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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
新人仮面剣劇師と海上劇場
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深窓令嬢風化け物と老執事

 予期せぬ開放など万が一を考えて、幾重にも防御結界を施された魔導実験室内。


 その室内にはウォーギンの作業を無言で見守るケイス、ナイカの姿があった。


 幾つもの魔法陣を書き足して、緊急待避結界魔具の内部解析結果を終えたウォーギンが、珍しく自信なさげに結果を伝える。



「内部時間流はほぼ停止状態。温度は約1000°。液体状の岩石、簡単に言っちまえば溶岩でほぼ満たされた直径90ケーラの球体状の空間って所か。しかも反応的に赤龍魔力をこれでもかと含んだ状態だな……これに閉じ込められて、生きてるってのが些か信じがたいんだが」



 暗黒時代に作成された魔具と現代術式との差違があるため解析術をそのまま使用はできないので、魔法陣の式を大幅に改変をして用いなければならない。


 その解析術が示した結果は、普通ならば術式改変に失敗し何らかの誤差が出たと考えたほうが、まだ理解が出来る。


 それくらい異常な数値だ。


 しかし指し示す環境がいかに生物が生存不可能であろう地獄のような状況でも、自他共に認める天才魔導技師ウォーギンの解析。


 そして何より生存者達が上級探索者であるならば話は別だ。



「今の魔具みたいに、危険時に自動発動なんて便利な機能は無いさね。使用者が生きてる状態で自ら発動させなきゃいけない。本来なら発動後しばらくは位置を示すために、魔力放出をするはずだけど、大海戦のあと即座に砲撃戦に移行した。そこまで確かめている暇なんぞありゃしなかったろうね」



 救助対象者が皇帝や王であろうと、まず優先すべきはロウガ開放、そして赤龍王討伐。


 当時その過酷な戦場で戦っていたナイカ本人が言うのだ。探索、救助のための人員を割く余裕など微塵も無かったのだろう。



「発見時の状況から考えて、溶岩に満ちた火道内部で最終戦闘になったと思われる。おそらくはナーラグワイズ撃破直後に、火龍転血石の封印による復活阻止を敢行。急速冷却された岩石に閉じ込められては脱出不可能と判断し、周囲の空間ごと緊急避難したのであろう」



 火龍転血石の発見時と自らのナーラグワイズとの戦闘環境を思い出し、さもありなんと頷くケイスはしたり顔で頷く。


 完全に岩石で埋没した火道内。火龍転血石と遭遇したあの空間に繋がる通路は人の手によって掘り起こされた痕跡が見て取れた。


 多種多様な宝石や金属が掘り起こされる鉱山だとはいえ、火龍転血石が掘り起こされたのは偶然か、それとも必然か。


 そして自らが遭遇したのは……


 気に喰わぬ迷宮神の介入を感じたケイスは、無自覚に殺気を醸し出しかける。


 その身体に悪い空気を変えようとしたのか、ナイカがケイスの首筋を指さす。



「急速冷却ね……聞こうかどうか迷ってたんだけど、首のそいつはルクセの四宝かい?」



 華麗なドレス姿には些か不釣り合いな金属製チョーカー。その表面には一見飾りにも見える室温でも溶けない氷で出来た鱗が張り付いている。


 一瞬とぼけるべきかとケイスは考えたが、見た目は若くともエルフ族で長命なナイカは、父や、本来の持ち主であるベザルートと知己。

 

 おそらく自分の出自にもある程度は憶測が出来ているはずだ。


 それでも何も言ってこないのは聞いてこないのは、自分の出自が表沙汰になったときに起きる戦乱を危惧しているからであろう。



「うむ。ナイカ殿の推測通りだ。私が転血石を発見したときに、ナーラグワイズの意識をかなり押さえ込んでいた。四宝の鎧を破片上にして魔法陣の形状に、転血石に撃ち込んであったので、その意志や魔力を押さえ込んでいたようだ。私が難なく破壊できた理由の一つになる。図案で示すとこのような形だが、ウォーギンどう見る?」 



 ナイカは信頼が出来る。それでも四宝鎧をまとえたことは公にするわけにはいかない。


 ごまかしを入れつつも、状況に整合性を持たせると、話を変えるために手近にあった紙を手に取り、赤龍転血石と撃ち込まれていた四宝鎧の破片の見取り図を、右手で持った鉛筆で手早く描き出す。


 小気味よく音を立てて、一見すればでたらめに書き込んでいるようにみえる点は瞬く間に100を越えるが、正確無比にみたままを描き出しているだけだ。


 あのときケイスが確認できたのは前半分だが、ウォーギンの知識力、解析力ならばこれで十分だと信頼している。



「私が確認できたのはこれで全部だ。そして転血石のほぼ中枢地点に魔具が埋没していた。煮えたぎる赤龍血が固定化する直前に魔具を発動。そこを要にして鎧を撃ち込んだとみている。ドワーフ王の手による製造技術も用いて、最適化したようで破片の大きさは均一だったな。直前までお二人が生きていなければ不可能であろう。それがこの中でお二人が今も生存している根拠ともなろう」



 書き終えたケイスから紙を受け取りつつ、ウォーギンはケイスの首元へと無遠慮な目線をまじまじと興味深げに向けた。


 ルクセライゼン皇位正当継承の証にして、世に名高い天印宝物。


 ルクセライゼン四宝は魔導技師としても興味がひかれる一品だろう。



「お前な。そういう希少物なら先にいえ。あとで真贋鑑定名目でもいいから観察させろ……積層型魔法陣だな……お手本みたいな氷結完全封印型だが……少しバランスが悪い。転血石の表面には氷は付着していたか?」



「無かった。撃ち込まれていた鎧片のみが氷として残っていただけだ」



「あの島で赤龍転血石をもちいた違法実験してたって話だったよな。周囲の氷を除去した上に大元の転血石を削って、術式バランスが崩れたな。それで赤龍の意志が復活。挙げ句の果てに島陥没の大災害かよ。撃ち込まれていた魔法陣だけで封印が維持できると思ったか、意志なんて残っていないって判断したか知らないが、もう少しやりようが有るだろうよ」



 瞬く間に解析を終えたウォーギンはうんざり顔を浮かべる。なぜこれで問題が起きないと思ったと、あきれかえっているようだ。



「それだけ魅力的だったんだろうねぇ。赤龍転血石から取り出した魔力完全制御技術。こいつがどれだけの富と名声を産むか。ギン坊ならよく分かるだろ」



「赤龍系は厄ネタ過ぎて、まともな技師なら手をださねぇよ。鱗や牙ならともかく、暗黒時代の戦乱で死んだ赤龍の転血石は、例外なく呪われてんじゃねぇか。どれだけ防御結界を張ろうが、長時間弄ってれば狂って赤竜人化。それこそ討伐対象になんぞリスク高すぎだっての」



 数百年続いた暗黒時代の戦乱で討伐された赤龍の遺骸は、激戦地を掘り起こせば見つかる確率が高く、龍素材としては比較的手に入りやすい素材となる。


 だがそれでもまともな探索者や技師が、遺骸発掘や魔具制作になかなか手を出さないのは体内に残った転血石による魔力汚染を恐れているからだ。



「どのような勝算があったか知らぬが、結局は失敗しているのだ、そこは今は良い。肝心なのは、あの島の管理者や技師達は転血石の状況を見て、お二人の生存を想定しなかったか、無視した事だ。そして私は無視したとみている。それこそナイカ殿が言ったように、富と名声に目が眩んだのであろう……命を掛けて暗黒時代を終わらせた先達達の思いを踏みにじる行為。探索者として見過ごせぬ」



 ナイカが空気を変えた意味も無く、ケイスが、先ほどよりも強い殺気をほとばしらせる。


 自分が対象では無いと知っていても、上級探索者のナイカが思わず身構える。ケイスと同じ室内にいるぐらいならば、まだ猛獣の口の中が安心できると思えるほどだ。



「分かったから押さえろ押さえろ。こっちの心臓に悪い。いつものお前ならとっくに斬り込んでるだろ。主犯の目星も付いてるだろうにどういう風の吹き回しだよ」



 ケイスの殺気に慣れているのか、それとも抵抗が無駄と端から諦めているのかウォーギンの方が落ち着いているくらいだ。


 ロウガの治安を司る警備隊所属のナイカが、たきつけるなと睨み付けているが、ケイスの方には今はその気はない。



「ふん。怪我をしているからな。猶予を与えてやっているだけだ」



 むぅと眉をしかめたケイスはこれ見よがしに、包帯をまいた左手を振ってみせる。


 色々と思惑はあるが、自分の思いが、余人に話しても理解できない、してもらえないとさすがに分かってきたケイスとしては、なるべく説得力の有る答えを示したつもりだ。


 もっともケイスの常識的な返答に対して、二人が覚えるのは、何か企んでいるとしか思えないという懐疑的な感情だけだ。


 怪我をしているから強襲を控えている。それで納得しろというのが無茶なのだ。


 理由としている怪我にしたって、斬っても繋げられると宣う自分の剣技を示すために、自ら左手を切った狂人の発する常識的な発言を額面通りに受け入れろは無茶ぶりが過ぎるにもほどがある。


どうにも形勢不利な状況に打開点をケイスが見つけあぐねていると、控えめなノックの音が響く。


 その音と気配で、ノックの主をケイスは判別する。



「メイソンか。入って良いぞ」



「失礼いたします。ケイス様。ウィー様がお戻りになりました。ですがどうも説明がまずかったのか、ケイス様が危篤状態になっているとレイネさんに伝わっているようです。とりあえず顔を見せていただけると助かるとウィー様から救援要請が出ています」



 むぅとケイスは再度眉をひそめるが、レイネの名を聞いて殺気は霧散する。


 レイネにはただでさえ世話になっている上に迷惑をかけ通しなのだ。この上で心労を重ねさせるのはさすがのケイスでも躊躇する。



「分かったすぐに向かう。ウォーギンは先ほどの解析結果に併せた最適な解除方法を構築しろ、レイネ先生を長期拘束するのも悪いから、期限は二日以内とする」



「また無茶を……解除だけならともかく、中の溶岩と魔力対策を考えないと開けた瞬間大惨事だっての」



「私に考えがある。その環境に屋敷に対抗できる丁度良い者がいるからな。あとは火龍魔力制御は……ナイカ殿に頼むか」



「いくらあたしが上級探索者だつっても、森林エルフ族のあたしの魔力と、火龍の魔力とは破滅的に相性が悪い。場合によっちゃこっちの魔力が喰われるよ。それこそナーラグワイズの再誕になりかねないさね」



「ん。ナイカ殿の助力を頼みたいのはそっちではない。ロウガ支部に押収されたままの私の武具を何とか名目をつけて持ってきてくれ。剣の類が無理であるならば、額当てだけでも十分だが、解除時にはお爺様を使えないから、非常事態に備えて一本は剣が欲しい」



「嬢ちゃんの額当てって……あぁ、そういうことかい。しかし今の嬢ちゃんの立場だと色々横紙破りが必要だね。逃亡よりも襲撃を企てているって思われるだろうしね」



 額当てと言われてケイスの企みに合点がいったのかナイカは頷くが、その手続きの面倒さを感じ取ったのか、嫌な顔を浮かべる。


 例え殺傷力の無い額当てといえど、下手にケイスに武具を渡したら、どれだけ騒動が起きるかと、警戒するものが多数というか、関係者ほぼ全員が容易く想像でき、却下されるのが関の山だ。



「むぅ。元々私の物だぞ。第一私は査問会を受けると宣言したのだ。支部に戻ったロッソが既に報告しているであろうし、英雄であるナイカ殿に実地に向けて動くのだ。ならば受け入れられるであろう」  



「公開査問会はともかく嬢ちゃんに武具を返す件に関しては難しいだろうね。何せ歩く危険物ってのがロウガに知れ渡っちまったからね」



「ケイス様。ならば私に一つ腹案がありますが、いかがでしょうか?」



 納得がいかないと頬を膨らませているケイスを見かねたのか、黙って話を聞いていたメイソンが珍しく口を挟んだ。


 実際に対峙している戦闘状態ならともかく、目の前にいない相手の心理状態を察し仕掛ける精神戦はケイスがもっとも苦手とするところ。


 フォールセンの右腕として長年仕えてきた老執事が良い案であるというならば、自分が考えるよりも百倍良い案だろう。



「ん。任せる」



 鷹揚に頷いたケイスに対して、



「レイネさんの心配を利用させていただきましょう。ケイス様が火龍魔力によって危篤状態であるとすれば、お望みの額当てを返却させる勝ち筋はあるかと。ケイス様が提出した神印宝物が消滅する危険があるとすれば協会も認めざる得ないかと愚考します」



 メイソンは極めて真面目な顔で、ロウガ支部相手に仕掛ける盛大なブラフをぶちまけてきた。

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[良い点] 更新やったぜ。 [一言] いつも通りのケイスでわっふるわっふる
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