出戻り探索者と調査結果
「ロウガ以外の6カ国の支部にも、同様の迷宮発見報告書と神印アイテムを各二個ずつ提出かよ」
後にしたら食欲をなくすような案件ばかりだと思い、先に昼食を済ませたのは失敗だったろうか?
クレファルド風という肉や野菜、チーズをふんだんに使った昼食メニューは確かに旨かったが、けっこうなボリュームが合って胃に蓄積されたところに、叩き込んでくるような新情報のラッシュに、満腹感以上の何かを覚える。
本来ならロウガ支部が秘匿しておく新迷宮群に関する情報が、市井に漏れたのは何のことはない。
ロウガ支部と同様の報告を受けた他の六カ国が、新規発見迷宮群をロウガに独占されないように牽制として、いくつかの情報をそれぞれ噂話として流した結果が統合されて、極めて正確な情報として広まっていたと、インフィニアから渡された調査報告書には書かれていた。
多少の尾ひれはついているが、概ねケイスが発見したというロウガ地下に眠る迷宮群の特徴をよく知れる内容になっている。
その情報の肝は主に二つ。
一つ、迷宮モンスターの種別はこのあたりでは希少な鉱石系モンスターが多く、その迷宮の数は、詳細不明だがおそらくロウガ近郊の迷宮群にも匹敵するか凌駕する大迷宮群である。
二つ、出入り口はケイスが確認しただけで二つ。脱出口に使ったロウガ地下水道深部とつながる迷宮口。そしてもう一つが迷宮へと踏み込んだ悪夢の島火口道である。
「探索者の流儀なんでしょ。複数国家の管理区域に当たる迷宮を踏破した際は、情報は均等に、アイテムはホームタウンに多めに報告って。悪夢の島って7カ国の共同管理地域だし、ただあまりに短期間で上手にまとまりすぎてるからメイソン君が絡んでるかも」
対面で食後の紅茶を楽しむインフィニアの推測に、イドラスも無言で頷き同意する。
フォールセン邸家令メイソンならば、この程度の情報操作は容易い。
何せ大英雄の従者としての教育を、徹底的に仕込まれた男だ。
フォールセン邸に併設された孤児院の管理や、卒院生達の進学や就職の世話など実務をまとめている。
ロウガのみならず近隣諸国に多数居住している卒院生達に協力を仰げば、元々大まかな情報が各国が流しているのだ。情報の肉付けやそぎ落としをして極めて正確な物へと変貌させたのだろう。
「だけどわざわざ律儀に神印アイテムまで分けて報告するか……馬鹿正直にもほどがある」
「ガンズ君の生徒って事に誇りを持ってるみたいだからケイスちゃん。教科書通りの探索者として正しい行動をしたんでしょ。生真面目なところが誰かさんにそっくりね。まぁ演じていた誰かさんと違って、問題児ぶりは天然かつ大規模だけど」
インフィニアの脳裏に浮かぶのは、20年以上前にロウガにいた新人探索者の少年だ。
国元を出奔してきた自分の出自を隠すためか、教科書通りな悪ぶった素行不良な探索者な口調や行動を演じていたが、仕草やとっさの時の言動に育ちの良さを隠せない貴族のお坊ちゃん。
「それが今はまじめにお仕事しつつ、荒くれ中級探索者らしさも自然に出せてるんだから、イド君の成長がおねーさん嬉しいな」
向かい合った対面の席で親戚の子をほめるように、にこにこと笑いつつも、テーブルの下では微かに触れるフェザータッチで自分の足でイドラスの太ももにいたずらを仕掛けてくる。
からかって楽しんでいるのは目に見えてわかるし、誘惑に冗談半分でも乗ってみたら先ほど忠告されたとおり、部屋に設置されたベットに引きずり込まれ文字通りに食われる。
何よりこちらが少しでも気を見せれば、インフィニアの遠慮がなくなる。
リンゴの香りがするインフィニアの体香。魔力混じりの淫香が漂ってきて、理性なんてすぐに焼き払われお陀仏だ。
その気にならないように、鋼の意志を持って耐えて、あくまでも真面目に話を進めるのが唯一無二の対策。
「……問題はここまで争いの種をまいてどう収拾する気だって事だろ。複数の国を巻き込んだ戦争でも起こす気があるならともかく、そういう生態してないぞあの化け物は。あとわざわざうちに喧嘩を売った理由が皆目見当がつかない」
戦争で罪のない無数の人々が巻き込まれるのはいやだという意識はあるかも知れないが、ケイスに関しては最初に来て、心の大半を占めるのは自分が斬るべき者が、誰かほかの者に斬られる可能性があるのを嫌がる。
それこそ全面戦争なんて事態になるなら、全関係国を自分一人で敵に回すのが最善と宣う化け物が、わざわざ戦争の火種をまき散らすはずもない。
それにそこにルクセライゼンを名指しで巻き込んできた理由も不明だ。
一応、深海青龍王の魂を宿すという羽の剣を狙ってきたルクセライゼンを、敵に定めたとそれらしい理由はあげているが、剣に関しては、カンナビスの騒動時に、とりあえず黙認という形で身内内の話で終わらせている。
今の状況で剣の出自をケイスが公表した理由は思い至らない。
「気に入らない者は自分で斬るってタイプだからねぇ。あとそうすると気になるのがナイカさんがケイスちゃんの要望で、公開査問会を開こうとしているって情報だけど……これって」
「自分の手で決着を望む奴が、査問会で相手の悪事を暴いて罰するなんて手も取るわけがない。十中八九、いや完全に誘ってやがる。自分に余計な情報を暴露されたくなければ殺しに来いって挑発だな。ナイカさんもその前提で動いてるか……」
ケイスを少しでも知っている者ならすぐに至る結論に至るインフィニアの推測を肯定する。
上級探索者であるナイカがケイスの要望を受けたのは、自らをおとりにしようとするケイスの思惑を見抜いて、襲撃者をケイスより先にとらえる腹づもりなのだろう。
そしてその意図はケイスを、正確にはケイスの替え玉であったカイラ達を襲った黒幕達も気づいているだろう。
このままケイスの好きにさせていると、よりまずい事態になるということ含めて。
強硬手段に出るか、一目散に逃亡を図るか。
もしイドラスが同じ立場だったら逃げの一択だが、それはケイスをよく知るが故だろう。
「でもそうしたらケイスちゃんが怒らない? 獲物を盗られるって」
「そこらの知らない奴ならともかく、上級探索者のナイカさんに、それ以上にソウセツのオジキも出張る狩りの舞台だ。むしろ望むところだろうよ……こっちも警備に一枚かめるような状況でもつくらねぇと胃がもたねぇか」
誰の胃がとはいわない。
これだけの情報をやりとりしてもイドラスも、インフィニアもケイスの出自については触れない。交わさない。
語るべきではなく、そして何よりもその姿や剣の意味を知る者からすれば、隠す必要性があるのかと疑問に思うほどに、明らかすぎる。
それに恐ろしいのは、世界最大のルクセライゼン帝国現皇帝の唯一の実子にして隠された皇女というケイスの出自さえ、ケイスの本質からすれば実に些細なことだからだ。
自信過剰、傲岸不遜、天上天下唯我独尊と驕り高ぶる言葉ならいくらでも並べられるが、それらの言動が霞むほどの自他共に認めざる得ない天才にして、予測不可能な化け物。
昔は大岩を斬ろうとして斬ったけど剣が折れたなど、まだ可愛げを見つけようとすればどうにか見つけられたが、最近の行動やその結果は、文字通り神話や伝説の怪物を比較対象にした方が正常な判断ができるほどの異常生物。
それがケイスだ。
周囲の大半は胃痛を覚えるが、どうにかするだろうとある意味諦観もできるだろうが、そんな美少女風化け物ケイスの実父のフィリオネスが無理だ。もう限界まで来てる。
さすがに帝位を捨てるまではしないが、もうケイスの存在を公表し、不倶戴天の敵紋章院との最終決戦をしてもいいのではと、頭の片隅で魔が差し始めているほど。
大衆のために、共に生きると誓いを掲げる皇帝フィリオネスがだ。
ケイスの存在を公表すれば、ロウガ周辺の争い所ではなく、南大陸全域の内乱から世界大戦に発展しかねない。
最もそうなる前に、皇帝としての職務を、誓いを放棄した父に激怒して、ケイス自身がフィリオネスを斬りにいく事になるのが、容易く予想できる。
イドラスの叔母にして、フィリオネスの思い人。今は亡き大英雄【双剣】が一人邑源雪。
彼女の死とともに心に刻んだフィリオネスの誓いの重さと絶望を、ケイスが知っているが故に、自分を理由にその誓いを破ることをケイス自身が許すはずがない。
史上最大反抗期娘の暴走と世界大戦。
どちらがましかと聞かれても、即答できないほどに微妙な僅差の大迷惑だ。
真面目に考えるのが馬鹿らしいが、少しでも歯車が崩れたら起きかねない最悪の想像を頭から追い出して、肝心の調査結果を求める
「ともかくこれだけ周辺情報が出てるのに、肝心のアレの情報が生死不明状態で動きが少ないのが一番不気味だ。その辺は何か情報があるか?」
「レイネちゃんって知ってるでしょ。ケイスちゃんがお世話になっている神術女医の先生。その子の名義で最近高位医療神術用の触媒やら魔術用具がいろいろ運び込まれているのは確かね。ケイスちゃんかどうかは別として、生命の危機にある人がいるのは確かかも。他の国の支部の中には、この機会にケイスちゃんに恩を売るつもりなのか、無料でそれらの物資を提供している国もあるけど、メイソン君の丁寧なお礼状が渡されるだけで屋敷敷地内には入れていないって。こっちがここ一週間のフォールセン邸に搬入された納入リスト。さすがに完全じゃないけど参考にはなるでしょ」
どういう伝手があるかはあまり知りたくないが、さすがはロウガ色町の顔役にして大サキュバス。それこそ信奉者が至る所にいるのだろう。
イドラスが集めるよりも遙かに早く、正確な情報が記されたリストが差し出される。
リストをぱらりと見てみるが、主な用途が肉体損傷や重度火傷や、肉体に残った残存魔力消去などに用いられる高度な物が多く、龍のような高位モンスターとの戦闘で重傷を負った時に使われる物がリストの大半を占めている。
ケイスの容態が悪化して治療に用いるためと言われれば確かに納得できるが、このレベルの治療を必要とする者が、意識があるとも思えない。
その状況であれだけの挑発行為を仕掛けてくるか。
「いくつか結界系に使うような物品も入ってるな……なにやってんだあいつは」
結界用と用途はわかるが、今現在ロウガで最も堅牢と断言できるフォールセン邸にさらに結界を強化する必要性は皆無。
行動が数個判明するたびにさらに謎を生んでくるのは、結局ケイスの本心というか狙いが不明だからという帰結に至る。
もっとも本人に直接問いただして聞かされても、一般人に理解できるかはかなり微妙なラインを剛速球で責め立ててくるだろうが。
「何とかフォールセン邸に入るしかないか……出入り業者に伝手あるか?」
あの屋敷の最大警戒時の結界に挑むのは命がけとなるが、荷物に紛れ込んで接触するぐらいしか方法が思いつかないイドラスの問いに対して、インフィニアはポンと手を打って楽しげに笑う。
ただしその笑みは悪意は少ないが、出し物を楽しむような笑顔だ。
「それならちょうど良いのがあるかな。ロウガ支部が預かっていたケイスちゃんの武具一式を一度返還することになったそうよ。何でもケイスちゃんがこのまま死亡してしまうと、今回提出された神印宝物がまだ所有権利を委譲していないから消失してしまうから、とりあえずの権利委譲をする代わりのご褒美だって。本音はほかの支部から接触されているケイスちゃんのご機嫌取りを計った一部の議員さん達の要望みたいだけど」
未曾有の大騒動を引き起こす災害の権化だが、同時に今回のような大発見ももたらす福音の天使。
功罪が巨大すぎて、簡単に放逐もできず、かといって処分にも困る。さすがはロウガ最悪の問題児の面目躍如と言ったところか。
「権利譲渡となると本人との直接対面が必要だから、必然的に屋敷内に入れるか。だけど神印宝物の譲渡儀式が可能なのはミノトス神の上位信徒からだろ。俺は信徒じゃないから無理なんだが」
「そこは譲渡儀式を行う資格を持つロウガ職員がたまたまいて、ケイスちゃんから指定されたけど、本人がいやがってるから、そこにイド君を警護役にねじ込む形でいけるよ」
「ケイスに荷担したら後々トラブルに巻き込まれるのが目に見えてるから嫌がるのは判らないでもないが、警護って名目は無理矢理が過ぎないか」
「ちがうちがう。嫌がってる理由はケイスちゃんに剣を返したら、とりあえず試し切りの的にされかねないって怯えてるからだって。ほらイド君もよく知ってるでしょ。英雄フリークでミノトス信徒になった臆病者のロウガ職員っていえば……彼女が理不尽すぎる予測するのも、イド君がついてくるなら絶対に断らないって断言できるのも」
この言葉に先ほどのインフィニアの笑みの意味をイドラスは完全に理解し、改めてインフィニアにはかなわず、そして生涯頭が上がらないと改めて理解する。
そりゃ他人事としちゃ、おもしろいだろうようと、恨みがましい目を向けるが、インフィニアはそれさえも楽しんで受け入れる。
ロウガ時代の過去のやらかしを諸々を知られた上に、いろいろとその収拾の世話になっているのだから、イドラスがインフィニアの手玉から逃れるなど土台無理な話だ。
「ミルカに渡りをつけてください。俺が一緒に行くから我慢してくれ、ケイスがこの先に絶対に手が出せないようにしてやるからって確約付きで」
管理協会ロウガ支部資料保管庫司書ミルカ・レイウッド。
イド・ラスティの偽名で探索者として始まりの宮に挑んだときの最初のパーティメンバーであり、イドラスと共に人生最大の若気の至りを起こした共犯者。それがミルカだ。
共犯者であるが故にケイスを過剰に恐れるのは、まぁ判らないではない。
何せ共犯結果に対するケイスの好感度が高すぎる。
場合によっては、今回の件でこじれればイドラスだって斬り殺す事を躊躇しないだろうぐらいには。
「ミルカから追加の人員急募のヘルプ要請が出てたけど結局俺かよ……」
大陸全土に広がる諜報網【草】を管理する【根】の元締めであるが、事ケイスに関しては専任となっている気がしないでもないが、ほかに任せられる人員もなく、若気の至りを精算する日は今日かと覚悟を決めていた。




