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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
新人仮面剣劇師と海上劇場
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薬師と大夜会

 ロウガ王城大夜会。


 王城の中央庭園を主会場とする今宵の夜会は、刈り込まれた低い生け垣や、軽くまたげるほどの小川などによって、東西南北の4つのフロアに分けられており、主賓であるルクセライゼン友好使節団上層部や近隣諸国の上級特使、そしてロウガの主立った有力ギルド長達など、いわゆるVIP客達は、庭園の東側に集まっており、周囲には城付き衛兵がこれ見よがしに配置され、一般招待客達との境界線を描き出す。


 夜会全体をみれば、装飾や料理は、あまり華美にならぬよう配慮がされている事が見受けられる。


 大国の友好使節団を歓待するとしては異例ではあるが、ただの夜会として正式な晩餐会とならなかったのも、今回の使節団には弔問の意図が含まれているからだ。


 大華災事変。


 悪夢の島再迷宮化。


 大華災事変においては少なくないロウガの民が犠牲になっている事もあるが、問題は再迷宮化だ。


 悪夢の島においては、犠牲者の大半は囚人とはいえ、数千人以上の行方不明者が出ており生存は絶望視された上に、その中には咎人として、遠島幽閉されていた周辺諸国の高位王侯貴族も含まれる。


 収監されていた王侯貴族の中には、王位継承の際のいざこざや、政敵として無実の罪で投獄されていた者達も含まれており、今回の事件は国内外の政局に小さくない波紋を起こす可能性もある。


 さらに再迷宮化がより事態を複雑化させる。


 海底鉱山としても稼働していた悪夢の島から産出されていた鉱石や宝石は、かなりの量を誇っていたが、迷宮化したとなれば、その価値は跳ね上がる。


 迷宮から算出されるのは、良質の魔力を含む迷宮モンスター素材のみで無く、植物、鉱石類も魔力を含んだ迷宮素材へと変化しているからだ。


 犠牲者を悼む言葉を交わす各国の出席者達はその言葉の裏側で、共同所有していた悪夢の島の取り扱いに関して他国の方針を探り合うための前哨戦が繰り広げられており、ぴりぴりとした空気が東側庭園には満ちていた。


 一方の残りの西と南北の一般客達は、別の意味で緊張感を伴う空気が満ちていた。


 客の中には、今回の一連の騒ぎに商機を見いだした商人も数多く、復興や再迷宮化に1枚噛もうと各国からの推薦や認可を狙う者もおり、また豊富な資金を持つルクセライゼンは出資者としてこの上ない存在。


 どうにか渡りをつけようと、鼻息の荒い者が多いのも至極当然と言えば当然だ。


 とは言ってもさすがに警備の問題上、一般招待客とVIP招待客は明確に分けられており、東側庭園に立ち入るには、元々懇親があるVIP客から招かれるか、もしくは他の庭園に受付係として配置された、従者や関係者からの口添えを期待するしか無い。


 商売っ気の強い会話で活気に溢れる中、東側と真逆、西庭園に周囲からは注目はされるが遠巻きに見られている一団があった。


 ルディア達、ロウガのルーキーである。



「アレが例のイカレ小娘か。本当にあの大英雄の弟子なのか?」



「先ほども受付で一悶着を……」



「よくこの場に顔を出せた物だ。招待客の中にはつい先日に斬られたセリザリス卿もいらっしゃ……」 



 ひそひそと漏れ聞こえる声は、好意的とは言えない色を強く帯びているが、明確な敵意とまで言える物はない。


 むしろ関わりにならないようにと、警戒を強めているというのが正解だろうか。


 だがそこに悪意があるのは間違いなく、もしケイス本人がこの場にいたなら、既に斬りに行っているだろうか? 


 

「さすがケイスの悪名……虫除け効果が殲滅レベル」



 つい先日珍しく酒で失態を演じたばかりなので、自分基準では酒とも呼べない軽めのカクテルで果物の香りを楽しみながら、ルディアは空気さえ気にしなければゆっくりと酒を楽しめるこの状況を喜ぶべきか、それとも中身がケイスでは無いとばれると警戒すべきかとしばし悩む。


 前回このロウガ王城に招かれたときは、始まりの宮全員突破という史上初の快挙を成し遂げたルーキー達のまとめ役として、必要以上に注目されて、禄に酒を楽しむ暇も無く、次々に祝辞を戴いたお偉方や、有力者の応対に終始していた。


 だが今日はケイスだと思われているカイラが横にいるおかげで、遠巻きに見られる視線の多さを気にしなければ、挨拶に終始する煩わしさは無く、同じく招かれていた同期達とゆっくりと近況報告をする余裕があるほどだ。


 ケイスの悪名は、以前は直接に関わった一部の者達、主にロウガの闇社会では有名ではあったが、燭華での大暴れ以降はロウガ近隣に広く知れ渡りはじめている。


 精神を惑わす淫香の効果によって正気を失って暴走状態にあった燭華を訪れていた客達を、その地位や権力など一切気にせず、死にはしない程度はあるが、必要とあれば無力化するために斬りまくったのだ。悪名が広まらないはずがない。


 ケイスが斬った者の中には、公にはされていないが、他国からお忍びで訪れていた高官や王族までいたのだから、遠巻きに見られるのも至極当然。 


 ケイスに近づいて利益を得ようなど目立つ真似をすれば、ケイスの被害者からの逆恨みを買う恐れもある。


 結果、珍獣もしくは危険生物の動向を気にする、悪意混じりの好奇の視線に晒されることとなっていた。



「ダメだぜルディアさん。剣戟興行で仮面役者の中身に触れるのはタブーだ」



 同期の1人。ほろ酔いになったクレイズンは、替え玉作戦を知らないので、中身がケイスだと信じているので、思わず口にしたルディアのぼやきに笑いながら突っ込む。


 人を騙すにはまず味方からという理屈は分かるが、命を助け合った同期まで騙すのはルディアは心苦しいのだが、カイラはそこは役者だ。



「うむ。私は名無しの仮面剣戟師だ間違えるな。それよりもクレイズン達は最近は北方の迷宮群を攻略していたのだったな。話を聞かせろ」



 始まりの宮後、頭角を現しはじめた若手パーティの1つであるクレイズン達へと話を振り、北方の様子や迷宮内の特徴を尋ねる。


 常に上から目線の話口調や、仮面の役者として己の正体を隠しているはずなのに、一切隠せておらず自分の興味があることを最優先する、素直というか馬鹿正直なケイスらしいケイスとしての振る舞いを、カイラは完全にこなしている。


 悪意に対しては言葉より先に剣が出るのが本物のケイスだが、カイラの演技もまたケイスらしいと言えばケイスらしい。


 下手に口を挟むよりも、カイラに任せた方がスムーズに行くと判断したルディアは時折相づちを打つだけで、話の中心からなるべく外れ聞き役へと徹している。


 今回の夜会に招待された客数は限られているとはいえ、ロウガや近隣諸国に影響力を持つ客も多い。彼らがケイスだと誤認するならば、宣伝効果としては十分だ。


 このまま何事もなく終われば上出来とルディアが祈っていると、先ほどウォーギンと連れ立ち、聞き込みや周辺偵察に出たはずのファンドーレだけが、ルディア達の元へ戻ってくる。


 偵察ついでに軽めの果実酒を頼んでいたが、さすがに小妖精族のフォンドーレが人間種用のグラスを持ってこれる訳もないので手ぶらでの帰還だ。



「ウォーギンは? 何かあった」



「あの馬鹿げた船の機関担当魔導技師の招待客の中に、昔の知り合いがいて、なにやらあいつに意見が聞きたいとかで捕まった」



 ウォーギンはかつては中央で名を馳せた天才魔導技師、知名度やら人脈はそれなりの物で、その伝手は南方の大帝国にも繋がっているようだ。 



「技術関連の話っぽいわね。しばらく、下手したら最後まで帰ってこないパターンか……自分で取り入くか」



 本物のケイスなら一瞬でも目を離すのが恐ろしいが、いくらケイスを模倣しているとはいえカイラならそこまで無茶はしまい。


 会場内を回っている給仕係もいるが、グラスから漂う香りは今ひとつピンと来ない弱い物ばかりなのもあり、今度は自分が酒を物色するついでに周囲の探索に出るべきか。


 1人になれば声を掛けてくる者も少なからずいるだろうし、そうなれば今ルディアの横にいる、どう考えても怪しい仮面剣戟師の中身を気にする者も釣れるはずだ。



「ファンドーレしばらく手綱を握っといて」



「まて、客だ」



 ファンドーレが指し示す方向を見れば、こちらに近づいてくる警備役の近衛兵が1人。よく見れば、それはルディアも知る水狼の一人エンジュウロウだ。


 どうやらエンジュウロウは衛兵として借り出されているようだが、退屈そうな表情にはただの警護役が不本意だと如実に表れていた。



「ご歓談中に失礼する。仮面剣戟師殿とリズンパーティの皆様を、サナ王女殿下がお呼びです」



 ケイスに扮したカイラはなるべく目立つ場所には引き出さないという方針。ましてやVIP客がいる東側には絶対に行かせないという方針でサナとは一致していたはずだが、そのサナ本人からの呼び出し。


 どうにも嫌な予感がするが、ここで断るも不自然だ。



「ウォーギンは途中で拾うか……すみません。少しサナさんの所に行ってきます。」



「あぁ姫様達には元気にやってるって伝えといてくれ。主催者の1人ともなれば、さすがにこっちにはこられないだろうしな」



「あっちの方がいい酒ありそうだ。ルディアさん土産は頼んだ」



「またいやしいことを……姐さん無視しとけ、しとけ」



「それよりケイスの首輪しっかり握ってよルディア。この子、貴族だろうが王様だろうがもめたら斬りそうだし」 



 同期達は、ケイスがバレバレの正体を隠している裏事情に絡んでのことだろうと、ルディア達だけの呼び出しに不自然さは感じなかったようで、軽口混じりの言葉で送りだす。


 同期達に軽く頭を下げ、エンジュウロウの後を追った。


 




「どう思う」



 中央に留学していた頃に世話になった先輩魔導技師ソクロが、周囲を伺いながらひっそり見せてきた大型転血炉の可動記録に対する意見を、仏頂面で求めてくる。


 黒塗りになった箇所も多く、断言せず言葉を濁しているが、ソクロが出してきたのは、今現在担当しているあの規格外の大型艦リオラの主動力転血炉の物で間違いない。


 新型炉の性能は国家最重要機密の1つ。


 一応劇場艦リオラは、ルクセライゼン帝国所属船籍ではあるが、あくまで個人所有艦となる。しかしその持ち主が皇帝にも繋がる血筋の大貴族となれば、実質的には国家所有に準じるとみていいだろう。


情報漏洩などすれば、間違いなく物理的に頸が飛ぶ事になる厄介事だ。 

 

そのリスクを犯してまで意見を求めてきた旧友に対してウォーギンは、グラスを口元に運ぶふりをしながら右手の腕輪型魔具に触れて、結界内部からの音漏れだけを防ぐ遮音結界を発動し最低限の警戒を行う。 


 転血炉は文字通り、迷宮モンスターの血より生み出される魔力結晶体転血石を用いた魔力炉。


 天然物の転血石は極めて希少だが、近年では人工結晶化技術の発達により人造転血石の大量生産が可能となっているが、それでも島と見間違えるほどの巨大な船の主動力炉に用いるとなれば、巨大転血石を必要とし、それも三日で1つ使いつぶす事になるほどだ。


 しかしその転血石消耗が、ここ数日のみだが半減しているとデータは指し示す。停泊した今日は別としても、通常航行をおこなっていた昨日、一昨日と、それ以前を見比べれば、全く別の炉の可動データだと思ってもおかしくないほど乖離していた。


 



「どうって聞かれてもなぁ……現物も見ないでなんとも。石の消耗が異常に減っているのはどの地点からです?」



「正確な位置は曖昧になるが、少なくともロウガ近海に入ってからだ。石に変更は無し。レンブラントギルド生成の5年物一級品。整備も通常点検のみで、他に思い当たる節は無い」



「レンブラントギルド……南部の大手工房か。あそこの石って確か同一種の血液のみで生成した上に、しばらく寝かせているから安定感が抜群ってのが売りと。ましてやルクセに納品するってなると、管理も最上級に気を遣っているか。現物のチェックと保管方法は?」



「納品時および設置時に複数技師によるクロスチェック。専用遮断格納庫に個別格納をとっている」



 マニュアル通りの慎重な対応は、転血炉の危険性を熟知したベテラン技師であることの証だ。ソクロの性格も考えれば手を抜いているとも考えにくい。



「それだと魔力汚染による変質って線も無い。となると炉本体、それも増幅機構のどこかだろうけど、さすがにそっちはわからねぇよ……ソクロさんの方でも、こんな事ぐらいすぐ分かるってるだろ。なんでわざわざ見せたんだよ」



 いくら天才魔導技師といえど、転血炉本体の構造さえ分からないのに原因特定など不可能、これ以上は推測ですら無くなる。


 原因不明の出力向上を起こしているという、ありきたりな結論を出すのが精々。


 そしてこの程度のことなら、ウォーギンが優秀な魔導技師と一目おく、ソクロならばわざわざ意見を求めるほどのことでも無く、原因箇所の特定は出来ているはずだ。



「口も硬く信頼できるから、現物を見せる方が早いと行ったんだが上が納得しないからな。この程度で採用試験になると判断するなら、口出しして欲しくないんだがな」



 知り合ってから一度も笑った所を見たことの無い仏頂面技師が、前置きすら無く本題を伝えてくるが、その裏の意味もウォーギンは感じ取る。 



「今更宮仕えってのは、それに話だけで厄介すぎて近づきたくない案件すぎる」



 ソクロは冗談を言う性格でもないので、本気だろうと分かりつつ即答は避ける。


 普通の魔導技師ならば、こんな簡単な試験で大国ルクセライゼン大貴族お抱えの魔導技師となれるならば一も二もなく乗るだろうが、どちらかと言えば研究者寄りのウォーギンとしては、今の自由にやれるフリーの立場が性に合っている。



「そう答えるだろうな。だがどうしてもお前の協力が必定だから次案だ」



 断られるのは計算のうちだったようだ。そしてそれほどまでにウォーギンの助力を請うのは今は詳細が明かせないが、よほど面倒な原因が絡んでいるという、嬉しくない証明でもあった。



「メルアーネ様がご観覧を希望した地元剣戟劇団の仕事を、今はしているはずだな。そこの舞台演出技師でも何でもいいから名目つけて乗船しろ。舞台演出の関連で必要となれば、もう少し詳しい情報を渡せる……お前だって興味が無いわけでは無いだろう? 上手く制御できれば効率上昇技術となるかもしれない事例だ」 



「それ言われると。確かにそうですけど……散々おごってもらったのが今になって効いて来るか」



 技師として確かに異常な効率上昇は気にはなる。それに個人的にもソクロには借りが多くあるので断りにくい。最初のスカウトをやんわり拒否しているので、なおさらだ。


 最初から次案が本命だったと気づいたが、後の祭りだ。ただ面倒事にはもう首を突っ込んでいるので、また一つ増えただけだと思うしか無いだろう。 



「一応仲間と相談して……あっちもなんかありやがったか」



 了承の返答を返す途中で周囲の客がざわめいていることに気づき、その目線を追ってみれば、先ほど分かれたファンドーレが、ルディア達を伴ってこちらに近づいてくる所だった。


 ケイスに偽装しているカイラは目立たせないはずだったよなという疑問は胸の中に仕舞う。あきらめ半分のルディアの表情を見れば、何か断れない案件が出来たのは一目瞭然だ。


 

「とりあえず保留で。あっちで手が離せない案件が出来るかもしれないんで」



「分かった。期待して待っておく」



「……そこは期待せずにって言葉だろ」



 ぼやきながらもソクロに返し、ウォーギンはルディア達に合流した。

 

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