表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
未登録探索者の帰還
7/81

未登録探索者=レッドキュクロープス

「まずはおまえから答えろ。ロウガ所属の初級探索者達がどうした?」



「ロ、ロウガのルーキー共の動向や狙いを調べて、ついでに妨害するのが俺らの今回の仕事だ」



 命惜しさに喋ってくれるのは良いが、3人が3人、思いつくままに喋り、内容も時系列もばらばらだったので、まずはケイスにとって一番聞き逃せないことを喋った男に問いただす。


 ほかの2人は軽く剣を向けただけだが、剣が口ほどに物を言うケイスの意図を察したのか、口を噤んでいる。



「あんたも噂で聞いていると思うが、今年のロウガのルーキー共は全員が突破しやがった。どうやったら出来るのか、その秘密を知りたがっている連中は多くて、今回の依頼主もその1人だ」



「ふむ。その依頼主が先ほどそっちのおまえが言った貴族か?」



「この近くのクレファルドって国の地方貴族だ。一番下っ端の男爵でその領地の田舎町がここの迷宮群に隣接している。野心が強い野郎で、色々と手を出していて、今回もロウガの秘密を手に入れての出世を目論んでる。その調査の中でルーキー共が不穏な動きをしているって判って、同時にレッドキュクロープスって化け物の噂がその行動に連動して上がってきたんだよ」



「レッドキュクロープス? 赤い単眼巨人か。なんだそれは? 私は聞いた覚えが無いぞ」



 初耳となったモンスターの名にケイスは首をかしげながら、男の首筋に刃を当てる。


 暗黒期ならともかく、今の時代は上級迷宮でさえ巨人属種は遭遇するのも珍しいレアモンスター。それがロウガ近郊で出現しているなど、眉唾にもほどがある。



「嘘じゃねぇよ! 始まりの宮のあと、この近隣で赤の初級迷宮だけが、異常な速度で迷宮主が次々に殺されてんだよ! 闇の中に光る巨大な赤い目を見たって初級探索者パーティの話もあって、実際にその後に首をねじ切られたり、腹に大穴あいた迷宮主の死骸が次々に見つかってんだよ!」



 震え声ながらも男は嘘じゃ無いと必死に説明を続ける。その態度に嘘をついて騙そうという気概はとても感じられない。


 そして何よりその状況にケイスは思い当たる事が、ありすぎるほどにありすぎた。



「はぁ……目撃情報とはロウガの初級探索者達か?」



「違う! ロウガの連中じゃ無くてほかの支部のルーキー連中からばっかりで、ロウガの連中は不自然に黙りで、上層部も黙殺して反応してねぇ! だからそのレッドキュクロープスって化け物! そいつが全員踏破の秘密じゃ無いかって話なんだよ!」



「全く、面倒だな。最後のおまえ。毒とはどういう事だ? 致死毒か……」



 ケイスが最後に向けた剣には明確な殺気がこれ以上には無いほどに込められている。返答次第では即時に首を切り落としかねない剣呑さだ。



「ちげぇ! 毒っても軽く食中毒を起こして1週間くらい寝込む程度のもんだ! そいつを補給物資の中に混ぜて、奴等を足どめして、その間にその化け物をこっちで捕縛して、その手柄をクレファルド王族で今期に探索者になった姫に献上するって計画だ! ロウガのルーキーの中にはロウガ王女もいるから毒殺するような真似はさすがにできねぇよ! マジだ! 信じてくれ!」



「それでミモザを襲って、荷物を奪って成りすますつもりだったか……今のおまえ達のように。それは黙っていたな」



 ケイスの切っ先が示すのは、男達から奪った武器に刻まれたギルド印。それはロウガに本拠地を構える護衛ギルドで、ケイスがいつか斬ってやろうとしていたごろつき共の集まりだ。


 だがケイスの勘は、この男達がそのギルドを騙る偽物だと判断する。それを指摘した瞬間、男達の顔色が目に見えて変わった。



「ち、違う! だ、黙ってるつもりはねぇぎゃっ!?」



 最後まで聞かずケイスは剣を振って、男達の顎先をしたたかに打つと、声も無く3人がバタリと倒れる。



「お、おい。ケイスいいのか!? まだ話の途中だろ?」



「いらんいらん。これ以上聞いていたらムカムカして殺しそうになるから。その対策だ。むしろ命を恵んでやるから感謝しろという話だ。全く……ロウガ所属のギルド。しかも素行が悪い者共が私の名前に一度も反応しない段階でおかしいと思っていたが、男爵とやらめ。相当に悪人だな」



 始まりの宮前にも色々とやらかした所為で、ケイスの情報はロウガの裏社会である程度やり取りされている。


 実際には見たことは無くても、その名前や特徴的な容姿等の噂を耳にしたことはあるだろう。


 しかし男達にはケイスの名前を聞いても、それらしい反応が一切なかった。



「不審な点はいくつもあったからな。まず一つ目は、こいつらはロウガの連中やルーキーと呼んでいて、内容もどこか他人事だった。ロウガを拠点とするギルドならばもう少し言い方が違うであろう。二つ目は手際の悪さだ。こいつらが詐称したギルドは評判の悪い、裏奴隷市場にも繋がっているという連中だ。故に拉致などお手の物のはずだ。それなのにミモザに抵抗をされた上、手負いの人間を連れて逃げるミモザを捕まえるのに苦労していた。人攫いになれていないのであろう」



「いや、まぁあたいが逃げ切れたのは確かだけど、じゃあ、何者だよこいつら?」



「知らん。金で釣られた探索者崩れであろうな。どうせ事が済み次第、始末するつもりであったのだろう。もっともその男爵とやらの金払いが悪かったのか、人を見る目が無い所為で、予想以上に役立たずしか集められなかったのか。あるいはこやつ等に罪を着せて、ロウガに恩を売る事を画策しておったか。どちらにしろ。碌な事を考えていない貴族と名乗るのも烏滸がましい外道だろうな」



 話を聞いただけだが、もっともケイスが嫌う卑怯な策を弄するタイプのようだ。とりあえず出会った瞬間に斬るランクの同率最上位にその男爵とやらも付け加えておく。



「……はっ……正解だ。あのクソ野郎が……お貴族様だって、悪い冗談にもほどがあらぁ」

 


 苦しげな声をあげながらも、ケイスの評価を肯定しながら、いつの間にやら目を覚ましていた中年男が身を起こす。



「いつ目覚めた?」



「あんだけすさまじい殺気を横で放たれて、目を覚まさないほど暢気じゃねぇよ」



「おっさん! まだ立つな! また腹の傷が開くぞ」



「寝てなんかいれねぇんだよ……ちょっと待て。そっちの嬢ちゃんその手はなんだ?」



 ミモザの制止を振り切って立とうとした男だが、ケイスが手を振ってから人指し指と中指の先端を曲げて鈎状に構えているのをみて、ぎょっと目を剥く。



「起きたなら丁度いい。今度はおまえの話を聞かせろ。ミモザを助けたようだが、元々はおまえも仲間だったのだろ。素直に座らなければ、傷口からいらない内臓を引き抜くぞ」



「物騒すぎんだろ。それ以前に内臓にいらない所なんてないだろ」



「心臓に決まっているではないか。私のいうことを聞かないならいらないし、不快な言葉をこれ以上、聞かずにすむからな」



 ミモザの問いに、ケイスはあっさりと一番大切な臓器の名前を挙げる。



「……死ぬ前に天使を見たかと思ったのに、悪魔だったか……俺はモーリス。しがない元仲介屋で、今はそのクソ男爵に借金っていう首輪をつけられた犬だよ」



 モーリスと名乗った男は、自分の境遇を唾棄するかのように吐き捨てながらも、腰を下ろして楽な体勢に戻った。



「タクナール村を領地にしているのがファードン男爵。70だかを超えてるのに出世欲に魅入られたクソ爺だ。あいつらの話と大体かぶるが、ロウガの連中に身分を偽って接触して、その情報を掴めってのが、俺に下されたご主人様のありがたい命令だ」



 名を出した表情をみるだけでも、忌み嫌っているのが判るくらいに嫌悪感が篭もっている。



「毒を使うといっていたがそれは知っていたのか?」



 ケイスの問いかけに、皮肉げな顔を浮かべながら、モーリスは首を横に振る。



「怪しまれないように、そっちの姉ちゃんを捕縛して持っている割り符と荷物を手に入れて、俺が変わりに接触する。後先考えない、がばがばも良い所の手だ。だけど後で良い所取りをするつもりだったなら納得だ。どうせ俺らの企みを偶然知って、自分の配下が急行してルーキー共を救助。卑劣な犯人共は抵抗したのでその場で処刑ってのが本当の筋書きだろな」 



「あたいを助けてくれた理由は?」



「一時的に意識を失わせて、記憶だけ消すっていうのが聞いてた話だったが、あいつらが手を焼いて殺そうとしたんで、思わず間に入っちまった。後はあんたも知っての通りだ」



「何とも粗雑な手だな。その男爵は失敗したときのことを考えているのか?」



「実行犯の俺達を始末すれば良いって考えだ。年齢もいっているから、手を選ばなくなっている。世界中に喧伝されている、ロウガの快挙に目が眩んで、なんとしても利用しようとしているんだろ」



「言いなりになったのは借金が原因だといったな。なぜだ? 武具や身体の傷を見れば判るが、おまえは今はともかく、昔はそれなりに腕の立つ中級探索者だったのではないか? 借金なぞ、迷宮で真っ当に稼いで返せば良かろう」



「……1人娘がいんだよ。女房は大病の末に死んじまってな。その時の薬代が店をうっぱらったくらいじゃ足りなくて、債権が回り回ってあのクソ男爵の物になっちまってな。今回の仕事の間は大変だろうから、娘は……ニーナは館で預かってやろうってな。もし俺に何かあったら良い所に奉公に出してやるって、要は人質兼売り物だ」



 妻を失い、残された一人娘さえも取り上げられ、いわれるままに犯罪行為に手を染めるしか無い。


 悲しみ、無力感、情けなさ、色々な感情がこもっているであろう悔し涙をモーリスが浮かべる。



「おっさん……それなのに思わずあたいを助けちまったのか」



「ついな。そのくせ、避けきれなくて腹を切られるなんて情けないにもほどがあるだろ」



 掛けるべき声が思いつかないのか、ミモザも困惑している。


 モーリスに助けられなかったら、ミモザは死んでいただろう。だからといって犯罪行為に荷担していたのは間違いない。


 ロウガ支部に訴えれば、男爵の糾弾も出来るだろうが、モーリスも咎人となる。



「頼めた話じゃ無いが、ロウガ支部に事件の報告を入れるのは少しだけ待ってくれないか。仲間の1人が逃げただろ。男爵の野郎に失敗と裏切りを報告されたら、娘がどうなるか判らない。だから、恥を忍んで頼む……少しだけ待ってくれ。あいつを捕まえて何とか時間を稼ぎたい」



 モーリスが深く頭を下げる。腹に傷を負っていても、なんとしても逃げた男を捕まえて、娘の力になりたいという強い感情がそこには篭もっていた。



「待て待てモーリスのおっさん。気持ちは判るけど、無茶いうなって、タクナール村って、ここから1日は掛かるだろ。おっさんは怪我しているし、あれから2時間は経っていて逃げた奴に追いつける保証だって無い。ここから一番近くの街に行って、協会支部に事情を説明して捕縛してもらうしか手は無いって」  



「命に代えても追いつく。そうしなきゃならねぇんだよ。ニーナだけは守るって女房に誓ってんだ。そうじゃなきゃ俺の人生は全く無意味になるんだよ」



 地図を広げたミモザが、今から追いつくのは不可能だとなんとかモーリスを説得しようとするが、モーリスは理屈では無く、死んでも追いつかなければならないと悲痛な覚悟をみせる。


 これはケイスの琴線に触れる。


 相手は事情があるとはいえ犯罪者だ。ケイスの大切な仲間達に危害を加えようとしていた一味だ。


 だがそれらを無視してケイスは、モーリスを個人的に気に入る。


 何より妻や娘のために、一生懸命に生きる父親は大好きだ。


 自分が気に入れば、ケイスには巷の法など関係ない。


 何よりケイスが斬りたいのだ。そのファードン男爵とやらを。



「よし。ならばどこに逃げたかもわからぬ男を追いかけるなどまどろっこしい事はせずに、男が到着する前に、今宵の内に男爵の館に攻め入れば良かろう。その男爵を斬るついでに、ニーナとやらも助けてやろう。無論。娘を助けるのだ。モーリスお前も付いてこい」



((やはりこうなったか))



 胸を張って答えるケイスの額と、右手で、2匹の龍が諦めの声をあげる。彼らの使い手は彼らの意見は参考にするが、一度決めたら、いくら言っても引かず意地でも実行する。


 それなりの付き合いのラフォスは無論として、出会って一月足らずのノエラレイドも嫌になるほど思い知らされている。


 

「も、もっと無茶だってのケイス! あんた腕が立つかも知れないけど、おっさん抱えてどうやって村まで今夜中に到達する気だ!? 領主館ってどれだけ規模は小さくても一応は城塞になってんぞ!? しかも個人的に領主を斬ったら国が敵にまわんぞ!」 



 だがさすがに知り合って半日も経たないミモザは、ケイスがそこまで無茶苦茶な事は知らず、モーリスもいきなりの力任せの解決策の提案に驚きのあまり声を無くす。


 村にたどり着くには、安全な特別区をどれだけ急いでも1日はかかる。途中には未踏破宮がありショートカットも難しい。


 辺境の小さな村の領主館。だが辺境だからこそ、その館は、いざというときの砦や村人の避難所として使われる。平時であれば警戒は緩いが、それでも堀と塀を構え、兵士も多少は常駐し、警戒している。


 さらに相手がどれだけ外道であろうとも弱小であろうとも、国が認めた貴族。国としての、面目と体制を保つために、斬り捨てた者を見逃すはずが無い。


 だが……それがどうした。ケイスには関係ない。


 相手が理不尽であれば、それ以上の理不尽で押し切り、己が思うままに振る舞う暴君だ。



「遠回りせずに迷宮を一直線に駆け抜ければ良い。モーリスを抱えていても私の脚力ならば夜が明けるまでに到達できる。幸い一番の障害となる魔禁沼は私が先ほど踏破したばかりだ」



 地図の上で村までの道筋を一直線に辿るケイスの指で、これ以上は無いほどに深紅に染まる赤き指輪が光る。



「それに領主館程度なら私は幾度も斬り潰しているから心配するな。貴族としての誇りも無い、腐った貴族は大嫌いだからな。そういう輩は斬る事に決めている」



 羽の剣がケイスの滾る闘気を喰らい、重さと切れ味を増していく。


 ケイスに答え無限に重さと硬度を増す剣の前では城壁など無意味。



「男爵とやらは私に会いたいようだからな。こちらから会いに行ってやるだけだ。レッドキュクロープスとやらが暴れるだけのことだし、もしばれたなら、そのような腐った貴族を放置していた国ごと潰すまでだ」



 額当ての赤龍鱗が強く光り輝く。


 噂となるほどに怪しく輝く赤き単眼のように。


 ケイスにとっては全ては些細な事。


 斬りたいから斬る。


 斬りたい物があって、斬れる条件が整ったのだ。


 その剣を止められる物はこの世には存在していなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ