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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
未登録探索者の帰還
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未登録探索者と湯上がりの適度な運動

「くぅっん……ん~湯につかれるとは嬉しいな。ミノトスを斬る際は痛みなど与えずに斬ってやることにしよう」



 魔禁沼を出てすぐ側にあった安全地帯の中央部にはほどよい適温の湯が沸き出す泉があった。


 天然の露天風呂に浸かりながら、ケイスは手足を伸ばして、疲労を湯の中に溶かし出す。


 脱ぎ捨てた服や防具は、適当にもみ洗いしてから、地熱で温められた岩場においてあるので、朝までには乾くだろう。


 長い黒髪を適当に縛っていた髪留めもはずして、大の字でゆったりと湯に浮かぶ。


 身に纏うのは、赤龍鱗がついた額当てと、右手で掴む羽の剣だけ。


 熱を好む火龍であるノエラレイドと、水を好む水龍であるラフォスの両者にもこの心地よさを味わせてやろうという心遣いもあるが、この2つを身につけているのは一応の警戒という事もある。


 迷宮の安全地帯である休憩所にはモンスター達は近寄れないが、ほかの探索者達がいつ訪れるか判らない。


 そしてその探索者達が、ケイスが憧れを懐いていた、誰もが良識を持ち、弱き者達の力となる高尚な人物達では無いというも、世間知らずだったケイスといえどさすがに理解していた。


 特別区の安全区域といえど、ここも人の世の法や、良識を外れた迷宮内。誰にも知られず悪事をこなす外道探索者達もいると知ってしまった。


 ケイスは己の理にそぐわねば、人の世の法も理も無視するが、そんなケイスが抱く理は、幼稚な、子供だましのお伽噺の正義。


 己の優れた力は、己が好きな者達を護るためにある。


 それは亡き母が、生物としての枠さえはみ出した異質な力を持つ娘に施した、化け物がかろうじて人の世で生きるための祝福にして呪いだ。 


 

「ふぁぁっ。眠る前に甘い物が欲しくなった。ノエラ殿その辺に林檎でも生えてないか?」



 お湯に温められて眠くなって瞼の落ちかけた目を擦りながら、周辺の目隠しになっている森の中に、果物の木が無いかと尋ねる。


 持ち歩いていた飴玉もなくなって久しい。血の滴る生肉は好きだが、やはりそれだけだと飽きも来る。甘味を求めるケイスに、


 

(俺の熱探知は形や大きさまでは把握できても、それが食えるかどうかは判らん。実のような物が出来ている木ならいくつかあるが味は保証しない)



「ん~実際に食べてみれば判るから問題無い。いくつかもぎ取ってくるか」



 迷宮内で鋭くなった感覚がノエラレイドを通して、暗い森の中の植生を熱感知で浮かび上がらせる。


 拳ほどの実がいくつかなった木を数本確認したケイスは、湯から上がると裸身のままでカンテラを持って、その木の根元まで行って見上げる。


 しかし見上げた木になっている実は時期が違うのか、青くまだ未成熟で、食べても甘みなど無さそうな代物だった。


 始めから無いならまだ諦めもつくが、一度期待しただけにより欲しくなってしまう。



「むぅ。こそっとロウガに戻って買ってまた潜るか」



(そこまでするなら素直に一度戻れ。あの街は迷宮の入り口に監視所がある。帰還は絶対に漏洩する。無理に突破しようとすれば、余計な騒ぎを起こすだけだ)



「むぅ。それならロウガ方面以外の街か。外輪山外に小さな村や街がいくつかあったな。あちらならば、ロウガのように迷宮への出入り口を常時監視するほどの人手は割けてないから無人だ」



 周辺地図を頭の中に呼び起こし、行ったことはないが探索者達の拠点となる街や集落があった箇所を思い出す。


 比較的安全な特別区経由では現在地から1日ほどかかるが、迷宮内を近道で抜けていけば数時間でつく。



「手持ちのお金があまりないが、迷宮で狩った物をいくつか売れば問題はないか。アレも売ってしまうか。趣味ではなかったしな」



 ケイスが指すアレとは双頭大蛇から得た天恵宝物の中身で、小振りだが色取り取りの宝石が施された儀式短剣。


 一応剣の形はしているが、どちらかといえば装飾品の類いだ。



(宝石が多く造形も良い物だが、嬢は龍の血を引くわりに宝物を集める癖はないのか?)



 武闘派だが龍らしく光り物を好むノエラレイドとは違い、ケイスは完全なる実用主義。


 欠点があっても、切れ味や耐久性、もしくは取り扱いやすさ等、どこかに秀でていれば集めても良いが、宝石装飾短剣の売りはその華麗さだ。

 

 宿った神印もどこの弱小神かは知らないが、その神印から美術を司る大神一派の眷属神だとまでは判る。武器としてよりも、美術品として見出されたのだろう。


 迷宮外での探索者の切り札としての使い方もあるが、それを問題無く使う為にはどこかの支部で探索者として登録が必要。


 今はまだロウガに帰還していないので、身分的には未登録探索者のケイスにはでき無い話だ。


 売るだけなら足元を見られるが、非合法な買い取り屋の1つや2つくらいそこそこの大きさの街で探せばあるだろうし、場合によっては気にいった探索者に安めで売っても良い。



「美術品は興味ない。一応は短剣だから使えなくも無いが、すぐに壊れそうだから好かな……なんだ?」



 どこかに熟した実は無いかと諦めきれず気もそぞろに答えていたケイスだが、認識範囲外から現れて、こちらに向かってくる2つの熱反応を捉える。


 2つは寄り添うように走っているらしいが、片側が怪我をして血でも流しているのか、点々と小さな熱反応が現れてはすぐに消えていく。


 そのすぐ後に複数の熱反応も出現。どうやら前者の者達を追いかけている。逃げる者も、追いかける者もどちらもその形から人種でモンスター達ではない。



「岩場まで服を取りに戻っている暇は無いな。このまま行く」



 用心としてカンテラの火を消して、気配を忍ばせながら物陰を音をたてずに屈みながら移動して、休憩場所へと繋がる道の脇の草むらに潜んで、そっと様子を窺う。

  

 素肌にちくちくと刺さる雑草が気になるが今は無視だ。


 みてみると先に逃げていた二人は、脇から出血して膝をつきながらも、包囲する者達を槍で威嚇する中年男性探索者。


 その背後で庇われるのは、20を越えたくらいのまだ年若い女性。女性の方は背負った旗指物から、迷宮内で探索者相手に行商を行う、どこかの迷宮商人ギルド所属なのが見てとれた。


 追跡してきたのは6人。どれも若い男達だが、服装がやけに威嚇的であまり雰囲気が良くない。どこかごろつきめいた雰囲気は、彼らが真っ当な探索者ではない何よりの証拠だろうか。


 しかし気になるのは、槍を持って入る男と、包囲している男達が同じギルドに所属するギルド印を持つことだ。


 そしてそのギルド印は……



「はぁはぁっ。手こずらせやがって……おい、おっさん。あんた自分の娘はどうなってもいいのか? それともそんなぎゃっ!?」



 とりあえず状況はよく判らないが、何か言おうとしていたリーダー格の男の背後からそっと忍び寄ったケイスは先制の一撃として、重量増加させた羽の剣の腹で問答無用でぶん殴る。



「はっなっ!?」



 いきなりリーダー格を襲ったケイスは返す刃で二人目、三人目と相次いで脇腹へとたたき込み、顎を跳ね上げ、無力化する。


 

「なんだこのガっ!?」



「どこからでっ!?」



 ようやく四、五人目がケイスの事を認識するが、既に遅い。羽の剣をしならせ四人目の鎧の端に引っかけ、そのままぶん回して五人目に向かって投げつけて一気に二人をのし倒す。


 最後の1人はまだ判断力があったのか、それとも臆病だったのか、一人目がやられた瞬間に即時に逃亡していた。


 小石も多く裸足のまま今から追いかけるのも少しきつそうなので、次にあったときに斬れば良いとその背丈と顔だけを脳裏に強く刻み込んでおく。



「歯ごたえが無いな。探索者ならもっと即時に反応をすれば良い物を」



 あっさりと五人を無力化したケイスは不思議に思い首を捻る。


 仲間が襲われているのに、なぜ正体を探ろうとするのか?


 自分だったら。とりあえず斬り倒してから判断するというのに。


 

(娘……せめて状況を把握してから襲いかかったらどうだ?)


   

 今の身は剣であるからこそ、主たるケイスの意図には素直に従うが、状況も成り行きも確かめず、襲いかかる野生っぷりにラフォスは苦言を呈す。


 これで非が逃亡者側にあったら目も当てられない。しかも1人を逃して放置状態。


 下手をすればケイスの手配書が作られてもおかしくない事態だが、ケイスには緊張感があまりになく、いつも通りだ。



「安心しろお爺様。このギルド印は護衛ギルドの1つで、なにやらロウガ周辺で人さらいみたいな怪しげな事をやっている連中で、前から斬ってやろうと思ってた連中だ。それに殺していない。だから問題無しだ」



 前にフォールセンの屋敷で養生中に暇を持てあまして、ロウガの近況報告を読んでそのうち斬ってやろうという不埒な連中をあぶり出していたが、このギルドも縁があったらケイスの斬ろうと思っていた組織の1つだ。


 護衛ギルドとは名ばかりの金次第で何でもやるごろつきで、金貸しやら地方領主と結託して、闇奴隷市場に関わっているという噂もある。


 もっとも下っ端をやった所であまり意味がないし、とりあえず話が出来る程度の半死半生状態で留めているのだから、ケイスとしてはむしろ穏便に済ませた方だ。



「あ、やべぇ……天使の……お迎えかよ……わ、わるいニーナ……父ちゃん……」 



 出血が激しかったのか意識も朦朧としている中年探索者ががくりと倒れながら、なにやらケイスをみて死の前に見る幻だと思ったのか、涙を流している。



「ちょ!? おっさん! しっかりしろって! って言うかあんた誰!? なんで裸!?」



 一方で怪我は無いが、走り詰めで顔も青くした商人娘の方は倒れた男性を心配しつつも、迷宮内で現れるには予想外過ぎる救いの神の姿に混乱状態だ。


 

「うーん。手当もしたいし、面倒だからとりあえず落ちろ」



 混乱状態の商人娘の顎先を、比較的やさしめに殴り倒して気絶させる。



「ノエラ殿。後詰めの気配は?」



(無いが。嬢なんでこの娘も殴り倒した?)



「ん。ぎゃあぎゃあ叫いてられて、この男の治療が遅れて死なれても寝覚めが悪いであろう。簡単に気絶させただけだし、温泉にでも放り込めばすぐに目が覚ますであろう。とりあえず全員あっちに運ぶか。ついでにこっちは運びやすいように手足は外しておこう」 



 無造作に答えたケイスは気絶している男達の手足を、間違って折ってもいいかくらいに適当に関節を外して無造作に畳んで、男達が持っていた袋に詰め、首だけ出した運びやすく抵抗できない状態に手早く処置する。



(ラフォス殿。この者達も人種で一応は嬢の同族ではないのか。しかも嬢は馴れすぎだと思うのだが)



(気にくわない者は人扱いしない。盗賊や山賊の類いのように、その場で首を撥ねないだけまだマシな手段だ)



「別に今回は私や私が知る者が何かされた訳でないからな。この二人がこの者達を殺したいほどに憎んでいたとしたら、私が殺してしまっていたら申し訳ないであろう」



 2匹の龍にどこか倫理観がずれた答えを返しながら、二人と5つの荷物をケイスは露天風呂の方へと手早く運び始める。


 何せ手早くやらなければ、せっかく暖まったのに湯冷めをしてしまう。 

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