出来た、時間は………、そろそろか」
時間は八時前、昼がおそかったから、少し遅らせた、一人の夜飯。何時もは、台所ですますのだが、今日は仏壇が置いてある、縁側に接した座敷に運ぶ。
網戸にしてあるが、蚊取り線香を炊く、電気もいいが、渦巻きのはお前が好きだったから、そのままに使っている。
「お前も飲むかい?」
缶ビールをプシュっと、開ける、トクトクと少しグラスに注いで、フォトのお前に供える。とりあえず乾杯しとこうか、と缶のままグラスにカチリとあわせる。
ドドーン、空気が響く音が聴こえてきた。そう、今日は地元の夏祭りだ。子供が小さい頃は浴衣を着せて、手を繋ぎ行った、地元の夏祭りの目玉、しめの花火大会。
「じゃ、晩飯にするか。ここはテレビが無いが………、それもいいかもな」
一人呟く、そして箸をとる前に、近所に住む娘が、孫と共に来た折に入れて帰った、小さなタッパーを開ける。
とろりとし、ツヤツヤに光る、ナスの揚出しがいくつか入っていた。生姜の香りが夏らしく良い。
切り込まれた紫の網目に沿い箸を入れ、一口、冷たさでふるとなる、続いてビールを一口。
美味しいな、味が似てきたよ、母さんや、と話しながら、空を響かせる音に耳を傾ける。
子供と並んで見た花火、にぎやかに手を叩いて、アイスを皆で食べて、焼きそばを食べて………、屋台を巡るのに忙しかった、地元の夏祭り。
まぁ、それもいいが………、今宵思い出すのは、二人で見たあの、あの時の、夜空の華、白く垂れ下がる柳。
初めて二人で見に行った、付き合って間もない時、結婚前のひととき。
キレイと呟いたお前が、可愛くて嫁にもらいたいと、思ったあの色と形を、音を、光を思い出す。
冷める前に焼きそばを食べる。シャキシャキと、キャベツを食む。玉ねぎ、ピーマン………、間にキュウリをつまみ、ビールを飲む。しみじみと音を聴く、重なるそれ。
去年の夏祭り。最後、共に眺めた、その音。
「あのね、焼きそばが食べたいの」
病室で、昼間にそう話した白い顔のお前、屋上でね、今日の夜の、夏祭りだから………。先生には、食べたい物を食べて良いって、ね、だから少しでいいの、持ってきて………。
看護婦さんと、娘夫婦と、孫と、俺と、他にも幾人か、ぽつりぽつりといたな、共に静かに見た白い屋上からの八月の花火。
色も光も、形も覚えて無い。頭の上に流れて来ていた、ドドーンとした音が残っている。それと白いお前の笑顔。
娘が持ってきた、焼きそばを、お前は小鳥がつまむように一口、ぽちりと食べて、ありがとうね、と笑った。
「あの時、そう、あの夏祭りの夜に、初めてご馳走になったのよ、覚えてる?ひとつを二人で食べて、ね、ふふ、ふ。それから………、花火大会には、何故か………何時も食べたわよね」
懐かしそうに目を細めて、空を見たお前。来年も見れるかしら、と言ってたが、時間はのこっていなかった。
静かな家の中に聴こえるは、遠花火。
ドドーン、と響く空の色。それに耳を傾けていたが、ふと買い物ついでに仕入れた物を思い出し、台所へと取りに行く。
「そうだ、これをしようか、お前好きだった、コンビニで、こういうのも売っているんだよ」
持ってきたのは昔ながらの、手作りと名前が書いてある、紅色と緑色の和紙でこよられた線香花火。
仏壇から蝋燭を一つ、手には線香花火。縁側にハラリと、解いて置く。蝋燭に火を灯しコンクリの上に、ロウを垂らしたあとにそろりと建てる。
ゆらゆらと揺らめくそれに、線香花火をかざす。
そろりと離れる。ぽ、ぢちちち、シュッ、ぱちぱち、爆ぜる音、小さくとも火薬の香り、幽かな煙が立ち上る
闇に花咲く火の花、バっ!バッ!と丸く飛ぶ華。丸く丸く朱の雫が、しっとりと震える。
ぽとん………と落ちた。
「落とさないように、最後の柳まで頑張るの、勝負しましょ」
お前の声が聴こえてくる。空に響く音と重なる。俺はもう一本火にかざす。次は最後迄、と気合いを入れる。
一時帰宅の時に、七月七夕の夜、あの日………、孫が残して帰っていた、去年の残りのコレを見つけたから、と二人で始めたママゴト遊び。
焼きそばを作って、縁側に運び、ジュースとビールで乾杯した、小さな七夕の夏祭り。
孫が作った、そして持ってきてくれた七夕の笹飾り。桃色の色紙に、元気になりますように、とクレヨンで書いた短冊が、いくつもぶら下がっていた。風にそよそよと揺れていた。
縁側のここで、二人で笑いながら、洒落こんだ、夫婦二人の夏祭り、そして花火大会。
小さな小さな、夏祭り、でも、俺達には、大きな大きな思い出のそれ。込み上がる熱い何かを想いながら、線香花火を愛おしむように眺める。
花火が爆ぜる、闇に丸く華を、玉を芯にして、縦横無尽に華を散らす。朱色の花。震える火の玉、形変わる火の華、朱色の線を描くよな花弁。
そして………、やがてゆるりと、時が終わる。
チチチ、と小さくなる、シュウシュウと弧を描く、柳のように垂れる線香花火。息を殺すように、最後迄見つめるその行方………。
朱の玉がふうふうとした朱色を細く、細く、小さく小さくして行く、やがて玉ひとつが残り、ピリピリと震え、すぅ、と消えてゆく………。
静かな闇が戻る。空を見上げると、音は消えている、花火大会も終わったらしい、しばらく疎らな星を眺める。
お前は、見ているか、側で、去年………、七夕の夜の様に、ここで、貴方は下手ねぇ、と笑いながら線香花火を手にしているのか、俺を笑って見ているのか?
「鬼の形相で睨むように、線香花火に挑むなんて、おかしい」
と、くすくすと笑ったお前の、白く細くなった手を、顔を、ここでしゃがんでいた姿がふうわりと、見えないはずなのに、目に浮かぶ無の空間。闇のいろ。
りりり、リリころころ………、コオロギの声が、庭の躑躅の陰から聞こえてくる。そろりとそちらに目をやる。お前の好きな桔梗の白と紫が、ぽんっと開いて咲いている。
そこにいたのか………と声をかけそうになる。もうあの世に逝っているというのに………。この世には、いないというのに、ほうわりとそこに浮かび上がる、花に姿を重ねてしまう。
ブロ、ロ、ロー、バタン! 静寂を閉じる音が響いた。ついた!先に持って入る!ママ早く鍵開けてぇ!
家の車庫に車が入った音、響く澄んだ声をたしなめる声、待ちなさい!危ないわよ!と似てきた声。それか耳に入ると、暖かな何かに包まれていく。ヤレヤレ忙しなくなるな……、と顔がゆるむ。
「じいちゃん!たこ焼き買ってきたー!じいー!こんばんわー、どこー?お風呂ーなのぉー?」
ワッという打ち上げ花火のような、賑やかさと、夜空に大輪の花咲く勢いを、そのままにまとった孫の声が、玄関のドアを開けて入ってきた。それに応じる。
「おお、庭にいる、どうだ?じいちゃんと勝負しないか?」
今から残りの線香花火で、孫と勝負しようか、なぁに、年の功、負けはしないよ見てておくれ、と。
アレに声をかけた。紫と白の桔梗に、見ていておくれと、笑顔を向ける。
「鬼の形相で線香花火?」
くすりと笑うように花が揺れた、八月の夏祭り。
盆の風が、さわりと吹き、チリンと風鈴を鳴らした。
完