表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
新人仮面剣劇師と海上劇場
71/81

剣士と隠密行動

 未だ、しとしとと雨が降る中、ルディア達のいる劇場へと戻るためケイスは複雑に入り組んだ裏路地沿いに駆ける。


 劇場の壁を蹴り、窓枠を掴み方向転換し隣の路地沿いへ、なるべく身を隠し、地上に足跡を残さず、壁を蹴る回数も最小に。


 わざわざ速度が落ちる移動法をしているのも、直線的な表通りや、一番の近道である塔に向かったときのように屋根伝いに飛び渡らないのも、そうも行かない事情があるからだ。


 地下から上がってきたモンスター相手に市街地で大立ち回りをした事もあり、観劇街での騒動に気がついて、後詰めらしき警備兵の一団や、臨時雇われの探索者パーティが他の街区からも急行してきている。


 さすがのケイスといえど、雨が降る夜中に屋根伝いに飛び渡っていたら不審者以外の何物でも無いという常識ぐらいは持ち合わせている。


 呼び止められて、正体に気づかれたらさらに厄介だ。

 

 大華災を経て、今までも一部では有名だった、ケイスの悪評はロウガ全域で広く知れ渡っている。


 何より敵襲者の魔術罠を止めるためとはいえ、ファルモアの塔を破壊したのがケイス自身であることは間違いない。


 事情説明で済めばまだ良いが、連行されてさらに詳しい尋問となるようなら、一戦交えるはめになる。


早く戻りたいのに、そうなったら本末転倒だ。


 空は曇り、路地裏は灯りも全くない暗闇だが、幸いにも雨が降っている。


 建物や壁に付着した水滴をラフォスが感じ取り、その形状から周囲の構造や動き回る生物を感知しているので、道に迷うことも、誰かに遭遇することも無い。



 幸いというべきか、劇場方面から感じ取っていた、同族の青龍の気配は今は完全に消失している。


 先ほどの強い気配が一時的な物だったのか、それとも……



(むぅ。カイラと名乗る剣戟師が、カティラ・シュアラだったか)



 右手の人差し指で引っかけた窓枠をはじき、最小の音を立てつつ前へ跳ぶ。


 水の気配を用いた不完全な周辺情報と、足場にするには不安定な濡れた壁や窓枠。だが高速分割思考を用いたケイスにとって、その程度は気にするような障害ではない。


 ラフォスが見聞きした情報を一括で受け取り、思考のほぼ全てを状況整理に回して、残った余力でも十分な児戯だ。



(剣戟師リオラとは娘の母であったな。その弟子という事らしいが)



(弟子かどうかは舞台を見たことはないから知らん。だが従姉妹殿がその名乗りを許しているなら真実であろう)



 ケイスは剣をみれば、交えれば、例え隠していても、その流派、出自を感じ取れる。ましてやよく見知っていた実母由来の剣戟劇剣術となればだ。


 判断は出来無いが、母を心酔していた従姉妹が、その名乗りが広まることを容認している事は十分に証拠となろう。


 問題は剣戟師カティラが、偽名を用いてケイスの替え玉を演じていた事だ。


 自分の安否を確認する為に、父や叔父達がカティラをロウガに送り込んできたという可能性は極めて低い。


 人選が最悪だ。


 カティラの正体を見抜くなんて造作も無く、さらに同族だとすれば、ケイスの正体が広く漏洩する切っ掛けともなりかねない。


 現に紋章院の介入が起きてもおかしくない事態が引き起こされている。  


 だからあり得ない。


 ならば逆にカティラが他勢力から父の元に送り込まれた間者であれば?


 皇帝たる父の周辺は常に守護騎士たる祖父や、大英雄の祖母が控えており情報漏洩への警戒が厳重。ケイスの存在を探ろうとする動きがあれば、即座に秘密裏に処理される。


 その観点から見れば、大公代理メルアーネの周辺も警戒は厳重であるが、剣戟をこよなく愛す従姉妹の方がいくらかは隙があろう。


 祖母が設立した情報組織、全世界に散らばる草をまとめる根の頭領たる叔父は、メルアーネの剣戟興行を隠れ蓑として、情報収集を行っているとカンナビスでの騒動の際に聞いた。


 そちらの方面から、敵方が探りを入れてきたと考えた方が筋が通るか……



(止まれ僅かだが新手の魔力反応だ。前方の通りに武装した一団。このまま進めば見つかるやもしれんぞ)


 

(むぅ。やり過ごす。時間が惜しい……心打ちで無く斬っておけば面倒が少なかったか)



 今度は左手の指で壁の凹凸を掴み一瞬で停止、そのままぶら下がり暗がりへと身を潜める。


 交差していた前方の路地を、一瞬だけ複数の影がよぎる


 水たまりが点在しているのに足音さえ立たないのは何らかの魔術を使用しているか?


 背格好、歩幅に差違があっても一糸乱れぬ隊列での高速移動。


 ただ移動しているだけでも分かるその練度は、ケイスでさえ不意打ちを仕掛ける気や隙を見出せない。


 精鋭中級探索者クラスの集団とみて間違いない。



(やるな……このような状況で無ければ、斬ってみたい連中だ)

 


 ラフォスと高速で躱すやり取り以外にも、数千の思考をもって仮説を組み立てつつも、最終的には、どのような推測も斬るか斬らないかに行き着くのがケイスらしい。



(本能のままに動くな。探索は我の本領ではないのだぞ、いつ仕掛けられるっ躱せ!)



 ラフォスの警告の意味を理解する前に留まっていた壁を蹴り、全力で剣を振り隣接した建物の壁を叩きわり、内部へと進入。


 叩きつけた羽の剣の勢いのままに転がり込んだのは、裏方の使われていない倉庫のようで埃が舞い散ったのかかび臭い、臭いが鼻につく。


 暗闇の中、音の反響で素早く周辺警戒をしつつ、背後で起きた攻撃をラフォスを通して知る。


 周辺一帯に同一魔力反応直後に、路地裏に溜まっていた水たまりから幾つもの水糸が放たれ、ケイスが留まっていた壁や前後を塞ぐように付着している。


 水を用いた拘束魔術の一種とみて間違いない。


 不意を突いた一見好手、しかしケイスをそしてラフォスを相手にするのは悪手。


 ラフォスは剣に身を変え、生前よりもその能力が著しく劣化したといえど、水を支配する深海青龍王。


 魔力の流れを捉えたラフォスからの情報を元に、ケイスが持つ全魔術知識の中から魔術式を特定。


 術の発動までの時間から術者の力量を想定し脅威度を選定。


 周辺を覆い尽くす同一魔力反応によって、魔力反応から術者の位置を判別するのは不可。


 対魔術師戦用武具の持ち合わせが無い現状で取れる選択肢は限定状態。


 この暗がり、雨の中で、位置不明の術者に対して戦うか退くか……



「仕掛けるぞお爺様」



(我は剣だ。探索は本分ではないといったばかりだというのに無茶な案を)


  

 突き破った壁面の破片がばらばらと落ちる音の中、ラフォスのぼやきを無視して立ち上がったケイスは、即座に今飛び込んできた穴から外へと飛び出す。


 蜘蛛の巣のように張り巡らされた水の拘束糸をかいくぐり壁を蹴って、屋根へと跳び上がる。


 屋根への着地と同時に踊るように回転しながら、羽の剣で木造の屋根をなぎ払い、複数の破片を自分の周囲に打ち上げ。


 相手の居場所が分からないのならば、分かる剣を振れば良い。


 今の状況下でもっとも適した索敵手段を見いだしたケイスは、即興で組み立てた技を放つための体勢に移行。



「邑源流新技! 八卦轟風道!」

 


 さらにもう一回転したケイスは一緒に振り回した羽の剣を、超高速で硬軟自在に変化させ、周囲に跳ね上げていた木片を掴み、即座に形状変化がもたらす弾力と、重量変化による剛力を合わせ用いて、四方八方へと音速で打ち出す。


 あまりの高速によって大気との摩擦熱によりついていた水分が一瞬で蒸発、さらには木材が自然発火するほど。


 しかし生み出した轟風は弱い。


 轟風道は本来を邑源流弓術で用いられる防御技。音速を超えた鋼鉄の鏃が生み出した風は、龍のブレスさえ反らすほどの嵐の壁となる。


 ケイスもその天才性を持って剣技で再現してみせるが、剣を用いた轟風道の本領は一方向に限ってのこと。


 今のケイスではどうしても踏み込みや剣速の問題で、連続の轟風道は勢いが弱まる。ましてや用いたのは木材の屋根材。


 その強度から打ち出す速度には限度があり、轟風道の効果範囲や威力も激減する。


 精々周囲半径百ケーラに、強い突風を吹かせる程度。看板を揺らし倒せても、人を吹き飛ばすほどの威力もない。


 だが……それで十分。


ラフォスが感じ取った魔力の影響範囲は半径42ケーラほど。


 術式から遠隔自動発動式で無く、術者による任意発動型で、効果範囲内の一定水量を操ることが出来る水流操作。


 術式の一部にルクセライゼン式の流れとおぼしき改良痕有り。


 効果範囲外に魔力反応を漏らさない特殊部隊、特殊機関で用いられる隠密性も付与されていることから、公式に発表される物ではなく、一部には軍事機密指定される高度改変もあるので個人開発の可能性も極めて低い。


 十中八九、紋章院かそれに連なる者達が用いる術式であろう。


 さらに広範囲術式としては、操作性が高く、精密な動きも出来るが、その分術者本人が魔力効果範囲内にいなければならないという制約有りと読み取れた。


 ならば後は簡単だ。



 吹き荒れた風に乗って、振り落ちる雨や、壁に付着した水は勢いよくはね飛ばされていく。


 水を感じ取るラフォスにとっては、それは全方位に放たれた波に他ならない。


 

(後方24ケーラ。いたぞ!)



 ラフォスが伝え終わるよりも早く、ケイスは踏み出す。一足、二足、三足。


 闘気を精密にコントロールし、肉体の枷を解き放つケイスは、放たれた矢のように三歩飛びで、24ケーラの距離を一気に駆け抜けて、屋内へと続く階段横の暗がりに隠れていた術者を捉える。


 フードに身を隠し、短杖を構えていた術者が1人。体格からみるに年若い女性か。


 ケイスが放ったあまりの強風に、抗おうとするのでは無く、身を隠そうとしたその行動は、生粋の戦闘職というよりも、都市部での諜報を主とした斥候職としての反応か。



「がっ!?」



 相手が防御態勢を取れていなかろうが、ケイスの接近に気づいていなかろうが、戦闘が始まっていたのであれば手加減する気なんて毛頭無い。


 交差の瞬間、羽の剣で杖を叩き折り、逆の左手で肘打ちをみぞおちにたたき込み、呼吸困難にし無力化。


 さらに折らない程度に顎を打ち付け脳を揺らし、意識を奪って、ぐらりと倒れかけたその身体を抱え込む。


 袋のように肩口に女性術者を抱え込んだケイスは、どうするかと一瞬考え、即時に結論をひねり出す。


 紋章院は父の仇敵。仕掛けられたから排除したが、あまりケイスが表立って紋章院に関わるのは、より父に苦労を掛けるだけ。


 しかも今の状況はあまりに情報不足、母の弟子だというカイラと名乗っているカティラの立ち位置も不明。



「むぅ、色々面倒ではあるが仕方あるまい」



 街に戻ったらやりたいことが幾つもあったのだが、それらの優先順位を少しだけ考え直し、方針を決め直す。



(娘……そちらの方が父親達の心労を跳ね上げるのでは無いか?)



(ふん。私の身を案じたであろう父様が悪い。従姉妹殿を派遣してくるから、紋章院らしき者も出て来て、面倒なことになるのだからな)



 ラフォスの苦言を心の中で却下したケイスは、いくら何でも目立ちすぎた八卦轟風道を使った以上は、身を隠しながら進むより、開き直って屋根伝いで帰った方が早いと、ルディア達のいる劇場へと一直線に向かいだした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ