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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
監獄少女と悪夢の島
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監獄少女と絶対捕食者

 突き込む、掴む、引きちぎる。


 突き込み、掴み、引きちぎる。

 

 捻り突き掴み、千切る。


 捻り突き崩し千切る。


 喰らう。


 一手一手ごとにケイスの左手から生み出される突きは、より洗練され、凶暴、強欲に進化する。


 最初は掴み千切っていた一撃は、捻りを混ぜ突き込むことで周囲を巻き込みながらえぐり取るように進化するが、そこでは止まらない。


 刃と刃の隙間、そこへ金属魔導配管の破片を挟み込むことで、掴むという動作を兼ね、指の動きに併せて刃の隙間を広げることで、離す動作も一連の流れの中に組み込む。


 裁断された細やかな金属片は配管内に落ちて、ケイスの手が届かなくなると、即時消滅を起こす。


 挟み込むための刃はいくらでもある。1つ2つ3つ4つと加速度的に刃を増やしていく千刃の手甲は、1つ剣を振るごとにケイスに馴染み、その細やかな刃の鱗一刃一刃に神経が通い、行く手を塞ぐあらゆる障壁を切り崩す、いや喰らい尽くすケイスの牙と化す。    


 最初は固い岩盤を掘り進む遅遅とした速度は、土を掘り分ける速度となり、水をかき分ける速度となり、雲霞をかき分ける速度へと。


 鳴り止むことを知らぬ1綴りに連なる破砕音を紡ぎ、ケイスは直下に向けて魔力導管を、迷宮特性【離さず】の効果も併せて破壊消滅させながら、一気に下り降りていく。


 特別監獄のどこかに隠された魔導研究所へ向かうための、力任せにもほどがある強引な突破方法であるが、極めて順調かつ単純に進んでいる……と端からは見えるだろう。


 だが当の本人であるケイスは、極めてやりにくさを感じていた。


   

「むぅ……もどかしい」



 剣を振るときのケイスの集中力は、まさに天才と呼ぶべきか、それとも剣術馬鹿と呼ぶべきか、外界すべての情報を剣を振るために一点集中させる。


 しかしその極限の集中力が、今この状況では邪魔をしていた。


 【離さず】と同様に【思考簡略化】と呼ぶべき迷宮特性の呪いが、この迷宮には掛かっている。


 敵を斬るならばともかく、障害物を排除する為に剣を振る事だけに思考が捕らわれてしてまえば、周囲の環境変化に気づくのが遅くなり、どうしても対応が一手送れてしまう。


 対策としてケイスはわざわざ思考を分割し集中を分散させているが、その弊害で自分が振ることの出来る最高の剣よりも、少しだけ劣る。  


 自分の芯を剣士と定めるケイスにとっては、とてももどかしい。


 しかしケイスの天才性は、苛立ちを乗せ剣をさらに荒ぶる牙へと変える。


 繊細な剣捌きによって生まれる技巧の極地ではなく、技巧では劣っていても力による荒ぶる剣で、破壊力という一点では遜色のない高みへと。


 雷鳴のような轟砕は、配管を通して、特別監獄棟全域に響き渡る。


 それはまるで龍の咆哮。今からおまえを喰らいにいってやると宣言する宣戦布告。


 隠形など一切考えず突き進み直下へと掘り進んだ距離が100ケーラに僅かに届かないほどで、指先がかすかに冷たさを感じ始めたと思えば、すぐに全身が凍えるような寒気を感じ始める。


 未だ地下にマグマ溜まりの残る火山を降下しているというのに、身を襲った明らかな異常事態。


 しかしこの寒さには覚えがある。  


 それはケイスが始母と呼ぶ現深海青龍王ウェルカ・ルクセライゼンの龍王体が微睡む、龍冠直下に存在する地底湖周辺と似た冷気。


 だがここは火龍王直属の赤龍ナーラグワイズが生み出した火山要塞跡地。地下に眠る赤龍の魂を宿した龍血転血石もおそらくナーラグワイズのものだろう。


 となれば青龍の好む地と同等の気配を感じる理由は……


 ナーラグワイズを直接討伐したのは、ケイスの直系の先祖でもある当時のルクセライゼン皇帝ベザルート・シュバイツァー・ルクセライゼン。


 そしてドワーフ王国エーグフォラン国王ガナド・エーグフォラン。


 ベザルートはルクセライゼン皇位継承の証である四宝の1つ【鎧】を発見継承していたと、始母から聞いている。そして天恵宝物であるその鎧が持つ効果も。


 四宝の鎧が持つ特殊能力は、己の体温を基準とし、異なる周囲の熱や冷気による効果をすべて無効化させる溶けない氷で出来た魔導鎧で、他にもその場に存在するだけで周囲に冷気をもたらす効果もある。


 だがそれは当然。ルクセライゼンの四宝。そう呼ばれる武具の正体を、何で構成されているかをケイスは知っている。作り出した当人から聞いている。


 それは紛れもない龍の血、肉、そして魔力、人へと転成した始祖ウェルカが元々の己の肉体である深海青龍の一部を使って生み出した、父であるラフォスを介錯するために伴侶に預けた生体武具。


 かつてその効果を持ってウェルカの伴侶でもあるルクセライゼン始祖王は、先代青龍王であるラフォスが放つ極寒のブレスとも正面から渡り合ったという。


 戦いの後に天印宝物となったそれら武具は、代々のルクセライゼン皇位継承者達に皇位継承の証として受け継がれていく。


 火山を根城にし、灼熱を操る難敵であるナーラグワイズ戦の先陣に皇帝ベルザート自らが立った理由だとも。


 そしてガナドはエーグフォラン国王であると同時に、かの七工房の1つの工房主でもあった魔導武具名工。


 そして当のナーラグワイズはケイスを邑源と呼ぶが、ケイスを青龍とは呼ばない。


 集中しすぎないように剣を振るいながらも思考の一部を推測に回したケイスは、すぐにいくつかの仮説へと至る。

 


「鎧の効果か……むぅ、しかしそうなると」



 だがそれはいくつもの疑問を生み出す仮定でしかない。


 いつもなら悩まず剣を振るうだけだが、集中を乱すために意識を分散させている所為で、余計な推測さえも考えてしまう。


 それらを頭の片隅にケイスが追いやっていると、直下に落ちていた配管の底へとたどり着く。配管はそこから南側に向かって伸びていた。


 右手で軽く配管を叩いてみると、反響音がこもる感じで一瞬響いたが、すぐに拡散を始める。


 配管の外に空洞、それも広い空間がある証左だ。


 小柄なケイスでもぎりぎりの狭い配管内の移動には、さすがのケイスでも窮屈さを感じ飽き飽きしていたので、そのまま先ほどの要領で横向きの配管も躊躇無く破壊消滅させていくと、程なく配管が壊れると共に、上向きの穴が開き冷たい冷気が流れ込んでくる。


 どうせここまで大きな音を立てて移動しているのだ。敵対者がいれば既にケイスの存在にも気づいている。


 むしろ動きの制限のされる配管内に居ては、不利だと考えたケイスは躊躇無く、穴から飛び出す。


 周囲は上と同じように暗闇に染まっていてよく見えないが、どうやら配管は床に這わせていたようで、すぐにケイスの足は硬い床の感触を捕らえる。      


 配管の先には陰の濃淡から見るに相当大きな魔導機らしき物体に繋がっていた。


 形状から見るに、多少改造されているようだが人造転血石を製造するための魔導機のようだ。


 どうやらここが魔導研究所のようだが、生きている生物の気配や、血の臭いは感じない。しかし死臭と呼ぶべき独特の感覚をケイスは感じ取る。


 ロッソから借り受けた発光塗料入りの壺も残り少なくなっていたが、それを割って灯りを生み出したケイスが、周辺の探索を始めると、ここへの入り口らしき大扉の前ですぐに人の死体をいくつも発見した。


 どうやら転血炉が停止したために金属大扉の開閉装置が稼働せず、ここに閉じ込められて居たようだ。


 服装や武装から見るに看守兵はおらず、主に魔導研究者らしき魔術師が大半。それとやけに上等な服装を身につけた者達が幾人か混じっている。


 鎧代わりに拝借した外套と同じ紋章を施したカフスボタンを身につけている者がいるので、どうやら特別監獄棟に収監されたどこぞの政治犯、王侯貴族とみて間違いないだろう。


 遺体をいくつか検分してみたが、顔のあたりに擦過傷を負っているが目立った傷は見あたらず、かといって毒物でやられたような苦しんだ表情や肌の変色も見られない。


 いきなり事切れて、倒れ込んだとみるべきだろうか。顔の傷はそのときの物だと考えれば納得がいく。


 この様子では本人は死んだことさえ気づいていなかったかもしれない。


 そのまま装飾品なども漁っていると、1つの共通点に気づく。


 それは指輪だったり、首飾りだったり、剣の装飾だったりと、少しの違いはあるが、明らかに中央にあった何かが失われた台座があることだ。


 そこにはまっていた物は、大きさ的にはケイスの小指の爪ほどか。


 おそらくそこにはまっていたのは龍由来の人造転血石。


 転血石消失と彼らの死に何らかの因果関係はあるのだろうが、今それを推測するには情報が足らなすぎる。


 この様子では迷宮内には、事情を知っている生者は誰もいないかもしれない。


 なぜ自分を狙ったのか。研究の目的は何だったのか。


 それらを調べる手がかりはこの魔導研究所を家捜しすれば見つかるかもしれないが、ろくに灯りもない状況では、どのくらい時間が掛かるか分からない。


 となれば、今優先すべきは赤龍転血石の破壊。


 分からないことはどうしようもない。


 迷ったなら剣を振るだけ。


 直上的かつ短絡的な実にらしい結論へと達したケイスは、目を閉じると周囲の空気の流れに意識を集中する。


 この冷気の出所が四宝の鎧が放つ冷気だとすれば、それはケイスには慣れ親しんだ感覚。


 ゆっくりと深く息を吸い、ゆっくりと吐きながら感覚を研ぎ澄ましていく。


 一時的に広がり高まった感覚が、僅かな冷気の違いを感じ取り、その発生地点へと向かう導となる。


 意識を周辺の温度感知に併せたケイスはその導きに従い、暗闇の中を早足で進み始める。


 人造転血石製造器の横を通り、いくつもの通路と部屋を迷うことなく抜けた先。厳重に封印が施された、見上げるほどに大きな鉄扉の前にケイスはすぐにたどり着く。


 行く手を塞ぐ扉。だが今のケイスには塞ぐ意味を成さない。


 斬りたい。斬るべき。斬るものがいる。


 剣士であるケイスの前に立ちはだかる物など、ただ切り捨てればいい。


 ケイスが左手を無造作に振るうと、千刃手甲はその無数の刃をもって、鉄扉を貫通し引きちぎり、ケイスが通れるだけの大穴があっさり生み出される。


 一瞬の迷いもなくケイスが穴をくぐり鉄扉の向こうへと降り立つと、そこは先ほどまでの石や板で整備された通路ではなく、むき出しの岩盤で出来た手掘りの坑道となっていた。


 僅かに下向きに傾斜した暗闇の坑道をケイスはすたすたと歩き出す。


 島には他にも幾人か竜人の気配を感じていたので、襲撃を一応警戒はしていたのだが、それらが邪魔をしに来ることもない。


 ケイスに竜人を向けても無意味だと火龍も気づいたのか。


 それとも龍らしく自らの巣穴に来る者は、自らの手で葬るつもりなのだろうか。


 火龍の思いがどちらにしても、ケイスには望むところ。


 ますます冷気が増していく坑道を5分ほど下っていくと、前方の坑道で淡い光がゆらゆらと揺らめいているのが見えてくる。      


 龍に挑む楽しさで駆け足になりそうな逸る意識を、ケイスは押さえる。


 もし先ほどの仮定が正しければ火龍は、転血石となっているとしても禄に力も振るえないほぼ封印状態のはずだ。


 そんな相手をいきなり倒しても楽しくない。


 まずやるべき事は1つ。その上で立ち会う。喰らう。


 狭い坑道を抜けてたどり着いた灯りの発生源は広い空洞となっていた。


 元は溶岩溜まりでもあったのだろうか、高熱で溶けた岩盤の一部がガラス状になっていて踏むたびに小さな破砕音を立てる。


 その空間の中心にそれは鎮座していた。


 真っ赤に躍動した心臓と例えるべきだろうか。


 首が痛くなるほどに見上げる巨大な深紅の岩がゆらゆらと幻炎を纏う。


 その炎が描くのは生前の龍の似姿だろうか。


 深紅の岩の表面には、全体から見れば僅かではあるが、確かな存在感を持つ深い青さを持つ氷の武具の破片らしき物が張り付いている。


 よくみればその武具は岩全体を押さえ込む位置に埋め込まれた要石となって、一種の魔法陣を形成している。


  

『来たか邑源! 喰わせろ貴様の血肉を! 我らの同胞から強奪した力を! 我を縛り付けるこの忌々しい楔を解き放つためにも! 我が肉体を取り戻すために!』 

 


 幻炎龍が吠えると共に、空気が一瞬熱を帯びるが、すぐに氷の武具が光り輝きその熱を押さえ込む。



「ふん。無駄に吠えるな赤龍。お前はナーラグワイズだな。数多の勇者と船を沈めた伝説の赤龍の名が泣くぞ」



 相手が伝説の龍であろうとも、巨大国家の王族だろうともケイスは変わらない。


 生物ならばその格の違いを魂から感じ、思わず萎縮するであろう咆哮を受けても涼しい顔で返す。


 傲慢なる龍よりもさらに上を行く傲岸さを発揮する。それがケイスだ。



「力を削がれた今の貴様では、私の相手をするにはいささか力不足だ。その封印は解いてやるからしばらく黙っていろ! その後で私に斬らせろ!」



 ケイスはただ龍を倒したいのではない。


 正々堂々戦って倒したいのだ。


 真正面から挑む事に、自らの力を、相手の力を全力にしてから挑む事にこそ意味がある。


 ならばまずは転血石となってもまだ力を持っていたナーラグワイズを封じるために、先祖達が命がけで施した封印であろうとも、今の自分の邪魔となるのであれば排除するだけだ。


 戦闘狂としての本能に突き動かされるケイスは、あえて迷宮特性【思考簡略化】にその身を預ける。


 ナーラグワイズを封じるのはルクセライゼン四宝の鎧。その元は始母ウェルカが作り出した自らの龍体を元にした武具。


 本来は反発し合うはずの異なる龍種の肉体を繋げたのは、エーグフォラン王の神業的技巧による物と容易く推測できる。


 だがそれは無理矢理に繋げた、この世の理に反する理。


 より正しい理が、神が定めた法則がこの世界には存在する。


 ならば火龍ではなく、人にして龍たるケイスの肉体により馴染むのが道理。


 今のケイスには魔力を使う術はない。


 魔力は自ら捨て去っている。


 理を曲げる為の魔術は使えない。


 だがケイスの狂気は、天才性は、その理さえも凌駕する。


 ただ戦いたい。ただ斬りたい。強き者と。全力の龍と。


 剣士としての思いだけで、すべてを捨て去り、1つを掴む。

 

 左手の千刃手甲を高々と上げたケイスは、ぼろぼろになった即席鎧ごと自らの体を切りつける。


 ドワーフ工による特殊合金は、あっさりと鎧もどきを破壊し、のみならず肌を裂き、無数の鮮血の流れをケイス自身へと刻み込んでいく。



『なっ!?』



 気が狂ったとしか思えない自傷行為に、龍であるナーラグワイズさえも驚き声を失う。


 ケイスを止めるルディア達も、常に共にあって制止するラフォス達もいない。


 だからこれこそがケイスの素。ケイスの本性。


 化け物という言葉でさえ生ぬるいこの世で誰も理解が出来無い、理解が出来るはずがない理外存在。既知の外をゆく者。 


 

「ぐっぐぁっぁ! うん! いいぞ! 思い通りに動く! これなら刻める! 魔力がなくとも使える!」



 全身に走る激痛へ耐え、自らの血肉にまみれながら、ケイスはそれでも笑う。心底楽しそうに。


 思いの様に剣を振るう事こそケイスの望み。ケイスの願望。


 その思いの元に振るう剣は、不可能を可能とする。


 かつてカンナビスで、ラフォスもケイスの血を用いた魔法陣をもって、やって見せたのだ。


 ならば出来ぬはずがない!



「始母様、ベザルートお爺さま借りるぞ! 龍王魔術【龍体生成陣】!」



 かつて失った魔力によって二度と使えぬはずの奇跡を。


 理外の外に存在する龍を超える龍王の魔術を。


 この世において比類無き最高の魔術触媒たる自らの血肉を用いて、自らの体を魔法陣とする狂気の沙汰をもって、呼び水として成し遂げる。


 ケイスの全身を用いた魔法陣が完成すると共に、赤龍転血石に埋め込まれた四宝鎧が共鳴を起こすと、瞬く間に微細な氷の破片となってケイスの元へと集い、鎧として再生成を始める。


 費やしたのは僅か数瞬。


 うっすらと漂った冷気を放つ靄と共にケイスの全身は、深青氷で出来た全身鎧に覆われる。



「ふむ。少し血を流したが、まぁまぁか。先祖とはいえ他人の魔力を使ったにしては前よりは上手くいったな」



 鎧の所々には龍をもした意匠が刻みこまれ、鱗状の防御が独特の形状を形成する全身鎧を動かして、ケイスは動作確認ついでに体のダメージも確認する。


 全身に痛みはあるが、龍と対峙するために必須となる鎧の代償と思えば安い物。


 体力と血を大分持って行かれたが、戦闘をする程度の余力は十分に残してある。


 左手部分はケイスの意志に基づき、元の千刃手甲をむき出しにすることが出来たが。どうにも相性が悪いのか、腕の動きに互いが少し干渉するのが少しばかり難点だ。


 もっとも最初にウェルカに習ったときは、どうにも鎧のイメージが上手く出来無くて、全身を覆う氷の彫刻といった形になってしまったので、それから考えれば格段の進化だ。


 鎧に満足は出来無いが、龍と戦える良い機会だ。文句は言うまい。

 

 さて準備は整った。後は戦うだけだ。



「待たせたなナーラグワイズ。さて斬ってやる。掛かってこい!」



 楔を解いたことで勢いを増しより鮮明になった姿を醸し出す幻炎龍に向かいケイスはどう猛で楽しげな笑みを浮かべる。 


 だが当のナーラグワイズは困惑の極みにいた。



『な、なに者、いや! なんだお前は!? なぜ邑源が! 赤龍の力を宿す貴様が青龍の気配まで纏う! なぜ人が龍の魔法を! 龍の最秘奥である龍体生成を使いこなす!』 



 ナーラグワイズの声に宿るのは困惑、そして恐怖だ。


 今目の前に起きた事実を、事実として受け入れる事が出来ない非常識な事態への拒絶反応だ。


 理を壊す存在。この世の理ではあってはならない存在。


 あり得ないことを、あってはならないことが、理解できない存在が、知らぬ恐怖が目の前に現れた、生物ならば誰もが持つ未知への恐怖だ。


 だがナーラグワイズはそれに気づかない。生まれて初めて味わう恐怖という感情に、それが恐怖だと理解が追いつかない。


 自分がしでかした行為が他者にとって何を意味するのか、それを理解しながらも、ケイスは気にしない。


 むしろ困惑し恐怖する相手を無理矢理戦場に引き出すために、抗うしかない殺気を叩きつける。


 それは絶対捕食者が放つ獰猛すぎる殺気に他ならない。



「ふん! ならば答えてやろう! 我が真名を! 私はケイネリアスノー・レディアス・ルクセライゼン! 龍殺し邑源、そして深海青龍王始母ウェルカの血族を受け継ぎし末の娘! お前の天敵だ! 私に喰われたく無ければ抗え赤龍!」



 絶対に生かしては帰さない。逃さない。その決意を込めた真名を名乗ったケイスは、幻炎を纏う転血石を破壊するために、食い破るために極上の笑顔で襲いかかった。  

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