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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
新人仮面剣劇師と海上劇場
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姪と叔父

 フォールセン邸表門。


 呼び鈴を押してやりとりをしてから数分ほど待たされてから、正門を塞ぐ鉄門横の普段使い用通用門がようやく開かれ、白髪を丁寧に整えた老家令メイソンが姿を現す。



「お待たせいたしました。ミルカ・レイウッド様。このたびはご足労いただきありがとうございます。ようこそ、お運びくださいました」



 メイソンがまずはケイスの武具を運んできたロウガ支部からの使者であるミルカに、丁寧に頭を垂れて、謝礼と歓迎の挨拶をする。

 

 その肝心のミルカは、しくしく泣きながらイドラスの肩に荷物のように担ぎ上げられてメイソンの挨拶にさえ反応しないのだが、一切動揺するそぶりも見せないのは、年の功か、それとも非常識生物にならされた所為か。


 ついでイドラスに感慨深げな目を向けると、



「若。ご無沙汰しております。無事のご帰還、そして数々のご活躍、屋敷の全召使いを代表してお喜び申し上げます」



 フォールセン邸は、ロウガ復興初期に最初に建築された後旧ロウガ支部として用いられた歴史ある建造物だが、その基礎はもっと古い。


 広大な邸宅を囲む石壁や、地下室の一部は暗黒時代よりさらに前、東方王国時代にその起源をさかのぼれるほど。



「メイソンさん。歓迎してくれるのはありがたいが……若はやめてくれ」



 実に居心地が悪いというか、申し訳がないだろうか、それとも気恥ずかしいが正解だろうか、いろいろな意味で返答に困る複雑な感情をイドラスは覚える。


 イドラスの母でもあるカヨウ・レディアス……いや邑源華陽の出身家門、東方王国最強の守護武家である邑源一族の屋敷であり、港湾都市【狼牙】を守る出城でもあった場所に建造されたのがフォールセン邸だ。


 暗黒時代の始まり。赤龍の群れによる最初の襲撃によって、狼牙の街と共に、屋敷や出城は燃え朽ち果てた。


 しかしそれでも地下深くに基本構造が設置され健在だった強固な結界により、ロウガ解放後も色濃く残る龍魔力に汚染された付近一帯の中で、清浄な土地を唯一保ち続けていた出城跡が、復興拠点として選ばれたのは、合理的な判断だったろう。


 フォールセンパーティの私財を用いて土地、建物は整備されたが、ロウガ支部として用いられた関係上、現在も書類上ではロウガ支部資産として登録されている。


 大英雄フォールセンに生涯無償賃貸という形にされているが、そのフォールセン自身はあくまでも、邑源一族から借り受けた土地というスタンスだ。


 大英雄パーティメンバーにして、双剣の勇者の従者にして剣【双剣】邑源姉妹が、本来の土地屋敷を正式に受け継ぐべき後継者であると。



「年寄りのわがままとお許しください。旦那様達の志を継ぐ貴方にふさわしい呼び名だと考えております」



 元孤児院出身で今も屋敷に仕えるメイソンのような召使い達や、ロウガのあちらこちらで活躍する元院生達も、誰もがフォールセンの想いと、その意思を尊重している。


 暗黒期が終わっても、あちらこちらで猛威をふるった残存モンスターによって滅びた開拓村の唯一の生き残りとして、フォールセンパーティに命を助けられ、孤児院に迎えられた者。


 身分を偽りメイド長や、先代家令として屋敷に勤めていた邑源姉妹に、一流の技術や、従者としての誇りを叩き込まれた者。


 勉学や技術で才を見せ、フォールセンの伝手で中央へ留学させてもらった者。


 院を卒業して独り立ちした際に、諸々の餞別や便宜を与えられた者。


 支部長としてロウガ復興のために忙しくしていたフォールセンの名代として、孤児院運営に直接関わっていた邑源姉妹への数々の返しきれない恩義への感謝が、メイソン達には今でも色濃く残っている。


 しかし姉である雪が謀殺され、姉の敵を討つため華陽がカヨウ・レディアスとなりロウガを去った後は、その恩義を返す先はフォールセン一人のみとなり、そのフォールセンの後継者は実質ロウガに存在しないという状態が続いていた。


 カヨウの息子であるイドラスが、イド・ラスティという偽名でロウガで探索者として活動を始めるまでは。



「それに本名を想起させるイド様とお呼びするよりも、若とだけお呼びした方が、諸々をごまかしやすくなりますと考えますが……特に今のお屋敷にはケイス様のご友人も大勢ご滞在中ですので」



 予想通りフォールセン邸の古株にはケイスの正体がバレバレであろうとも、反応は出来ない。 


 だがどれほど白々しくともケイスとの関係や正体を隠しておきたいイドラスとしても、名前を呼ばれ、相手がケイスの知人達といえどそこから下手な推測をされるリスクを考えればメイソンの提案に利があると肯定せざる得ない。


 だがそれを口に出して、肯定も同意も出来ない。何せケイスはルクセライゼン本国では最重要機密存在。


 何よりイドラス自身も過去にケイスと同じ事をやらかしている。


 偽名で呼ばれたときに変な反応をしないように本名の一部を用いて、自らの出自を隠していたつもりだったのだから、今考えれば子供の浅知恵も良いところだ。


 その体に流れる赤龍血の気配や、受け継いだ武技から、フォールセンをはじめとするカヨウの仲間や、教え子達には正体が最初からバレバレだったと。


 後から明かされたときには、育ちの良さを隠すために無理して行っていた数々の悪ぶった痛い言動を思い起こして死にたくなったほど。


 今でも思い出すと身もだえする、軽いトラウマになっている若気の至りの一つだ。



「……メイソンさんが想像しているのはリオラで仕事中のはずの男の名だ。隠してもらえるならありがたい」



 渋々ながらイドラスは若呼びを了承するが、どうしても罪悪感を覚えるのは仕方ないだろう。


 イドラス自身フォールセン邸の管理を受け継ぐイド・ラスティとして一度は腰を落ち着け、その生涯を全うする気があった。


 しかし紆余曲折あり、結局はイドラス・レディアスとしての人生を今は歩んでいる。


 

「かしこまりました。では若。ケイス様のもとへご案内する前に、先にミルカ様のご容態を、医療神術士であるレイネさん達に見てもらった方が良さそうです。その間に先にケイス様のご友人であるルディア様に現状を確認した方が、状況整理にも若の健康のためにもよろしいかと」



「うぅっ、見られてる、目をつけられてるよぉ」



 肩に担いでいたミルカが、血の気の引いた顔でぶるぶると震えている事に、不覚にもイドラスは気づいていなかった。


 過去の経験から迷宮モンスターへの過剰なまでの恐怖を抱いているが故に、ミルカの探知能力はイドラスが知る者、それこそ上級探索者である父母達を含めてもトップクラスに位置する。


 先ほどまでの、自分の抱くイメージから起きていた恐怖とその色が少し違う。 


 うわごとを繰り返し異常に怯えるミルカの様子に、イドラスも意識を集中させてみると確かに見定められている気配を微かに感じる。


 視線ではなく、魔術的な監視でもない。


 それでもどうやってか、化け物はこちらの動向を捉えていると確信できた。


 獲物の気配を察知した肉食動物が遠くの巣穴の中で動き出したかのような、警戒心を覚えさせる第六感。



「判った。メイソンさんまずはそちらに案内してくれ」



「ではこちらの腕輪をおつけください。邸内の全ての施設への出入りが可能となります」



 メイソンの差し出してきた入館証である腕輪を二つ受け取りながらイドラスは頷く。



 これから化け物の巣穴に自ら突っ込む事になるのだ。 


 探索者としての嗜み。体調管理と情報収集、万全の準備をこなして置くべきだろう。










 フォールセン邸正門を真正面に見下ろす三階執務室にイドラスは足を踏み入れる。


 神術による精神耐性強化を受けて、及び腰ながら何とか自分の足で歩けるようになっているミルカが、イドラスの背中に隠れながら続く。


 東側の壁一面には書籍棚が埋め込まれ、そこには今では希少な歴史資料として扱われている、赤龍王討伐後からのロウガ復興記録がずらりと並んでいた。


 西側の壁には、フォールセンが愛用した武具が飾られているが、その中心となる赤龍王を葬った長剣『エンガルズ』が飾られている箇所だけが空白なのが、家主の不在を表す。


 イドラスの記憶にある室内の様子と変わらず、今もかの大英雄双剣フォールセン・シュバィツアーの執務室として使われている……はずだ。


 どうにも足下のおぼつかない感覚、悪夢に足を踏み入れたような現実感のなさをイドラスは感じている。



「大変お待たせし、失礼いたしましたケイス様。お客様をお連れいたしました」



「ん。先にルディやレイネ先生達に会いに行ってたのであろう。かまわん気にするなメイソン。手間が省けて助かる」



 今ひとつ確信を持てない理由は二つ。


 一つは、屋敷の中心で自分が女主人のように当然のように堂々と振る舞うこの令嬢風化け物が原因だろう。


 丁寧な縫製だと判る裾の長い淡い青色のイブニングドレスを纏ったその姿は、幼くとも気品と高貴さを強く感じさせ、些か乱暴な男口調であるはずなのに、王侯貴族の子女、いや女王然とした凛とした空気を纏わせる。



「ご苦労だったなミルカ。それと護衛の者、よく来たなケイスだ。こちらの事情はルディ達に聞いたな。そういうことだ。私の武器を返せ」



 前置きを僅かに置いただけで、ケイスは手を差し出す。 


 イドラスとはあくまでも初対面で通す気であるのはまだ判る。


 そしてどうにも現実感を持てない二つ目の理由は明白だ。


 先ほどルディアと名乗る薬師から聞いたケイスが誰を救おうとしているか、何をしようとしているかその“表向き”の計画を聞かされた所為だ。


 過去の英雄二名を救出するために、火龍ナーラグワイズの魔力が残る魔具を開こうとしている。


 簡潔に言えばそれがケイスの第一目標だが、そこから関係各国を巻き込んだ第二、第三の目標に続いていくのだが、ともかく第一目標だけでイドラスの権限を遙かに超えた事態を引き起こす。


 5代前のルクセライゼン皇帝ベザルート・シュバイツァー・ルクセライゼンの帰還。


 在位中に絶望的な状況で戦闘中行方不明となり死亡扱いで、継承戦が行われて次代へと帝位が受け継がれた消失帝。


 しかしそのベザルートが生存していたとなると、在位が長くなりすぎ占有しているとの声まで上がり始めた現皇帝フィリオネスの正統性を疑問視する声さえ出かねない異常事態。


 国を揺るがしかねない事態だというのに、ケイスはそれをたった一言そういうことだと済ませる。済ませてしまう。


 自分の選択がどうなるか、何を起こすかを知らないならまだ良い。


 だが全てを把握して、理解して、想像した上で、即断即決し、躊躇せず突き進む。それが姪であるケイスだ。


 そんな姪に対して、イドラスがまずやるべき事は決まっている。



「メイソンさん。機密事項になる武器返却の手続きがあるから席を外してもらえるか」


 

 いくら精神耐性を施していても、化け物を前にして足が竦んでいるミルカに代わり、イドラスがメイソンへと退出を促す。



「かしこまりました。こちらの部屋には防諜防音結界が作動しておりますので、情報が外に漏れることはございません。何かご用がございましたら卓上のベルをお鳴らしください」 


 深々と礼をしたメイソンの退出を見届けてから、イドラスはケイスと向き合う。


 一見ではただ自然体で立っているだけに見えるが、そのままでは隙を見いだせないごく普通の臨戦態勢を維持している。


 ここから数手を挟めばやれなくもないが、無駄に手傷を負うのも遠慮したい。それ以上に目の前でケイスが暴れ出したらミルカの精神が持たない。


 まずは初手からケイスの虚を突くことが可能となる切り札を切るべきだ。


 覚悟を決めたイドラスはミルカの背中に手を回すと、ケイスの前に突き出す。



「ケイネリア。ミルカがミューゼリアの母親になる。つまりはおまえの義理の叔母だ」



 家族間でだけ使っていたかつての愛称で呼ばれたケイスがなぜミルカの前で呼んだと一瞬だけ眉をひそめ怒りの表情を浮かべる。


 しかし次いで聞かされた言葉に、珍しく素で驚いたのか目を丸くしている。


 姉と慕う従兄弟兼幼い頃から面倒を見てくれたメイドミュゼの名と、その母親と紹介されたミルカの情報を整理しきれないのか、ケイスの警戒心が一瞬だけ無防備になった隙にイドラスが動く。


 特殊歩法で一瞬で間合いを詰めケイスに肉薄。


 だがケイスも然る者。自らの間合いに虚を突いて進入してきた者に対して、無意識的にも迎撃態勢に入る。


 左手で折れ曲がった長剣【羽の剣】を引き抜き、イドラスの首めがけて神速の抜き打ちを放とうとする。


 それはイドラスの想定していた剣速より4割は早い。ケイスの成長速度から見積もっていた最高値を遙かに凌駕する剣速。


 しかしその程度なら対処可能範囲。


 柄に手を掛けていたケイスの左手に右手を重ね合わせ、闘気術の一つである心打ちの派生技である破散打ちを敢行。


 肉体強化の要である闘気を乱し散らさせる妨害技によって、ケイスの腕力が著しく弱化され止められ、硬度と重量を増していた羽の剣も、動力源である闘気を絶たれ力を失う。


 そのまま右手でケイスの左手を拘束しつつ、左手で拳を作り調整した闘気を流し込み、



「毎回毎回周りの迷惑を考えろこのバカ姪はっ!」



「ひゃがっぁ!?」



 雷撃のような鋭い一撃でケイスへの拳骨を振り落とす。


 肉体損傷を防ぎつつ、相手の痛覚を刺激する事に特化した無力技兼拷問技の闘気を纏った拳骨を、真正面から受けたケイスは短い悲鳴と共に、あまりに痛みに全身で身震いをしてからしゃがみ込んだ。


 本来なら肉体を弛緩させ武器を取り落とさせる技でもあるのに、それでも剣を手放していないのは執念と呼ぶべきか、剣術馬鹿の面目躍如と評価した方が良いだろう。


 ただあまりに痛いからか、自由な右手を反撃に用いるのでなく、拳骨をされた部分をさすって、少しでも痛みをごまかそうしている様は、それこそ怒られた子供の仕草だ。



「うぅぅ……い、いきなり何をする叔父様! それにミルカがミュゼの母親とはどういうことだ!? 聞いてないぞ!?」



 涙目で見上げてくるケイスからは先ほどまでの絶対強者の雰囲気は消え失せ、信愛する肉親の前でだけみせる姪っ子としての可愛げのある怒り顔を浮かべていた。



「隠し事はおまえの専売特許だ。おまえほどではないが、いろいろあって秘匿してるからだ」

 


「むぅ……まさかミルカを手込めにしたのか!? 見た目の年の差を考えろ叔父様!? 中年が少女に手を出すのは、ぎゃん!?」



 暴言に対して二度目のお仕置きを敢行。


 生まれた頃から知っている親戚の為か、どうにもケイスの中ではイドラスの若い頃を想像できないようだ。


 今のイドラスがミルカに無理矢理関係を迫った姿を想像したのだろうが、失礼極まりないにもほどがある。叱られて当然だ。



「同意の上だ阿呆。ミュゼの年齢を考えろ。おまえが生まれる前の話だってのに……ったくこいつだけは変な知識だけ覚えやがって」



 さしものケイスも連続した痛みに足腰から力が抜けたのか、撃沈され床にぺたりと座り込んで声にならない悲鳴を上げて、患部をなでている。


 父母のように剣を極める事は出来ず、騎士としての道を挫折した。


 先ほど見せた姪の無意識から来る剣技に至っては、イドラスが何度生まれ変わっても届かない高みまでいつか到達するだろうと確信し、才能の隔絶さを今更ながらに見せつけられる。


 世間一般から見れば天才と呼ばれる剣の才を持とうとも、比べられるのは天才と呼ぶのもおこがましい化け物揃いの一族に産まれたが故のコンプレックス。


 だがその格闘センスは、英雄の子息と名乗って、遜色ない高みへと手を掛けれる所まで至り始めている。


 素手での闘気術、格闘術、そしてなにより防御術に長けた近接警護戦闘術の申し子【双拳】イドラス・レディアスは帝国の重鎮女侯爵メルアーネ・メギウスの懐刀として知られる。


 ケイスの正体を知る数少ない親しい男性親類は、娘かわいさに手を上げられない皇帝フィリオネスと、孫ではあるがあくまで主君の血を引く皇女として接する父リグライト。


 近接戦闘でケイスを実力で圧倒し、真正面から叱れる希少な存在。


 イドラスがケイスの動向を探る担当をしているのもそれが理由の一つだが、それもいつまで持つだろうか。


 ケイスの成長速度はそれこそ人外。


 才能も、行動もこちらの想像を遙かに超えてくる化け物姪に悔しそうな泣き顔で睨みあげられながら、胃痛を覚えたイドラスは先ほど話を聞いた際に、ご挨拶兼これからケイスに立ち向かう激励品として、ルディアにもらった胃薬を一粒口に含みかみ砕いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 子供らしいケイスもまた良し! [一言] ケイスが多少なりとも良識持ってるのは、叔父上の尽力の賜物やな
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