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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
新人仮面剣劇師と海上劇場
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新人仮面剣戟師と老剣戟師

 今日から始まった一月にわたる迷宮閉鎖期。

 

 下級迷宮や一部の特別宮を除き、出ることはできても進入不可能になるこの時期は、探索者達にとって羽休めの時期であり、逆に商売人達にとっては、武具整備や、新しい魔導具、はたまた娯楽を求めて街に繰り出してきた探索者達で賑わう格好の稼ぎ時。


 特に初日ともなれば、迷宮隣接都市ロウガでは朝からお祭り騒ぎになるのは例年の事。


 今年はロウガのみならず東方地域最大の歓楽街である燭華街区が、大華災事変により閉鎖されたという不運はあったが、今こそ稼ぎ時と他街区の商人達の鼻息は荒かった。


 それを表すかのように、まだ残暑厳しい秋口の天に輝く太陽の熱で浮かれたように、やたらと賑わう人通りに面した一軒の酒場では、昨夜から続く喧噪がまだまだ継続中であった。



「やるな! エルフのねーちゃん! だがドワーフの誇りと意地に賭けて、酔い潰させてもらう!」


 

 船長帽を被った顔面にいくつもの傷を持つドワーフは、ワンショットグラス一杯で大半の酒飲みを潰すオーガごろしの異名を持つきつい蒸留酒がなみなみと注がれたジョッキを一気に飲み干すと、テーブルに勢いよく空になったジョッキを叩きつけながら、豪放に笑う。



「ふふふ! 望むところですよ船長さん! 氷大陸のお酒だけじゃなく、個人的なお約束、トランド大陸に来て最初の家賃! 無料にさせてもらいます!」



 一方船長と対峙するのは、白い肌と若草色の髪という典型的な容姿を持つエルフ娘も、同じ酒を平然と飲み干して、空になったジョッキに次の酒を催促する。


 頑丈で太く密度の高い骨格という身体の構造的に、何らかの手段がなければ水に浮かばないドワーフ族でありながら、大海原を行く他大陸貿易貨客船の船長を務める名物ドワーフ船長はロウガ屈指の酒豪としても有名。


 幾多もの酒飲みを酔い潰してきた王者に挑む、昨夜船長の船でルクセライゼン大陸から来たばかりというエルフ娘は、持って生まれた体内浄化能力を持ってして、ちょっとやそっとでは悪酔いしないという特異体質の持ち主。


 かくして昨夜ひょんな拍子から始まった、飛び入り参加者を含む14人によるトランド大陸では希少な氷大陸産酒争奪酒豪決定戦は、数多の犠牲の果てに残った無限ウワバミ二人による頂上決戦と相まっていた。



「いけ船長! 本命のあんたに賭けてんだ! 頼むぜ!」



「お願いエルフのおねーさん! あたし達のパーティ今期の儲けが少なかったから一発逆転させて!」



 日付が変わる前に酒豪対決が始まった際に、有名な船長に客の七割が賭けていた大半の観客が声援を送り、逆に大穴を狙い新顔のエルフに賭けたただ一組の女性探索者パーティが、手を合わせて必死に祈る。


 バカ騒ぎコレに極まりという酒宴は終わりなき最高潮を迎え、評判を聞きつけ集まってきた客も合いまり、急遽店舗前路上には、近隣の店から借り受けたテーブルや椅子によって野外席が設けられるほど。


 テーブルレンタル代代わりに、一店では追いつかない酒や料理の提供に、貸し出した店からの出張サービスも始まっているので、まるでお祭りのような突発イベントと相まっていた。



「やれやれ。表のバカ騒ぎが目くらましになってくれるのは有り難いが、身内が元凶というのは勘弁してもらいたい」



 そんな喧噪に包まれる表通りから一本はずれた裏道。


 宙に浮かぶ小さな妖精族の男が愚痴をこぼしながら酒場の裏口から出て来ると、ついでやたらとがたいのいいこれまた怪しい大男が身をかがめながら裏口をくぐって姿を現す。


 大柄な男の肩には、ぐったりとした二人の人物が荷物のように肩に担がれている。


 怪しげな二人組は、人目に付かないように気配を探りながら駆け足で裏道を移動し始めた。


 すわ、人さらいかと思われかねない、あまりの怪しさだが、当人達としてはこればかりはやむにやまれぬ事情があった。



「表に人の目が集中している。移動は楽だが……お前達二人ともケイスが移ったか? 待ち合わせに来ないからおかしいと思い、お前の配達先を巡ったらこのようなバカ騒ぎの中心にいるとは考えもしなかったぞ」



 白い目線を向けるファンドーレの天然天災娘ケイスと同等の評価は、いくら何でも心外だと気力を振り絞ったルディアは青白い顔をあげる。



「さ、さすがにケイスと一緒にしないでよ」



 もっとも特製酔い覚ましを飲んでいるので一応まだ意識はあるが、足腰がふらふらで自力では一歩も歩けず、怪力無双の熊獣人であるブラドの肩に担がれた状態では、説得力もへったくれもありはしないが。



「しかしルディア嬢。いったいどれだけ姫は飲んだんだ? 姫もそこそこに強いはずだが」



 二人を軽々と担ぎ上げつつも、時折人の気配を察知して素早く物陰に隠れる俊敏さをみせ、さらには極力揺らさないように上半身を安定させるという荷運びのバイトで身につけたスキルを遺憾なく発揮したブラドは、反対の肩に担いだサナを気遣う。


 ルディアが飲んだ物と同じ酔い覚ましの魔術薬をサナにも飲ませてはいるが、こちらはぐったりとした泥酔状態だ。


 ファンドーレが人気の無い道を選び、それでも時折ある人の目線からブラドが隠れながら進む理由。 


 それはロウガの若き王女として人気があり、昨今では期待のルーキー探索者の一人として名声の高まっているサナの完全に酔いつぶれた姿という、醜聞の塊をそうそう人目にさらすわけにはいかないという事情があるからだ。


 

「二人でちょっときつめの一本開けるだけ……だったはずなんだけど、飲んでいたお酒の所有権争いやら、酔い冷まし魔術薬使用の是非やらで酒造神一派の神官が絡んできたりいろいろあって、あの騒ぎに」



 所々記憶が飛んでいるのでルディアも正確な流れが把握できていないが、途中で酔ったサナ自らが、諸々のもめ事を一気に解決するために酒豪対決という名の喧嘩を吹っかけたのは何となく覚えてはいたが、本人の名誉のためにごまかしておく。



「どういう状況だったかは知りたくもないが、氷大陸出身者のいうきつめの基準は、この辺りの基準からみたら喉が焼け焦げるレベルか。毒消しの浄化神術でも使ったほうがいいか? 治療院を辞めた後も、この時期に使う事になるとは思わなかったがな」



 今は迷宮学者を自称しているが、元々は神術医療師が本職であるファンドーレにとっては、迷宮閉鎖期に、深酒で酔いつぶれた探索者が担ぎ込まれるのは一種の風物詩のような物だ。


 

「あー大丈夫。飲んでいる魔術薬が似たような効果だから。前にケイスがやってみせた毒物排出の闘気技法を魔術的に再現した薬で、血流を操作して特定成分を汗と一緒に排出するって薬だから」



 酒の匂いを多分に含む汗ばむ右手を振ってみせたルディアは、過去の実績もある強力な魔術薬だと太鼓判を押しておくが、



「無理矢理に闘気技法を使用させる薬か。劇薬指定薬をあまり姫に飲ませて欲しくはないのだが」



 下手すれば闘気の無理矢理な使用から来る疲労や、魔術薬の効果が強すぎた為に起こる極端な脱水やらで命の危険もあり、所持や使用にそれなりの制限がある類の薬に当たる。


 もっとも薬師ギルドに所属するルディアは、当然それらを処方や使用する免許を取得しているので法律的にも、技術的にも問題は無いが、さすがに万が一の事があった場合を考えるとブラドが難色をしめす。



「はい。それは本当にすみません。以後気をつけます」



 こればかりは平謝りしかないルディアも心底反省と、教訓を心に刻み込む。


 まさか正気を失うほど酔ったサナがあれほど喧嘩っ早いとは。


 サナの祖父であるソウセツが、若い頃は色町や飲み屋街に入り浸っては問題を起こす荒くれ者だったという噂は聞いたことがあるが、その血を多少なりとも受け継いでいるのだろうか。

 

 二度とサナに深酒はさせまいと心でルディアが誓ったのと時を同じくして、ブラドの足が大きな建物の裏口で止まると、ルディアを肩から降ろす。


 どうやら目的地に着いたようだが人目を避けるために、あちらこちらの裏道を抜けてきたので正確な場所はよく分からない。


 辺りを見渡してみると、密集した建物の隙間からも一目でわかる特徴的な造形の鐘楼の先端部分だけがちらりと見えた。



「ファルモアの塔?」



 塔の先端が象るのは、劇を司る神ファルモアのシンボル。大規模な闘技場や劇場、小規模な見世物小屋などが集まった観劇街と呼ばれる地区のシンボルタワーになる。



「今回の依頼の説明は姫がしているするはずだがどこまで聞いている? というか覚えている」



「あー……そういえば昨日サナさんが。かなり無理筋の話を上から持ち込まれたとか」



 ファンドーレの問いかけにまだ頭痛が残る頭を振り絞り、昨夜サナに聞いた話の一部をルディアは何とか思い出す。



「始まりの宮での戦いを剣劇にして観劇させろと、今度ロウガに来るルクセライゼン皇族に連なる大貴族から要請があったとか何とかって。しかもあたし達を招待しろとかいう面倒な話だっけ」



「そうだ。断ると燭華の復興やら、諸々の事業に悪影響があるほどのお偉いさんらしく機嫌を損なわないようにしろというお達しだ。もっともあのバカがいない所為で、どちらにしろ無理難題だ。何せケイスが良くも悪くも始まりの宮、いや俺たち同期の中心だ」



「ケイス嬢がいないのが一番の問題だと姫も頭を抱えていたからな。一応その対策案として支部が起てた計画もあって、今日早朝にここに同期の主立った者達が招集を掛けられていたわけだが、まさか姫とルディア嬢が姿を見せないとはな」



 始まりの宮内で、開始早々単独行動で、同期全員の危機を救ったのみならず、迷宮主をぶち殺し迷宮化を解除し、全員踏破の原動力となったケイス。


 そのケイスと始まりの宮内でもっとも行動を共にしたファンドーレとサナの両者。


 そして残りの同期をまとめたリーダーであったルディア。


 ファンドーレ以外、肝心要の三人がいないのだ。始まる話も始まらないというものだ。


 

「それについては本当に申し訳ないです。ただ正直手を貸せっていっても、剣劇なんて私はまともに見たこともないのでそれでどう協力しろと」



 剣戟という形式を取る以上、実際に起きたことをそのまま再現するという形ではないだろうし、ケイスがらみで箝口令を敷かれている案件も諸々あるのでいろいろとまずい。


 かといって素人の自分に、有効な劇の構成など分かるわけも無し。


 当然といえば当然の疑問をルディアが口にすると、



「百聞は一見にしかずだ。先入観がなく見た方がいいのもある。姫はこの状態だが、お前の方がつきあいが長いから問題あるまい。もう始まっているはずだ。さすがに担がれながらでは締まりが無い。ブラド殿に肩を貸してもらえ」 



 錠の掛かっていなかった裏口の自分よりも遙かに大きい扉を、風魔術を使い器用に開けたファンドーレは、それだけいうとさっさと入っていってしまう。


 いろいろと聞きたいことは多々あるが、遅刻してきた以上、あれやこれやと発言権もあるわけは無し。


 ファンドーレの忠告通り、サナを担いだままのブラドに腕を貸してもらいながら、何とか裏口から建物内に入ると、そこは倉庫のように広い空間となっていた。


 様々な風景が書き込まれた書き割りが立ち並び、様々な武具や小道具が無造作に詰め込まれた木箱が並ぶという、特徴的からここがどこかの劇場の舞台裏側だとようやくルディアは気づく。


 話の流れや、観劇区のしかも大きな建物とくれば、大型劇場だとすぐに気づきそうな物だが

、今の今まで思いつかなかった辺り、どうやら自分の予想以上に頭が動いていないようだ。


 となれば、先ほどファンドーレが言った始まっているとは、そのお偉いさんが希望した、ルディア達の始まりの宮での戦いを模した劇だろう。


 だがある程度のあらすじも出来ているだろうに、いったい何をやらされるのか?


 酒が残っていなくてもおそらく分からない疑問だろうが、それこそファンドーレが言うとおり見た方が早い。



「観客席に回るよりも舞台袖に向かう。あちらの方が演者に近いからアラも探しやすい」



 先導するファンドーレの後に続いて、そのまま舞台裏を抜けて舞台袖へと続く薄暗い通路を進むと、前方の方から激しく打ち合う金属音が響き始めてきた。


 







 仮面をつけ素顔を隠し右手に大剣を構え、左手に防御短剣を逆手に持つ小柄な少女が、舞台の上で軽やかに舞う。


 少し大きめな戦闘用外套は飾り気など無い実用一辺倒の代物だが、少女らしいほっそりとした手足がみせる見事な体術に合わせて、まるでドレスの裾のようにひらひらと輝く。


 その少女を中心に置き、周囲を取り囲むのは、武装した演者の男女5人だ。


 休むことなく打ち込まれる剣や槍に対して、舞台中央に陣取った少女は危なげな様子もなく足捌きで躱し、防御短剣で受け流し、大剣ではじき返す。


 くるりと回る回避行動が、そのまま次の防御行動へと繋がる体勢を生み出し、受け流した剣が別の攻撃を防ぐ少女の盾となり、受け止めた槍の穂先が反対側に立っていた演者を襲う少女の槍となる。


 多数に取り囲まれた死地であっても、絶対支配者とでも呼ぶべき、圧倒的な技量をもって、しのいでみせる。


 これは舞台。あらすじの決められた台本のある流れ。


 だがそれを思わず忘れさせるほどの緊迫感を生み出すのは、実戦さながらの矢継ぎ早の猛攻と、予想外な少女の戦闘にある。


 セオリーなど無いような縦横無尽な剣捌きと体術は、まさにケイスそのもの。




「来たか……次はアドリブ対処だ! ヤノ右から炎術符3枚! 嬢ちゃんは飛んで躱してみせろ、ついでライナが矢を射かけるがいけるか!?」



 身の丈を超える斧槍ハルバートを構えた初老の演者は舞台袖に新顔を見ると、大きく飛び下がって距離を開け、新たな指示をだす。


 取り囲んでいた四人の演者は座長の指示が出る前に、その動きを見て既に同様に距離を取っている。


 それから一泊遅れて、座長の意図に気づいた少女が声を仮面の奥に潜めたままこくんと頷いて答える。


 少女の右手側にいた扇情的な舞台衣装を身につけた若い女優が腰ベルトの札入れから、幻炎印を刻み込んだ符を取り出し、空中に展開する。


 反応した少女が炎を躱すために飛んでみせるが、派手な爆炎と爆音と共に生み出された僅かな熱量をもつ幻の炎は符から吹き荒れながら、三羽の鷲の姿を模して顕現する。


 威力は最低限、見た目重視の、舞台映えによく用いられる特殊符が生み出した焔鷲が、宙に跳んで身動きの出来無い少女に向かって飛ぶ。


 さらに追撃とばかりに反対側からは、分裂の魔術刻印が施された矢が紡がれ打ち放たれ、一本の矢が瞬く間に十数本に分裂して、横殴りの矢雨となり襲いかかる。


 少女の左右から迫るは、三羽の焔鷲と数十の矢。


 事前に聞かされていた攻撃とは微妙に異なる、躱しようのないタイミングで繰り出された挟撃。 


 両者とも舞台用魔術や魔具であるので少女が怪我をすることはないが、撃墜は免れない状況。


 しかし少女は対処をしてみせる。


 宙に跳んだまま左右の大剣と防御短剣から手を離し、腰ベルトから両手それぞれに投擲ナイフを数本引き抜き、左右から迫る脅威に向かって撃ち放つ。


 右手から放たれたるは、魔術を打ち消す魔力吸収物質をため込んだ爆裂ナイフ(弱)一対。


 僅かな角度をつけて放たれたナイフは少女から離れた空中でぶつかり合うと、内部の撃鉄機構を作動させ、魔力を喰らう爆煙を産みだしながらはじけ飛ぶ。


 生み出された魔力吸収物質を多分に含んだ魔術食いの煙に、真っ正面から突っ込んだ炎鷲三羽は瞬く間に消失。


 左手から放たれたるは、腰ベルトに設置された巻き取り機構と繋がるワイヤーを延ばしながら飛ぶ仕掛けナイフ。


 左手で伸びたワイヤーを掴んだ少女は、白魚のような五指を巧みに操り、ナイフを支点としワイヤーを揺らして、迫る矢雨を打ち払う鞭へと変える。


 しなるワイヤーが次々に矢をたたき落とすが、全部を打ち払うには僅かばかり長さと早さが足りない。


 隙間をすり抜けた一番外側の矢、一本が少女の頭部に向かって奔る。


 だが少女は慌てることなく空中に置いていた大剣を右手で掴み力を込める。


 その瞬間、金属の光沢を放つ大剣は、まるで紙で出来たおもちゃのようにぐにゃりと下方向へと曲がりながら、己の重量を増加。


 急激に生み出された超重力を持ってして発生した重心変化によって空中でくるりと回った少女の右足が寸前まで迫っていた矢を高々と蹴り上げる。


 蹴り上げられた矢が舞台の高い天井に当たり奏でる衝突音と同時に、重い地響きを立てながら少女が四肢を用いた獣じみた四つ足で、何とか舞台に着地する。


 躱しようのない猛攻を、己が技量と、摩訶不思議な装備、そして予想外の動きをもって制する。


 まさにそれはケイスと呼ぶべき戦い方だ。



「お見事。嬢ちゃんやるな。さすがに絶対に当たると思ったんだがな」



 少女が魅せた舞台映えする立ち回りをみて、斧槍を肩に担いだ初老の座長が悪戯げな笑みを含んだ賞賛を送った後に、舞台袖に現れた新客、ルディア達への方へと目を向けた。










   


「よう。初めましてだな。ルディアさんだったか」



 楽しげな初老探索者の一癖も二癖もある笑顔に、ルディアはどこかで見た顔だと思っていた記憶がようやく繋がる。



「たしか……ハグロアさんでしたっけ。ケイスと前に武闘会で戦った」



 管理協会が定めた年齢以下だったケイスが、始まりの宮に挑むための初心者講習への参加資格を得るために、フォールセンの名の元に行われた武闘大会において、ケイス相手に派手な立ち回りを演じて魅せた老剣戟師。



「おうよ。ロウガを拠点に東方地域を巡業している剣戟興行で座長を務めるセドリック・ハグロアとその一座だ。以後ご贔屓に薬師殿。で、ケイスの嬢ちゃんの一番の親友って評判のあんたから見て、このケイスの嬢ちゃんはどうだったかい?」



 ハルバートを頭上で振り回して見得を切って魅せたセドリックは、茶目っ気のある笑顔で、着地姿勢のままでいた仮面の少女を指さす。


 確かに戦闘方はケイスっぽい。ケイスっぽい気はする。だがあくまでも、っぽいだ。


 武技に関しては素人に毛が生えた程度のルディアでは具体的に表しにくい表現に悩みつつも、セドリックの問いに答える前に少女が怒鳴り声を上げた。



「なにしよっそ! セドリックジイジ! こんかつ練習でうちに怪我させちきか! ねーちんらもちった手加減せんか! 完全にうちのどあたまねらちゃきよね!? いくら矢あたま潰しとうてもあたりゃ痛かっしょ!?」



 どうやら着地した時の勢いを殺しきれず手足がしびれているのかぷるぷると震える手足のまま立ち上がった少女は座長のセドリックのみならず、少しばかり気まずそうな他の役者にも当然すぎるクレームをぶつける。



「いやごめんってカイラ。あの化け物の面影思い出して、つい恐怖で。あんたやっぱ才能あるわ」



「分かる。似すぎだわお前。途中から殺なきゃ殺れるって思わず我を忘れたわ」



「じゃからそんあ化けもんぞうちを一緒にせんか! どんな化けもんやしそん子!? まじで今回の剣譜きつかよ!?」



 謝っているのか褒めているの分からない仲間からの声に、素顔を隠していた仮面を取り払った少女カイラが、がーっと止まらない抗議の声を上げ始めた。


 容姿でもある意味で人外過ぎる絶世の美少女であるケイスレベルまでは行かないが、茶色の目と少し垂れ目のおとなしそうではあるが舞台映えのする整った顔立ちだ。


 もしケイスとの明確な違いをあげるとしたら、その口調だろう。


 基本的に尊大かつ不遜が服を着て歩いている、世間一般のみならず一部の尊敬する者を除いて、世界中の生物をナチュラルに見下している偉そうな口調ではあるが、実に綺麗な共通語を話すケイスと違い、カイラの言葉はかろうじて意味が分かるが、かなりの地方なまりを持っていた。


 それもただのなまりではなく、ルディアが分かるだけでも複数の地方なまりの入り交じった独特の言語は、多くの地方を回る交易商人や巡業役者の子息でたまに見られるものだ。



「とりあえず喋らなければ、ケイスっぽい……様な気も」



 あまりに違いすぎる言葉遣いに、僅かに感じて違和感が完全に吹き飛んでしまったルディアはそう答えるしかなかった。



「ほう。ならよかった。今度の劇は南方式で行う予定だ。喋らなければぼろも出ないだろ。あんたの監修もあれば替え玉作戦も何とかなりそうだな」



「まてぃ! うちはそん半端な剣戟師やなかちゃんね! 訂正せんしゃいセドリックジイジ! 完璧にそん子えんじてみせるやね!」



 安堵の息を吐くセドリックに目ざとく気づき、演者としてのプライドが刺激されたのか、カイラの矛先が、再度セドリックへと向かう。


 かくしてロウガ支部渾身のケイス替え玉作戦は、前途多難の様相を呈しながらも発動を始めた。

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