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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
新人仮面剣劇師と海上劇場
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令嬢風化け物と捉える世界

 日が完全に沈み落ち、夜の帳が闇で覆い始める中、フォールセン邸の裏庭に光球がいくつも浮かび、広大な広さを持つ野外演習場が光球の明かりで照らし出される。


 明かりの下で演習場の半分以上の面積を使って描かれる巨大な図形は、魔導技師ウォーギンが、今とは設計基準が異なる暗黒時代の緊急避難魔具開封のために、一から設計をした特殊な積層型魔法陣だ。


 魔具内部に赤龍の魔力を宿した溶岩を大量に含んでいる時点で厄ネタ確定だというのに、その地獄のような環境から、生きているか現時点で不明な、一人、もしくは二人を救助しなければならないとなると、大型化、特殊化するのはやむを得ない。


 これだけの広さ、精密さを求められる大型魔法陣となれば、本来はスケールダウンしたモデルサイズで動作確認をしてから、正確な下地を描き、導線ミスを起こさないように数ヶ月単位の時間を掛けて一つ一つの箇所で仮発動を重ねていき、最終的に全体での魔術発動を行うのがセオリー。


 だが今回は緊急開封を最優先したため、ウォーギンが卓上で設計しただけの図形を映写魔術によって、地面に直接拡大投射した図形を下書きとして作成。


 複数箇所で並列作成しつつ、魔具を用いて演習場全域に魔力探知を行い、元の設計図と差異が無いか、常に確認しながら修正していくという変則的方法をとっている。


 街中での魔法陣設置許認可を監督する魔導ギルドの監査官がこの場にいたら、即刻制作中止命令と魔導技師資格の停止処分が下される可能性もある危険行為。


 しかしその危険性をあえて犯してまで、緊急開封を優先した理由がある。


 ケイスが所有する羽の剣や赤龍額当てなどを見れば判るが、人知を越えた生存力を持つ龍ならば、魔力を含んだ溶岩の中に意思を残す事も可能。


 そして強い魔力は周囲を浸食し、己に都合の良い物へと変貌させていく。


 魔具に刻まれた魔術式が僅かずつだが改変され、内部時間凍結が解除されている事に、開封術式を模索するウォーギンがつぶさに観察していて気づけたのは僥倖だ。


 ケイスが倒したはずのナーラグワイズの意識が、内部には未だ残っており、魔具を中心点にして再生を図ろうとしていると、推測するには十分な根拠となる。


 ならば主導権を盗られる前に、こちらから開封して一気に殲滅する。


 ウォーギンのもたらした凶報に対しても、元々早期開封を考えていたケイスが望むところだと言わんばかりに、決定を下したその瞬間から、今の強行軍が敢行されていた。


 魔力導線となる銀線を埋め込み、魔術触媒を中心に置いた補助魔法陣をいくつも設置し、補助魔法陣同士を繋いで、さらに大きな一つの魔法陣として仕上げ、それらを階層的に束ね積層型魔法陣が完成する。


 複数効果を含む魔法陣制作時の正統派でオーソドックスな方法だが、ここまで巨大な魔法陣となれば、僅かなズレで導線同士で干渉が一つでも起きれば、そこから干渉が積み重なって、最悪制御不能になりかねない。


 魔導事故の怖さをよく知り突貫工事であるからこそ、ウォーギンは繊細に調整の指示をしていく。



「21番から24番に伸びる銀線が少しずれてるな。銀線二本分だけ右側にずらす。こっちでモニターしてるからゆっくりと動かせ」



 食堂から運んできた大型テーブルの上に縮小表示した、演習場のミニチュア投影図を見つめながらウォーギンが変更指示を出す。



「オッケー。ギン兄ちゃんこんなもんか?」



指定箇所で作業をしていた年長の孤児院生が、ウォーギンの指示に合わせ銀線を納めたケーブルを動かすたびに、投影図上でも動いていき、



「あと少し……良いぞそこで止めて固定しろ」



「了解。ケーブル固定完了と。次は22番の固定してくる」



 始まりの宮攻略に使った地図作成魔具を簡易改良し、演習場外周部にして設置しているが、上手いこと起動している。


 細かな魔力反応や材質の違いも拾えるので、わざわざ指定箇所へ移動して指示を出さずとも、このテーブル上で全体を一元的に管理できるので、馬鹿にならない時短効果があった。


 しかし多少の創意工夫はしようとも、100以上の魔法陣を組み合わせて作る大型積層魔法陣の大きさ、複雑さ故に行程は多く、魔法陣作成を始めてからすでに徹夜3日目。


 他の者は交代で休憩を取れるが、完璧な全体完成図を脳裏に描けるのはウォーギンのみなので休むわけも行かず、不眠不休、食事も作業しながらの修羅場状態だ。


 ルディア特製の眠気覚まし魔術薬で頭はすっきりしているが、無精ひげが苔のように広がるウォーギンの顔にも疲労の色が色濃くでているが、無理に無理を重ねたおかげもあり何とか完成も見え始めて、部分部分で細かな調整を施す段階に入っていた。


 制作作業にはルディア達パーティメンバーやハグロア一座、さらにはフォールセン邸従者総動員でも足らず、併設された孤児院院生の中で、最低限の魔導知識を持つ年長者の一部さえ動員されている。


 演習場の隣では、ウィーが音頭をとって、体力がある院生、手先の器用な院生達を手伝いに、魔法陣の上をまたぐように掛ける木造の大型櫓の組み立てを行っている。


 地方公演などで舞台に使う大道具を作る機会も多いハグロア一座が基本設計と監修をしているが、あちらも完成間近だ。


 少しだけ手が空いたウォーギンはテーブルの隅に置いていた水差しからグラスに水を入れて、疲労回復と眠気覚ましの魔術錠剤を2錠取り出して喉に流し込む。


 ルディア謹製だけあって即効性はあるが、口の中に入れていると苦みを強く主張してくるのでさっさと飲み込むのが一番だ。


 一息ついていると、主屋敷に繋がる小路から、触媒液の入った壺を乗せた荷車を先導してくるルディアが見えた。


 ルディアは荷車を引いてきた院生たちそれぞれに触媒を運ぶ箇所を指示してから、中央指揮所とかしたテーブルへと近づき、今持ってきた触媒液のチェックリストをウォーギンへと手渡す。



「さっき来てた指示書の触媒は出来た。あとどの魔術触媒が必要?」



 魔法陣用各種魔力触媒に疲労回復薬以外にも、開封後に使うであろう治療薬に魔力除去薬など多種多様な魔術薬をルディアはひたすら作成している。


 旧ロウガ支部として使われていたフォールセン邸には、多少古くはなっているが当時の薬剤制作室の設備や機材も残っていたが、それだけでは足りなくて、厨房の一部まで使っての大作業を行っている。


 ウォーギンと同じく不眠不休状態で疲労の色は多少出ているが、仕事柄ルディアは元々徹夜作業が多く慣れているので、その足取りはしっかりとした物だ。



「あー……火炎制御用の触媒液をバケツ三杯程度でいけるか。他は足りるから問題ない。5,14,19,22,32番の中心点に穴を掘って粘土で防水加工したから、完成したらそこに流し込んでくれ。量は多くても問題ないから縁ぎりぎりまで注いでくれ」



 ウォーギンが手近にあった無記入の用紙に仕様や設置箇所などを発注要項を書き記す。



「これならすぐに合わせて持ってこられるけど、密閉状態じゃないと、1日ぐらいしか効果が持たないけどどうする? これも他と一緒に時間を合わせる」



 受け取った発注書を一瞥したルディアは、手持ちに残っている基礎薬剤や、作成中の触媒で十分賄える量だと判断するが、問題は消費期限のほうだ。


 揮発が早かったり、変質しやすい魔術触媒など、既に少なくない数を、保存が利く仕上げ手前で留めている。



「日が変わる頃には完成する予定だ。ケイスのことだから完成したすぐに開くだろ。問題ねぇな。他もそのつもりで進めといてくれ」



「了解。ファンドーレのほうにもそう伝えとく。カイラさんの体調調整も開封予定時間にピークを合わせられるって言ってたから、後の問題はケイスの武具か。そっちは?」



「ナイカさんの話じゃメイソンさんの計画通り、神印宝物の所有権利一時委譲と交換で許可は出てるらしいが、まだ届いてないな。運んでくるのはミルカさんって話だが、ケイスに関わるの嫌がってごねて遅れてるところじゃねぇか? ナイカさんも今日中には戻るって言ってたからそのときに引きずってでも連れてくんだろ」



「……私らが言えた義理じゃないけど、ケイスに関わったのが運の尽きか」



「ファンドーレの話じゃ、ミルカさんも詳細を聞けば協力するだろうってよ。なんせ度を超した英雄フリークらしいからな。先に話せれば楽だけど、さすがに今の段階で屋敷外に話を漏らすわけにも行かねぇから仕方ねぇ。下手に漏らしたら俺らでもケイスに斬られる可能性大だからな」



 救出が終わるまで、情報秘匿を最優先するというのがケイスの方針だ。


 魔具の中に閉じ込められた3つの存在。


 悪夢の島に君臨し、暗黒時代に悪名をとどろかせた強力な赤龍ナーラグワイズ。


 そしてナーラグワイズを討伐したが脱出かなわず、復活を防ぐために自らと共に封印した当時のルクセライゼン皇帝と、ドワーフ王国エーグフォラン国王。


 まごう事なき英雄の両者だが、彼らが生きていた暗黒時代は既に遠い過去。


 今更かつての皇帝や国王が凱旋したとして、それが今の統治に良い影響だけを与えるわけがない。


 ましてやルクセライゼンは、現皇帝の長すぎる在位や実子が存在せず、宙に浮いた皇位継承を巡ってきな臭い空気が醸し出されているのだ。


 下手に情報が漏れて外部から妨害を受ける可能性が上がるぐらいなら、信頼できる身内のみで救出を行おうとするケイスの気持ちはわからないでもない。


 ただの薬師のはずなのに、何でこんな国際問題やらお家騒動に関わる羽目になっているのか?


 無論ルディアも原因はわかっている。


 

「いやホント……ケイスに関わったのが運の尽きね」



 何を今更と我ながら思いつつ、嵐の中心点近くで苦労させられるルディアとしてはぼやきの一つもこぼしたくなるという物だ。



「今回はおとなしくしてるからまだマシだろ。自分にもなんかやらせろって来ても邪魔なだけだ。健常者でも魔力酔いしやすいほど濃厚な漏洩魔力が出てる現場に、魔力耐性皆無のケイスがいたら事故の元だ。それこそ完成が遅れる」



 つい数日前までは、眠りもせずひたすら資料室で書籍を読みふけって一時間ごとに食事をとるという異常行動を起こしていたケイスだったが、魔法陣制作が始まるとほぼ同時にフォールセンの執務室に籠もっている。


 それまであれだけ食べていた食事もとらず、まるで死んだように微動だにせず、羽の剣を抱えたまま椅子に腰掛けて、深い瞑想に入っていて、ほぼ反応がなくなっている。


 全ての準備は仲間達に任せたという信頼の証なのだろうが、当の本人が何を考え、なぜ瞑想を始めたか不明。


   

「おとなしくしてるとそれはそれで不気味でしょうが、ケイスの場合は」



 ケイスがいる主屋敷を遠目に眺めつつ、眠気覚ましでもなく疲労回復薬でもなく、常備薬となった丸薬の胃薬を取り出して飲み込んだ。








 深く深く広く広く意識を広げていく。


 胸に抱き抱える羽の剣に宿るラフォスが感じ取る世界を、己の感知能力とリンクさせていく。


 超越した龍が感じ取る感覚を人がただ受け取れば、その情報量の多さに処理しきれずたちまち発狂してしまうだろう。


 だがケイスは違う。人にして龍の血を受け継ぎし、龍さえ超える化け物。


 むしろ剣となって感覚が衰えたラフォスが感じ取る世界は、かつて魔力を宿していたケイスの感覚よりごくごく狭く、窮屈だ。


 最盛期にはその気になればこの世界の全ての水を把握し、その水が一つの芥子粒と感じるほどに世界の果てまで感じ取っていたケイスの感覚を、現深海青龍王である始祖母ウェルカはこの世を飲み込む怪物の目線と呼んだ。


 だがケイスが求めるのは、そんな広い目線ではない。


 これから先に取り戻す必要がいつかあるかも知れないが今はいらない。


 何せさすがにケイスといえど今、は天の果てまで剣が届かない。


 いつかは天に浮かぶ月よりもさらに大きな、天の果てにいる何かまで斬ってみせるが、今はまだいらない。


 求めるのは精密性。


 ラフォスがとらえた感覚を己の物として、周囲に張り巡らした感覚の網を持って、己の世界を、己の剣が届きうる世界を完全に掌握する。


 ノエラレイドの熱感知で磨いた共感覚をさらに磨き、武具と一体となり、自らを剣とするための儀式。


 さなぎが蝶へと変わるように、外見は変わらずともケイスは己の感覚を組み立て直していく。


 肌が触れる空気の触感


 嗅覚が微かにとらえる芳香

 

 意識できないほどに微かに鼓膜を揺らす微細振動


 空気中を漂う水分から感じ取る味


 視覚情報以外の四感を中心に組み立て直したケイスの感覚は、一体化したラフォスの感知能力精度を補完しその精度を急激に高めていく。


 裏の演習場で作成されている魔法陣の完成度は9割方といったところだろうか。


 さすがウォーギン。突貫工事だというのに、髪の毛一本分ほどの細やかな調整も怠らない。


 ルディアやウィー、ファンドーレ達もずっと動き続けているし、体調がまだ万全ではないハグロア一座の者達も積極的に協力してくれている。


 動けなかったり、幼すぎて手伝いなど出来ない孤児院生以外の誰もが、ケイスの願いである避難魔具解放のために協力してくれている。  


 自分を中心に広がる感覚の網は、今ではフォールセン邸全域に届くほどまでに広がるが、強固な結界に阻まれそこから先には延ばせないが、今はそれで十分。


 己が最強であるべき世界。


 己が守りたい世界。


 己が生きる世界。


 剣を届かせられる世界が判れば十分だ。


 ふとケイスの世界の一部が開き、ロウガの旧市街の一部もおぼろげながらに組み込まれていく。


 表門の結界強度が一時的に下げられたようで、誰かが呼び鈴でも鳴らしたようだ。


 訪問者は一人……いや二人か。さすがに細かくまで感じ取れなくて判断に迷ったが、すぐにケイスは微かに眉をひそめる。


 片方の気配の主は不明だが、おそらく武具を届けにくるというミルカだろう


 もう一つは不明だったが、しかしその正体はおぼろげなりとも見抜けた。


 何せ自分に最も近い血縁者の一人だ。


 しかしなぜ今この場に……


 その答えを持って部屋に近づいてくる気配を感じ取ったケイスは瞑想を中断し、意識の中心点を肉体側に戻す。



「失礼しますケイス様。ロウガ支部よりケイス様の武具一式を届けにミルカさんが見えられました。ミルカさんのご要望で、同行している護衛探索者の方も屋敷内にあげてほしいとのことですがいかがなさいますか?」 



 扉をノックする音共にメイソンが訪問者を知らせてくる。


 やはりミルカだったか。街中ならともかくフォールセン邸で護衛が必要な危険事態などあるわけもないのに、下手なごまかしを……しかし。


 ミルカに最大警戒されている自覚を持たない危険生物は、珍しく即答せずしばし思考する。


 ロウガ支部に預けていた武具一式を取り戻す具体的な手立てを考案したのはメイソンで、その条件となる神印宝物の所有権を一時的に移すための儀式執行者にミルカを推薦したのもメイソンだ。


 もう一人の来訪者もメイソンはよく知っているはずだ。世話になったと当の来訪者本人から昔聞かされた覚えがある。


 偶然か、それとも何かしらの意図があるのか?


 だがどちらにしろ。今の段階で接触が出来るのはメリットがあるのも確か。


 しかし警戒を高めている自分が知らないはずの人間を招き入れるのは不自然。ならばメイソンに判断を任せたという体を取るべきであろう。



「ふむ……メイソンその護衛とは信頼できそうか? 武具を取り返す算段をたてたメイソンの判断に任せる。必要と思ったならここまで案内してもかまわない」



「かしこまりました。ご案内したほうがケイス様のお役に立つかと思います。すぐにお連れいたします」



「うむ。判った」



鷹揚に返答したケイスは立ち上がると、とりあえず座りっぱなしで固まっていた体をほぐすために肩を回す。


 イブニングドレスのままなので多少動きにくいが柔軟程度なら問題は無い。


 

(いいのか娘? 親族との直接接触は、容姿などでおまえとの関連性や出自に気づく者が増える可能性が高いと思うが)



「ん。もしまずそうなら、とりあえず顔面を軽く斬って、包帯で人相を隠させれば良かろう」



(……せめて斬ったふりにしておけ)



 身内に向ける穏便な隠匿手段でさえ、斬るという選択肢をまずあげてくる末娘の性癖は修正不可能だと、とうの昔にあきらめたラフォスはせめてもの妥協案を提案した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ケイスさんの無茶振りでみんなボロボロになっていっとるw [一言] 将来的にグレンラガンみたいなスケールで暴れそうなケイスさんの所管スコ
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