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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
新人仮面剣劇師と海上劇場
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出戻り探索者と淫魔

 迷宮閉鎖期となれば、広大なトランド大陸に数え切れないほど点在する各地の迷宮を渡り歩いている流浪型探索者達も、街で戦利品の売却や、装備補給、休養を目的として街へと立ち寄る時期だ。


 特にロウガのような規模も大きく各種取引や情報収集がしやすく、他の迷宮迷宮群へも移動しやすい手段が確保されている迷宮隣接都市が、彼らの休養場所として選ばれる。


 ロウガ側としても、周辺迷宮では手に入りづらいかったり、人里から離れた奥地の迷宮でしか手に入らない、物珍しい迷宮モンスター部位や、迷宮素材を持ち込む彼らの存在は基本的には歓迎されている。


 しかし一つの都市や村に居を構えて、近隣の迷宮探索を専門とする定住型探索者達の一部には普段自分たちが使っている迷宮に踏入、その収穫物を浚っていく彼らを狩り場荒らしと嫌っている者や、街の相場に疎い探索者を狙った悪徳業者もいるため、トラブルが多くなる時期でもあった。


  単独、少人数パーティ、もしくは数十人単位のキャラバンで大陸中を動く彼らを、疎ましく思う者達からは、根無し草と呼ばれることが多い。


 ロウガ第9街区【里音】は、無用なトラブルを警戒した管理協会ロウガ支部によって整備された、流浪型もしくは根無し草と呼ばれる探索者向けの店が揃った街区だ。






(換金はつつがなく終了。今のところ追跡気配は……無しか。待ち合わせは昼過ぎ。そろそろ向かうか)



 普段は女侯爵メルアーネ付きの従者として、そして何より今回はルクセライゼンから派遣された訪問使節団の一員として、ルクセライゼン国章を施したその場に合わせた礼服を身につけているが、今日は 行き交う探索者達に混じっても違和感のない旅装に身を包んだイドラス・レディアスは、頂点に昇り始めた日差しが照らし出す里寝の路地を漫然と進む。


 時折屋台で食べ歩きできる串物を購入がてら、店主に通り名をあげて道順を確認する。


 その様は、今日ロウガに到着し当座の滞在資金を換金した後、適当に店先を冷やかしぶらつきながら、目的地に向かっている、この時期によく見かける探索者の行動そのものだ。


 里音は大陸全土に展開している大手の銀行や買い取り屋、武器、防具店、紹介屋などの大店が多い傾向になる。


 ロウガを初めて訪れた者や、よく知らない他地方の探索者達に、過剰なぼったくりや買い叩きへの警戒を下げさせ、広く知られた大店という信頼感を売りにしているからだ。


 手数料名目でロウガの平均相場よりは多少余分にとられるが、安全保障費用としては安い物だろう。


 また逆に、宿屋や料理店に路上営業の屋台などは個人経営の店が多い。


 それらの店はトランド大陸のみでなく世界各国の様式、種族に合わせて特化しており、他地方からきた探索者達や旅人にも故郷を思い出して心安らぎ休養しやすい雰囲気を演出している。


 ロウガ在住の者でも、多種多様な異国の雰囲気を味わうことを目的に訪れる観光地としての側面も持ち合わせていた。


 国際色豊かな街区という事もあり、行き交う人々の服装や武器防具、魔除けらしき入れ墨の様式も多種多様で、よほど突飛な行動でもしない限り、他人の目につくことはなく、人混みに紛れやすいのが、この地区を待ち合わせ相手と合流場所にした理由でもある。


 大路地を外れ、トランド大陸東域南西部様式の店が建ち並ぶ地区に立ち入ってすぐにイドラスは指定された店を見つける。


 一見にはよくある一階が酒場、二階が宿屋となる探索者向けの宿屋。建物自体は年期が入った古い物だが、看板は見当たらなく、扉には近日開店と張り紙が貼られていた。 


    



「いらっしゃーい~。渋いおじさまはイドさんでしょ? ささ駆けつけ一杯」



 扉を開けて店内へとはいると、カウンターにいくつも酒瓶を並べて、自作カクテルを試作しては試飲していた店員とおぼしき羊角が特徴的な20代前半ほどに見える魔族女性が立ち上がってグラス片手に出迎えた。


 イドラスが来ることを聞いていたとおぼしきほろ酔い加減の羊店員は、暇をもてあましていたのかやたらと歓迎ムードだ。


 グラスを差し出す右手の中指には、探索者の証である指輪を身につけており、黒を基調とし紫色が差し色に走っている。


 魔術および薬物、毒物の迷宮を多く踏破してきた証だが、台座は見えないので下級探索者であることを示す。


 店内をざっと見渡してみれば羊店員以外に人影はなく、近日開店と扉に張ってあった言葉通り、テーブルや椅子は設置されており、観葉植物などの内装もセットされており、店としての体裁は整っていて、後は正式オープンを待つだけのようだ。



「お試しウェルカムドリンクの感想がちょっとでもほしいので是非是非」



 再度の勧めに無言で頷いたイドラスはグラスを受け取った。


 手のひらを少し超える高さの水割りグラスには、乳白色の液体が半分ほど入っている。


 アルコールの匂いはほとんどせず、ハーブをきかせているのか微かな野草の香りが立ち上る。


 舐めるように一口だけ口に含んでみるが、青臭さはなくすっきりした味で不快感はなく、むしろここの所、化け物姪のせいでやられまくった内臓や精神が和らぐ気さえする。



「……初めて飲む味だが悪くないな」


 

「今夜の心地よい眠りをお約束~。明日の朝まで熟睡。おじさまなら夢の中でサービスも、いたっい!」



 イドラスの反応に好感触を得たのか羊店員がしなをつけて抱きつこうした瞬間、厨房につながっているとおぼしきカウンター奥の出入り口から、木製お玉が勢いよく飛んできて羊店員の頭をパコーンと小気味いい音とともに、したたかに打ち付けた。



「ひどいよーレイ」



 涙目の羊店員が抗議をあげた先のカウンター奥の出入り口から、羊店員と同年代ぐらいの真っ白なコック服の女性が出てきた。


 奥で仕込みでもしていたのか、微かに香辛料の匂いが彼女からは漂っている。



「モーリスさんのアドバイスでうちはそういうサービスはしないって方針にしたでしょ。開店前から風営法違反はやめなさいウェルザ……店主が失礼いたしましたお客人」



 羊店員を冷たい目で一瞥してから、イドラスに向き直った女性コックは丁寧に頭を下げる。


 その仕草には、今は絶賛閉鎖中の色町【燭華】の遊女達が使う作法の片鱗が垣間見えた。


 イドラスは姪の起こした事件リストに載っていた被害者と二人の特徴を一致させる。


 燭華でケイスが拠点を構えていた仲介屋兼宿屋【青葡萄の蔓】の主人である元探索者と、探索者に身請けされた元遊女。


 二人がせっかく開いた店は、大華災事件の余波で文字通り消失、どうやら河岸を変えたこの街区で一から再建と相成ったようだ。


 最も二人のこの様子では、主従が逆転しているようにしか見えないが。



「……これは口止め料と開店祝い金だ。何も聞かず受け取ってくれ」



 待ち合わせ相手がなぜそこそこの大金を換金しておけと指示し、この店を指定してきた理由を悟り、ケイスがらみの迷惑料と素直にいうわけにもいかず、ありきたりな理由をつけて換金したばかりの共通金貨が詰まった小袋を置く。


 無論ケイスが与えた被害額にはとうてい及ばないが、ケイスの実父であるルクセライゼン皇帝フィリオネスの精神的疲労もごくごく僅かだが労れる。


 

「お心付けありがたく頂戴します。お連れ様は二階の一番手前のお部屋でお待ちです。後ほど昼食を店主に運ばせますので、頃合いよき頃にベルをお鳴らしください……ウェルザ。お客人をご案内なさい」


 

 口止め料としてはいささか多すぎる重さの小袋に対して、元遊女のたしなみとしてか踏みいらない境界線を心得ているのかレイと呼ばれた元遊女は、にこりと微笑み深くは聞かず小袋を受け取ると羊店員もとい店主兼主人であるはずのウェルザに命令を下す。



「はーい。ではおじさまこちらへどうぞ。ソフトドリンクもお酒もいろいろあるからご自由にご注文ください。うちのスーパーアドバイザーのおすすめ農業国家クレファルド産の隠れた名品ワインも各種ありますよ」



 もっとも二人の間ではこの力関係がごく自然なのか、ウェルザも特に不満の色を見せず、レイとは真逆の力が抜けたフレンドリーな応対で二階へと案内をはじめ、イドラスも続く。


 これから合う人物への軽い緊張を覚えていたのだが、先ほど飲んだドリンクのおかげかそれとも二人のやりとりで気が抜けたのか緊張が引っ込んでいた自分に気がつく。 


 イドラスが開店前のこの宿を訪れたのは、情報収集のためだ。

 

 里音には、大陸各地を回ってきた探索者が次の迷宮探索に向けて、情報交換をする場として大きな酒場もあちらこちらに立ち並ぶ。


 そこでやりとりされる情報には、あまりに数が広大な上に変化が激しすぎて、その地方の協会支部でも詳細を把握し切れていない迷宮最新情報が飛び交うことも珍しくない。


 普段なら各々の探索者達が持ち寄った大陸中の情報を交換したり、金銭でのやりとりが繰り広げられているのだが、ここ数日はロウガの話題で持ちきり。


 即ち。ロウガ地下に未知の未踏破迷宮群が発見された。それも既存のロウガ近郊迷宮群と同規模か、それさえも上回る巨大な迷宮群であると。


 それらの街で今一番話題な情報は、もちろんリオラでも十分に集められる。


 問題は流れる噂が噂という領域ではなく、正確な、いや正確すぎる情報なのが問題だ。


 通常ならロウガ支部が秘匿指定するはずの、そして実際に議会に乗り込んでいるメルアーネからの情報では秘匿扱いされたはずの物さえも含まれている。


 イドラスが求める情報は、出本およびその広がり方の意図。


 そしてそれらとは対照的に、赤龍魔力の影響を受けて生死の境をさまよっているらしいという、本人をよく知る者からすれば噴飯物な二次情報しか未だ入ってこない化け物姪の一次情報を求めるためだ。



「はーいこちらのお部屋です……あ、そうだおじさま、食べられないようにお気をつけて」



 意味深な忠告を残したウェルザの背に向かって、イドラスは軽く肩をすくめる。


 その忠告に関しては20年以上遅かったと答えるべきだったろうか。


 軽くドアをノックするとすぐに中からどうぞと返事が返ってくる。ドア越しに聞こえる声は、前に会ったときとまるで変わらず。



「ふふっ。イド君ロウガにおかえりなさい。おねーさんに会いたくなっちゃった?」



 燭華の顔役にして、娼館を通じた独自の情報網を持っているためロウガを含め近隣諸国の裏事情に詳しく、そして何より、イドラスを……いや邑源の名に連なる者を決して裏切らないと信頼できる協力者。


 ただし同時に邑源に連なる者の初物狩りを趣味と公言している困り者。


 男女問わず誰でも魅了する蕩けるような笑顔を浮かべた淫魔サキュバスのインフィニア・ケルネは、まるで久しぶりに会う恋人にするように親しみを込めて、その蠱惑的な肉体でイドラスを抱きしめた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりの更新ダァ! [一言] さぁ盛り上がって来た中、肝心のケイスさんは今どこをほっつき歩いてるのでしょう
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