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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
監獄少女と悪夢の島
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監獄少女と極上の餌

「特別監獄棟区画は船着き場から見て島の反対側だとよ。通常は内部通路でいけるが、今回は避ける。中の囚人や看守の様子がわからないってのもあるが、途中の門や警備用魔導具が今の状況下で正常稼働しているか疑わしい。となりゃここが一番早い」



 管理棟から持ち出してきた、島全体の見取り図や警備網資料などの子細が記されていたが、特別棟に関しては区域のみの表示。内部に関しては極秘扱いで白紙状態。


 特別棟に出入りする資格を持っていた看守たちは、軒並み連絡途絶で行方不明か、昼間の戦闘でケイスによって斬り殺されているので、伝聞さえ期待できない。


 しかも特別棟に繋がる通路も警戒態勢が厳重となっており、途中にも検問所や隔壁がいくつも設けられている状態で、ロッソが選択した移動経路は、船着き場から海岸沿いをすこし歩いて到着した岩場だった。


 月明かりに浮かび上がるのは、切り立った崖。外海と直結しているためか、島にたたきつけられた波が、大きなしぶきを上げている。


 道など皆無だが、ロッソの選んだルートにケイスは気づく。



「崖渡りで行くか。だがこちらにも警戒網があるのでないか?」



 ここが切り立った崖で海に落ちたら、強い波によって岩にたたきつけられてひとたまりも無かろうとも、足場となる場所があるならば、近接戦闘を得意とするケイスにとっては無限の道があるのと変わらない。



「警報装置はあるが、並の人間じゃここで自由に動けない。白銀狼がへばりついたやつを捕獲するって流れだったようだが、群れのリーダ格を嬢ちゃんがぶち殺して喰っちまっただろ。生き残り残りは完全服従状態になっている。邪魔は入らないなら、嬢ちゃんなら最速で行けんだろ」  



「当然だ。島との連絡途絶で、夜には戻ってくるはずの護送船も戻らず、状況を確認しにロウガから新たに船を出すとして……到着は明け方くらいか。数時間程度の余裕はあるがのんびりしてはいられんな」 

  


 月光の下、懸念の表情を浮かべた美少女風化け物は、思わず目を奪われる名画のような雰囲気を醸し出すが、それを額面通りには受け取れないほどにはロッソも、ケイスとの腐れ縁が長くなっている。


 ちょっとした考え違いの差違が命取りになりかねないので、ロッソは一応の確認をする。



「一応聞くけど嬢ちゃんが心配しているのってなんだ? 調査船か」



 今島周辺の海域は大きく荒れている上に、魔力障害を巻き起こすほどに濃い龍の魔力が漏れ出している。


 状況を確認するために島に接近してきた船が転血炉動力船であれば、魔力暴走を引き起こして停止、漂流ですめばいいほうで、最悪爆発沈没も十分に考え得る。


 だから調査船が来るまでに、魔力発生源である赤龍の転血石をどうにかする必要が生まれているのだが、



「当然だ。どうせ私が何かしたかと考えて、アレかナイカ殿が来るであろう。そうしたら獲物が捕られるではないか。喧嘩を売られたのは私だぞ。私が斬るのが道理だ」



 顔をしかめ拗ねた子供そのままの表情でケイスはいつも通りのケイス節を発揮する。


 極めて自分本位で、傲慢にして傍若無人なケイスにとって問題は船では無く、その船で島に来るであろう人物達の方だ。


 彼らが乗っている以上どうとでもするだろうと、船自体の心配はしていない。


 龍が生身で健在であるならば別だが、魔力のみの存在であるならば、多少やっかいだろうとも上級探索者であるソウセツやナイカなら簡単に対処できる。


 さらに言えば、ケイスが斬りに行こうとしてもどちらかに拘束されるのは火を見るより明らか。


夜明け前までに斬りに行かなければ、せっかくの龍の魔力と戦う千載一遇の機会が無くなる。そちらの方がケイスには一大事だ。



「相変わらず初見じゃ理解しがたい考えしてんな。あっちはあっちでクソ忙しいから、ソウセツさんかナイカさんを最初に送り込んでくるか博打だけどな」



 今更ながらにケイス護送ジャンケンで負けたことをロッソは悔やみながら、止めるべきかと判断に迷う。


 二人のうちどちらか一人が来ればいいが、いきなり大駒を投入するほどの余裕は今のロウガ治安警備部隊にはない。


 ケイスは確信しているようだが、ロッソの予想では正直五分五分といったところか。



「……どっちにしろ早めに動いて損はないか。俺が先行するから嬢ちゃんが後から来てくれ」



結局悩んだ所で状況は変わらない。判断を先送りにして情報収集を最優先するのが無難。


 なによりケイスの戦闘能力は破格。


 魔術を使えない魔力変換障害という欠点はあろうとも、現時点でこの島でロッソに次ぐ実力を持つ強者かつ、背中を任せるに十分な程度には信頼が置ける。それにどのみち今は魔術が使えない状態。


 何をしでかすかわからないリスクもあるが、ケイスを遊ばせているよりも、戦場に投入した方が格段に攻略が早くなるのは確かだ。



「うむ。見たところかなり壁面がもろい、ロッソの後を素直に追うと崩落に巻き込まれる恐れもあるから、少し後方の斜め上で崖渡りをするがそれでよいか?」



 探索者としてケイスの実力を評価し現実的な判断をしたロッソに、ケイスも我が意を得たりと嬉しげに頷いて見せた。



「問題ない。ただこっちはまだいいけど、裏側に回ると月明かりが隠れる。崖の途中には、周辺海域を見張る監視所や採掘した屑石の捨て場もあるようだから、そっちに監視の目が配置されているかもしれないから、極力発見されないように明かりは使わないでいくから、片目はつぶって夜目に慣らしとけ」



 最低限の注意をしたロッソは、愛用の長棍を背中に担ぐと、長身の割に身軽な動きで次々に足場を飛びわたって崖を渡りはじめ、ケイスもロッソに続き、崖に向かって飛び出す。


 最初に足場とした出っ張りは見た目は頑丈そうだったが、ケイスが足をかけた瞬間にぐらつくが、慌てず即座に次の足場へと飛び渡る。


 ケイスが離れると同時にカボチャほどの大きさの石が壁面からはがれて、月明かりに照らし出される海に落ちていくが、波音が強いので水音は聞こえてこない。


 海底火山が隆起してできた島だから、ケイスが思っていたよりも相当にもろい岩肌のようだ。


 故郷である離宮のあった龍冠も、湖の中に浮かぶ切り立った孤島で、周囲は高い崖となっていた。


 祖母や従兄弟な従者に見つかったらものすごく叱られるので、隙を見て密かに崖を上り下りする練習はしていたが、そのときはもっと堅い足場ばかりだったが、ここは勝手が大分違う。


 ケイスが選んだ足場の三つに一つは崩落して落ちていく。しかしその一方で、ロッソの方はそのような事はなく、安定した岩場を確実に渡っている。


 それこそ大人と子供ほどの体格差があるうえに、ロッソの方が重装備を身につけているのに対して、ケイスは血で汚れた拘束囚人服と適当に拝借してきたナイフが数本と、細身の長剣のみだから、どちらが有利かなんて考えるまでもない。


 それなのに重量のあるロッソの方が安定しているのは、経験や選別眼の差と見るべきだろう。


 となればケイスがすべきことは、その技術を少しでも見て盗むこと。


 自らを高める自己鍛錬に貪欲なケイスにとって、己を上回る者は、何よりも極上の餌。その動き方や足場の選択を、ケイスは注視し、模倣をはじめる。


 一方で後方からの視線に気づいたロッソは、薄ら寒い感覚を覚えていた。


 ロッソは人族ではあるが、その師匠はエルフ族であるナイカだ。


 野外訓練と称して、難所を散々連れ回されたので、このような切り立った崖で狩りをしたこともよくある。


 今は難なくこなしているように見える崖渡りの技術も、師であるナイカの動きを目で追い、実戦し、時間を掛け必死で覚えた技術だ。


 だがケイスはそのロッソの努力をあざ笑うかのように、一つ飛ぶ事に、その技術を瞬く間に吸収し我が物としている。


 先ほど波音に混ざりかすかに聞こえていた崩落音も、3つに1つから、5つに1つとなり、10に1つになりと、あっという間に成長し、行程の半分ほどを来た段階で全く聞こえなくなっていた。


 すでに月明かりは島の向こうに隠れ、周囲は真っ暗闇となりロッソでさえ足場の選択に苦労するというのに、かすかに聞こえるケイスの足音は、どこか余裕さえ感じさせるほどに軽やかだ。


 ケイスがロウガに姿を現した初めての頃から、なんやかんやで顔を合わせているが、その成長率は異常の一言。


 無理無茶無謀が擬人化したかのような性格で、骨折ならかわいい物で、利き手を失うなど何度も大怪我を負っているのに、その力は下がる所か、1つ難関を越える事に格段に跳ね上がっていく。


 遠からずケイスに、力で抜かれるという予感をロッソは覚えていたが、そこに嫉妬という感情は生まれない。


 嫉妬とは他者と己を比べるから生まれる感情。だがケイス相手には生まれない。


 自らの後ろを追う者が、ケイスが、人や探索者という型枠では収まらない別種の存在、化け物だと改めて認識し、とりあえず今は、それらの恐怖を抱くであろう感情を頭の片隅に押しやっていた。

 

 ロッソが恐れを水面下に押しやっていると、少し先の壁面から、でこぼこした自然の物から、煉瓦らしき人工物へと入れ替わっているのが見えてきた。


 飛び渡ってきた距離からしてそろそろこの辺りが特別監獄棟のある区画のはずだ。


 後ろ手に回したハンドサインでケイスへと状況を知らせたロッソは、横移動から垂直移動へと方向を変える。


 そのまま少しだけ蹴りあがっていくと、崖から飛び出したテラスらしき物が見えてきたのでそこへと音もなく飛び移った。


 ケイスもロッソに続いて到着し、すぐに周辺警戒を開始する。


 全体が監獄となっているこの島は実務優先で作りも無骨な建物が多かったが、このテラスはやけに細かな装飾がほどこされた華美な作りだ。



「他国の王族クラスの流刑地にもなっている、その辺りのお偉いさんの幽閉先か。調度品も相当な高級品で固められている。ここが特別棟で間違いないな」



 テラスから室内をそっと覗いてみると、檻房と呼ぶよりも王侯貴族ご用達の宿の一室といった広々とした部屋には、テラスと同様に、装飾の施されたベットやナイトテーブルが置かれている。


 室内には荒らされた形跡はないが、物音は聞こえず、ベットからも人の気配も感じられない。


 この異常事態に室内で息を潜めている可能性もあるが、罠の可能性もあるかと慎重に確かめているロッソを尻目に、なぜかいら立ちを見せた馬鹿が動いた。







「おまえが気づくのだから私も気づくに決まっているであろう! 面倒だから引っ込んでろ! すぐに斬りにいってやる。おとなしく待っていろ!」



 無造作に立ち上がり扉を蹴破ったケイスが、室内に向かって吠えると、作り付けのクローゼットが内側から破壊され、何かが飛び出てきた。 



「邑源! 我をぐろ!」



 扉を突き破って姿を現したのは赤鱗の竜人。だがその口上が終わる前に、詰め寄ったケイスは一刀で唐竹割りで切り捨てる。


 両断された竜人は何か言おうとしていたが、聞く価値もないと顔をしかめたケイスは、持ってきた長剣が今の一振りだけで刃こぼれがひどく使い物にならなくなった事に気づき、さらに不機嫌になる。



「いきなり殺すな。せめて最後まで話を聞いたらどうだ。ちょっとは情報が欲しいんだからよ」



 奇襲に対して十分に警戒していたのか、ケイスも気づかない間に長棍を抜いていたロッソも、激怒しながら向かってきた竜人と、それを一切の躊躇無く一刀両断して殺すケイスという組み合わせにさすがに驚きの表情だ。 



「昼間に今のとやり合ったが、こちらの話は聞かんし、つまらんだけだ。大振りすぎて話にならん。全く私相手に本来の戦い方も出来ないのに、自ら手を晒してどうする。楽しみが減るではないか」



 ケイスはつまらないだけだと断言し、竜人の死体から武器をはぎ取り出す。


 腰を見ればぶら下がった長剣の柄頭にはやはり宝石が埋め込まれており、そのうちの地味で小さな石の1つは血の色をしていた。


 これもやはり看守が変化した存在の一人だろう。


 その石をナイフで念入りに砕いてから、ケイスは軽く一振りして重心を確かめる。


 切れ味優先で見た目はいいが、やはりもろい。切れ味は腕でカバーするので、もう少し分厚さと頑強さがほしいところだ。



「それで着いたはいいがどうする? この辺りに竜人の気配は他に感じない。いても操られた連中だけであろう。だが昼間みたいに正気を戻すに海にたたき落としたらさすがに死ぬぞ」



「すこし時間があったから、時間変化型の麻痺薬を配合した。時間で成分が変わる大型魔獣狩り用だから、強力だが後の副作用が心配ってリスクはあるが、半日くらいは効果が持つはずだ。これをぶち込むから極力殺すなよ」



 なぜ竜人の気配を感じるとか、海に落とした位で正気に戻るという説明にも納得はしていないが、秘密主義のケイスにつきあって、一々気にしていては埒があかない。



「うむ。ならば任せた。私はとりあえず片っ端から怪しい箇所を斬って、研究所とやらへの隠し通路がないか確かめる。では行くぞ!」



「もうばれてるから今更だが、一応隠密行動で行く予定がぶちこわしだな……しゃあーねぇ派手にやれ嬢ちゃん!」  



 開き直ったロッソに背中を押されたケイスは、宣言通り気になった箇所に向かって剣をぶち込み、壁を突き破り、書棚を突き貫き、天井を切り落とす家捜しという名の、破壊活動を開始した。 

   

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