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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
下級探索者(偽装)と燭台に咲かす華
36/81

下級探索者と迷宮に眠る刀

「ファン。後もう少しで時間だ。頼む」



「まったくケイスの無茶はいつものことだが、付き合わされるこっちは面倒なことこの上ない」



 懐中時計を見て時刻を確認したウォーギンの合図に、ぼやいたファンドーレが両手を広げ、部屋中央で稼働中の魔法陣外周部の床に刻むべき線を光で描いていく。


 この光自体は魔法陣には直接的な影響は無く、新たな魔法陣を引くための目安だ。


 事前に何度も図面を確認はしていたが、こうやって実際に描かれた図形を見ると、その複雑さを皆が改めて実感し、誰かが緊張からか息をのむ音が響いた。


 ここの床は自然修復能力を持っており、傷をつけても数秒で直ってしまう特殊素材。床に刻み込まれた魔法陣用の魔力導線を、床諸共に破壊しても修復されてしまう。


 そこでケイスが提案し、ウォーギンが考えさせられたのは、床に刻んだ傷が消える時間までの4、5秒の間に、元の魔法陣の不要部分を削りつつ、新たな魔力導線を刻み込んで、魔法陣へと改竄式を刻み込んで、自己破壊魔法陣+下層に溜まった魔力を一気に放逐する物へと変えるという常識外れにもほどが有る作戦だった。


 

「いやーほんと。ボクとしてももう少し楽な手がないかなって思うんだけど」



 緊張しないためわざとなのか、それともあくまでもいつも通りなのか、面倒気な口調で身体をほぐしながら尻尾を揺らしたウィーがファンドーレに同意する。


 だがその全身を覆う純白の毛は、言葉とは裏腹に気合いはしっかりとみなぎっているのか逆立っている。


 ルディアが作ったウズラの卵ほどの大きさの柔らかなカプセルを両手に持てるだけ持って、カプセルを割らないように、鉄さえ切り裂く鋭い爪は引っ込めている。


 

「御山の姫。中央は俺が確実に壊すので、周囲はお任せいたします」



 ウィーの隣に立つ熊の獣人であるブラドがやけに畏まった口調で、拳を握り締めて目を細め標的たる魔法陣中央部へと目を向ける。


 部屋の中央を上下につらぬくガラス筒内では、今も水が轟々と音をたてながら下に流れ落ち、その周囲には積層型魔法陣がしっかりと展開されたままだ。


 好古の作った特製の符が表面には貼り付けてある両手の手甲を、ブラドは軽く打ち合わせる。


 

「りょーかい。ただその呼び方は止めてウィーで。外で呼ばれたらどこに人の耳があるか判らないんだし」  



「承りました。ご無礼ながらウィー殿と呼ばせていただく」



 出来たらその口調も止めて欲しいのだが、どうやら故郷の出身らしいブラドにこれ以上の譲歩を求めるのは酷かと思い、ウィーは諦める。


 何せ故郷では白虎は生き神扱い。こうやって前線を任せてくれているだけブラドはまだマシなほう。


 他の地元関係者なら、危ないので下がっていてほしいと、絶対に戦闘には参加させてもらえない。


 ロウガに向かう前、山を抜け出す直前に、ある事情から探索者になりたいと言った時には、お気持ちはお察ししますが、お考え直しくださいと、丁寧にしつこくそれも何十人ものお付きに懇願されて辟易させられていたほど。


 だからむしろケイスの人使いの荒さは、ウィーには新鮮な物で、言葉では面倒くさがってみせ、実際にも少し面倒ではあるが、無茶な頼みが信頼の証だとも判るので、やる気が刺激されていた。



「うげ……こうやって改めてみると相当きついな。セイジいけるか?」



 魔法陣を刻む役目を受け持ったレミルトは弓の弦を確かめながら、腰の矢筒一杯につまった矢を鳴らし、ファンドーレが描いたウォーギン謹製の改造魔法陣の複雑さに改めて、眉をしかめる。



「未だ少し慣れませんが、与えられた主命であるのならば、必ず果たして見せましょう」



 傍目にはその距離感からサナとは恋人同士としか見えないのだが、本人達的には相も変わらない主従関係を頑なに維持するセイジは、ケイスから譲られた赤い刀身を持つ大太刀。火鱗刀を顔の横辺りに持ち上げ刀身を寝かせた、霞の構えのまま静かに答える。


 大量の赤龍鱗で出来た刀身は今は一つの大太刀の基本形状をとっているが、よく見ればその刀身全体が魔術薬によってうっすらと濡れる。


 ウィーとブラドが魔法陣破壊組だとすれば、レミルトとセイジは魔法陣作成組。



「おまえな。こんな時くらい主命とか言ってないで、ちっとは姫さんを気遣ってやれよ。こいつが失敗しないって自信の表れだってなら良いけどよ」



 どうせ数秒で修復ができるので、目的の場所を壊すのに失敗すれば、仕切り直しと行けるかもしれないが、魔法陣作成は一発勝負。

 

 下手に刻み込んで違う形を描けば、下の魔力にどんな悪影響が出るか判らない。


 それこそパーティ全滅さえ十分考えられるのだが、いつも通り通常の答えを返すセイジに、レミルトは呆れながらも感心していた。



「姫。これで最後やも知れぬ。セイジ殿と熱き抱擁でもかわしてはいかがか?」



 一方少し離れた位置で気休めの防御陣を敷いていた好古は、緊張の色を見せるサナを楽しげにからかっていた。


 一歩間違えれば死という状況下で開き直ったのか、心なしか額の角もつやつやと輝いているように見えるほどに楽しそうだ。  


 

「必要ありません。このような所で死ぬつもりはありませんし、どうせ記憶に残すならせめてもう少しムードのある場所といたします。ここは些か風情に欠けますでしょ」

 


 ちょっと前ならば、このようなからかいには、わたわたして慌てていたが、パーティを組んでそこそこ経って慣れて来たのと、これが好古なりの緊張を解きほぐすための気づかいだと判ったサナが珍しく冗談で返すと、槍を構え、足をグッと沈め、背中の翼にゆっくりと魔力を満たしていく。


 ケイスが、サナに求めたのは正確無比な魔術操作を伴う槍の一撃。狙う先は見えぬ先への一点集中。ファンドーレが予測した地下水路図をもう一度頭の中に描き出していた。



「で、ケイス。あんたが珍しく引き立て役を受けた真意は?」



「適材適所だ。私の今の剣技では地上部まで一気に貫くのは難しいし、出来たとしても崩落を起こして地上に大きな被害が出るやもしれん。サナ殿とファンドーレの力があれば被害は最小限と出来るであろう。足りない物は仲間と補うのが探索者だ。ガンズ先生もそう言っていたであろう……あむ」



 気迫が入ったサナの横顔を頼もしげに見ていたケイスは、好古と同じく最悪の展開になったときの気休めとして防御魔法陣を展開していたルディアからの質問に答えつつ、懐から出した飴玉を口の中でかみ砕いて一気に飲み込む。


 本当なら口の中で転がしてしばらく甘みを楽しみたい所だが、魔法陣破壊に最適な時間までカウントを取るウォーギンの手信号はもう1分を切っているので仕方ない。



「適材適所ね……いざって時に後方待機しかでき無い自分が嫌になるわね」



 自分の実力ではギリギリの状況では足を引っ張るだけ、こうやって後方で役に立つか心許ない防御陣を張ることしか出来ないルディアがやりきれない嘆息を落とす。


 

「何を言う。ルディはサポート役として優秀ではないか。皆を束ねる役をここまで果たして、今も魔法薬も作ってくれたではないか。十分役目を果たしてくれた。後は斬るだけ。ならば剣士である私に任せて、安心してみていろ」



 何を嘆くことがあるのかと不思議に思いきょとんとした顔を浮かべたケイスは、心の底からの賞賛を口にする。


 同年代の異性から同じようなことを言われたなら、一発で心を奪われてしまうかも知れないが、同性しかも年下の親友からの台詞となると、ルディアとしても返すべき反応に困る。



「あんたは……じゃあいつも通り、私の命は預けるわよ」



 結局返答に困ったルディアは、ケイスが一番喜ぶであろう、ケイスを信じるという意思を言葉として示して見せた。



「うむ。任せろ。守る者がいる方が、私は……いや我等は強いのだぞ」



 ルディアからの信頼に大輪の笑顔を浮かべて答えたケイスは、右足を大きく引いた半身の体勢となり、羽の剣を左逆手に構え顔の横まで持ち上げ、柄頭に軽く右手を当てた独特の構えを取る。


 これはケイスがもっとも得意とし、そしてもっとも修練を積んだ突撃技【逆手双刺突】の基本構え。


 この構えから派生する技は数多くあり、状況が変わった際にもすぐに対応が可能となる構えでもある。



「20秒前だ! 19……18……17」



 ウォーギンが大きな声で伝え、カウントダウンと同時に両手であげた指で示していく。



「サナ殿。邑源の戦始めの古語は知っているであろう。合わせるぞ」



 ウォーギンの声と指を注視しながら、ケイスは隣に並び立つサナへと提案する。


 邑源の技を使う者達は、負けられぬ戦いの前には、何時もその言葉を唱え、必勝を誓い、そして勝ってきた。


 言葉とは力。言葉として積み重ね、実際に成し遂げてきたという事実が、言霊となり、力となる。


 だからこそケイスは、常に技名を、唱え、唱えられないときでも心の中で強く叫ぶ。


 それは過去からの最後の一押しであり、ケイスが未来へと渡す力。


 過去に成し遂げたという実績が、斬ったという事実が、守ったという結果が、ほんの少しだけの力となり、至らない状況を覆すかもしれない。


 この世界へ刻み込む力として、ケイスは、邑源の使い手達は常に唱えてきたのだ。



「……判りました」



 祖父ソウセツからその意味や理念を教わってはいたが、何となくではあるが、今の自分にその言葉を口にする資格があるのか、過去の使い手達の意思を継ぐ力を持つのかと、恐れ多さを感じ、サナは実戦で口にした事は今まで無い。


 だがケイスの誘いにサナは少しばかり悩んでから頷く。


 もしそれが僅かでも力となるならば、それが自分の守るべき物を守る今の力となるならば、唱える時は、今ほどにふさわしいときはない。



「「……帝御前我等御剣也」」



 ケイスとサナ。異口同音。剣と槍。異種武器。されど同じ心を継ぐ邑源の誓いが強く、強く響き渡る。


 我等はどのような戦場であろうと常に帝の前に立つように、守り、勝つ。


 必勝不敗の言霊が、凛と響き、制御室を満たすと同時に、ウォーギンが最後に残っていた右手の小指を倒しながら右腕を大きく振り下げる。



「0! いけまずは破壊だ!」



 その合図で真っ先に飛びだしたのはブラドだ。そのすぐ後にウィーが続く。


 獣の速さで駈けるブラドの両腕に力が込められ、その鋼のような筋肉がさらに膨れあがった。


 魔法陣の縁で高く跳んだブラドは一瞬で天井へと到達し、その天井を強く蹴って逆さとなって蹴り降り、魔法陣中心部部屋の上下を貫くガラス筒のすぐ脇の床へと、稲妻のような轟音と共に手甲に覆われた両手による力任せの両手突きをぶち込む。


 技と呼ぶのさえ烏滸がましい技巧の欠片さえない一撃。だがそれはまさに獣による絶対無比の破壊の一撃。


 ケイスの剣戟でさえ僅かに傷つけるだけだった床を、中央の魔法陣を維持するために床に刻まれた魔力導線諸共、大きく粉砕してみせる。


 しかしその破壊の力は、見えない壁に阻まれたかのように、時に不自然に方向を変えながら広がっていく。


 手甲に貼り付けた好古の手による符は、限定された範囲だけに破壊力を伝播する力を持つ。


 両手が産み出した格段の破壊力の伝播は、魔法陣中央部全体に広がり、その一部を見事に無効化して見せた。


 さらにそこへウィーが続く。


 ブラドに続き跳んでいたウィーは、天井近くで逆さになるまでは同じだったが、その足の力と戦闘用サンダルから姿を覗かせる厚いナイフのような爪をもって天井へと張り付く。


 眼下に見下ろすはブラドが産み出した両手突きによって、いくつもの部位が欠けた魔法陣。


 だがこれではウォーギンが思い描いた図には、まだ残った魔法陣が多すぎる。


 両手を振ったウィーは、両手に抱えていた大量のカプセルを魔法陣外周部に向けて一気に投擲。


 床に着弾したカプセルが弾け、中に少量だけ入っていた粘度のある液体が、床に刻まれた無傷の魔力導線に付着し、そこから魔力を奪い、さらに魔法陣を歯抜け状態へとする。


 カプセルに含まれていたのは、ケイスが用いる魔力吸収液。


 周囲一体の魔力を無差別に奪う爆裂ナイフと違い、単一の目標魔術だけを消しさる目的で作られたウォーギン謹製の特注品だ。


 次の手のために、どうしても残さなければならない部分だけは残し、それ以外を完全に無効化するために、ウィーに指定された着弾位置は37にもなる。


 並の者ではこの短時間で、それだけの数の目標に正確無比に当てるのは困難すぎる。


 だがウィーは、ケイスが、本人が本気を出せば今の自分より強いと認める者。


 一つも外すこと無く見事に成し遂げてみせる。


 ブラドの広域破壊。そしてウィーの精密破壊。


 二つの破壊をもって、魔法陣を無効化してみせるが、それは床の自動修復が済むまでの僅か数秒の時間。


 その数秒の奇跡を無駄にしないため、思い描いた通りに魔法陣が破壊された事を、長年の勘と才能で一瞬で判断したウォーギンが、挙げたままだった左手を振り下ろす。


 その腕が振り下ろしきる前に、レミルトとセイジが同時に動きだす。


 目にも見えぬ早業でレミルトが次々に矢をつがえ早撃ちして、魔法陣の外周部、ファンドーレが光で描いた目印へと、矢を着弾させる。鏃の先には、ブラドの手甲と同じように好古が作った符が突き刺さっている。


 2秒も満たず矢筒は空となり、全ての矢が外周部に円を描くように突き刺さると、一斉に炎を上げて符が燃え上がる。


 突如生まれた炎は不自然に形を変えて、文字や図形を作り出していく。


 ケイス提供による龍血由来の魔力を含む炎が描くのは、新たな魔術式。今ある魔法陣を強制的に変貌させ、全く別の効果を生み出すための手順書。


 だが新たに描かれた炎の魔法陣と、元からある光の魔法陣はどこも接触していない。ただファンドーレが引いた光の線だけがその両者を繋げるための道を描く。


 道を繋げるのは、セイジの役目だ。


 レミルトが矢を打ち始めたのと同時に、セイジは霞の構えから鋭い突きを一度だけ打ち放っていた。


 ただの一突き。だがセイジが構える刀は普通ではない。


 龍の血によって狂ったかつての勇者達千人以上を贄として産み出された呪術刀火鱗刀。


 分散した火鱗刀の赤龍鱗は一つ、一つが鋭い刃であり、そのどれもが魔術液で濡れている。


 さすがに千を越える赤龍鱗を一度に操作するのは、セイジの技量を持ってしても今は無理だ。火鱗刀の刃渡りの内8分の1にも満たない刃先だけが、刀身から分離し宙を駈けていく。


 飛ばせた赤龍鱗の数は、本来の数からすれば少なすぎる。


 しかしケイスほどでは無いが、セイジもまた剣の才を持つ天才。


 今宙を飛ぶ赤龍鱗はセイジが操れるギリギリ限界の数。この短時間の間に、セイジは今の自分が使える火鱗刀の限界を見極め、そして今使いこなしてみせる。


 火鱗刀の刃である赤龍鱗は、ファンドーレの描いた光の線を正確無比になぞり、床を削り、そこに魔術薬による道を描き出す。


 魔術薬の効果はよくある、魔法陣製作の際に用いる基本的な魔力伝導薬。


 炎が描き出す魔術式と光が描き出す魔法陣。そして火鱗刀が刻んだ道が一つへとなる。


 それはブラドの最初の一撃から5秒にも満たない時間の間に行われた妙技。


 その間も床は常に修復され続けていく。


 この魔法陣が形を維持できるのは、砂時計の砂粒が一つ落ちる時間にも満たないだろう。


 だがこの破壊魔法陣を考え、施したのは、天才魔導技師ウォーギン・ザナドールだ。


 それだけの時間があれば何の問題もない。


 空中へと展開していた所々がぬけた積層魔法陣を描く光が、一瞬にして炎の魔法陣へと切り変わる。


 同時に床の修復機能が無効化。魔法陣の書き換えが完全有効化され、魔法陣を描く炎が崩壊しながら、もう一つの機能を発動させる。


 炎が崩れだすと共に制御室全体が不気味に振動を始めた。


 見れば部屋中央の、ガラス筒の中では先ほどまで止まること無く流れ落ちていた水の流れが止まっていた。


 ウォーギンが新たに魔法陣へと刻み込んだ破壊式以外のもう一つの効果。


 それは制御室の下層に溜まった魔力を危険なレベルで大量に含んだ水を逆流させ、地上に向かって打ち上げるという機能。


 その改造魔法陣の元となったのは、始まりの宮にあった都市上部を覆ったぶ厚い溶岩台地を吹き飛ばし脱出する為に、太古の人達が命がけで産み出しながらも、結局は果たせなかったあの魔法陣になる。


 始まりの宮の魔法陣は純粋な魔力爆発が産み出した破壊力を上部へと集中させる効果を持っていたが、ウォーギンはそれを改良し、打ち上げる対象を魔力を含んだ水としている。


 既存の魔法陣をしかも全く別種の効果を持つ魔法陣と掛け合わせるなど、普通はできないがその常識を、ウォーギンの才能、そしてケイスがもたらした龍血という合わせ技が成し遂げる。


 だがそれは同時に大きな危険をはらむ行為だ。逆流させる水には大量の魔力が含まれている。


 そんな高魔力水が地下水道に流れ込めば、生息するモンスター達にどのような影響をもたらすが予想が出来ず、モンスターの大量発生や、高位モンスターへ変貌する事もありうる。


 さらに高魔力水が居住区域まで到達すれば、人への影響も当然として、魔具等に反応してより大きな被害をもたらす災害となる事さえありうる。 


 それらの被害を防ぐため、ケイスが提案したのは、実に単純な物だ。


 燭華へと集中させて打ち上げればいいという。


 今の燭華は住民全員が避難した上に、真夜中に起きる発光現象に備え、魔力防壁を展開準備した厳戒態勢。


 夜中に発光現象が起きる時刻に合わせてこの作戦を行えば、被害は最小限に抑えられるというものだ。


 燭華への被害や、唯一その燭華にいるであろうソウセツへの心配にしても、ケイス曰く『建物は直せばいいし、アレがその程度でどうにかなるならとっくに私が斬っている』と乱暴にもほどがある答えを平然と返していた。


 もう一つの懸念であった厄災人形を構成していた霊団は、どうやらこの数日で放出されきっていたらしく好古が調べてみたが、反応が見られず、とりあえずは安全だろうという結論に達していた。


 残った最終的な問題はどうやって燭華へと、水の流れを集中させるか。そしてそれこそがケイスとサナの役目だ。



「ケイス! 姫さん! 来るぞ!」



 不気味な振動は水が逆流を始めた証拠だ。ウォーギンの最後のかけ声と共に、ケイスとサナが部屋の中心を上下を貫くガラス筒に向かって、走り、飛翔する。


 先行したケイスが未だ燻る炎の魔法陣を一足跳びに跳び越えて、ガラス筒に向かって飛びかかる。



「邑源一刀流! 逆手双刺突! 鎧砕き!」 

   


 ガラス筒へと刃先が当たると同時に、何時もは掌底を打ち込む動作を変更し、柄頭に合わせた右手を回しながら闘気を送り込む。


 食い込んだ刃先が激しく振るえ細かな振動がガラス筒全体へと伝わり、さらにヒビをいれて砕き始めた。


 鎧砕きは非殺傷技。名前通り闘気を乗せた超振動をもって相手の意識を失わせつつ、身に纏う鎧だけを砕く特殊技。


 ケイスがガラス筒全体を砕き、むき出しとなった水流を、サナが極大化させた昇華音暈で包み込んで、地上部へと向けて風の道を作り水を導く。


 そして皆には言っていないが、ケイスの秘策はもう一つある。


 ケイスの持つ羽の剣に宿るのは水を操る水龍。先代深海青龍王ラフォス・ルクセライゼン。


 魔力を大量に含んだ水であれば、ケイスが魔力を持たないために普段は使えないラフォスの龍王魔術も行使が可能となり、ある程度は流れも操作できる。


 そこにウォーギンの魔法陣とサナの技を合わせれば、確実に地上の燭華限定で、高魔力水を導けるはずだと確信を抱いていた。


  

(っ!?)



 だがそのケイスの目論見は崩れ去る。


 刃先がガラス筒内の水に触れたことで、ラフォスがその水路構造を把握しケイスへと教えてくれたのだが、そこにはファンドーレも予測していなかった仕掛けが一つあった。


 この部屋の少し上に水の逆流防止弁がついていると。 


 構造、そして水が伝える感触からみて相当に頑丈で、このままでは逆流した水は行き場を無くし、割った筒から溢れ出しこの部屋に満ちてしまうと、一瞬で答えが思い浮かぶ。


 自らの命、そして仲間の危機に対処するため、ケイスは高速思考を発動させる。


 一瞬が無限に変わる中、必死に取るべき道を探し出す。


 サナの昇華音暈でしばらく持たせれるか……不可能。水の力を導くことは出来ても抑えるには風の壁では弱い。


 爆裂ナイフを打ち込み逆流防止弁を吹き飛ばすか……不可。水中では破壊力が減退し、確実な破壊が出来ない。魔力吸収物質を撒くことになるのでサナの昇華音暈への影響大。


 自分が水の中に飛び込み斬るか……不可能。いくらケイスといえど、魔力を持たぬ身では、高魔力水の中では意識を保つのさえ難しい。


 数百の可能性を考えても切り開く道を見出せない。


 そしてこの状況下で何時も思い浮かぶ答えが強く囁く。


 魔力を取り戻せと。


 魔術さえ使えば何のことはない。


 制約を無くしてしまえば、魔力さえ取り戻せば、剣となった為魔術行使に限界があるラフォスに頼らずとも、始母ウェルカに授けられた龍王魔術をもって、下層にある水くらいの量であれば己の意思で自在に操れる。


 それどころか魔力その物さえ己の身へと取り込むことも造作もない。


 皆を救うため、自分の命を拾うため、魔力を取り戻せ。


 甘い囁きは何時ものこと。


 だが今回はさらにもう一つの声が聞こえる。


 我を取れと。


 その囁きに気づいてみれば、いつの間にやらケイスのすぐ側に不可思議な箱が、迷宮主を倒すことで現れる神の印が宿る宝物【神印宝物】を宿す宝箱が浮かんでいた。


 どうやら魔法陣=迷宮主という予測は正解だったようだ。


 魔法陣自体は完全に崩壊しきってはいないが、その形を完全に変えたために、既に討伐が出来たと判断されたようだ。


 そしてケイスを呼ぶ声は、宝箱の中から響いてきた。


 それで判る。剣士だから判る。この中には剣が眠っている。ケイスの才覚を存分に発揮できる神の認めた宝物剣が。


 宝箱へと手を伸ばし剣を取れば、魔力を取り戻さなくとも、この状況を打破できる剣が触れるという確信をケイスは覚える。


 だがその両者の呼びかけは、今の状況を打破する二つの選択肢は、ケイスにとって、極めて不愉快かつ怒りを覚える物であった。



(私を舐めるな! 魔力も新しい剣もいらん! 今の私ではでき無いと断言した、私を侮辱した巫山戯た道を、私が選ぶと思うな! 迷宮神ミノトス!)



 今この時迷宮の宝をもたらしたのは、他の誰でも無い、ケイスが世界で一番嫌う神。ケイスを幼い時から迷宮へと閉じ込め、そしてケイスの邪魔をしてきた迷宮神ミノトス以外に存在しない。


 出来ない? 


 守れない? 


 そんな巫山戯た話があってたまるか。自分は天才だ。そして誓いの言葉を口にしたのだ。


 だから出来る! 出来なければならない!


 なぜなら自分は剣士だ!


 今の実力でこの窮地を脱せないというのならば、今この一瞬で! 


 音よりも速く! 


 光よりも速く! 

 

 万物よりも速く! 

 

 神の意図よりも速く! 


 強くなればいい。それだけだ! 


 余計なちょっかいを掛けてきたミノトスへの怒りが、ケイスを激怒させ、その才覚を最大までに発揮させる。


 あり得なかった道筋を、生きるための手段を脳裏に描ききる前にケイスは動く。

 

 右手を胸元に当て親指と人差し指、小指と薬指のそれぞれの間に短剣を挟み込み引き抜く。


 燃え上がる心臓、そして熱く躍動する丹田。両者から産み出した激しい怒りに燃える異なる二種の龍の闘気を、精密に操り引き抜いた剣それぞれに込めた。


 異なる龍種の闘気を宿る剣を弁の目前でぶつけることで発生させた石垣崩しによって、弁を破壊すればいい。


 あの技ならばあの程度の弁くらいは簡単に破壊できる。


 だがこれは、水の中にただ投げただけでは、ケイスの腕力を持ってして、上にある弁までは届かないと、先ほどまでの高速思考の中で何度も結論づけ、無理だと諦めた手。


 その無理を越えるためには……やはりここは先達の技を借り受けるしかない。


 一対のナイフを握った右腕を振りあげると共に、脚力に物言わせて振りあげた右膝を、右腕に打ち込みさらに加速させながら、割れたガラス筒の隙間から上方へと向かって水中へと打ち込む。


    

(邑源流投擲術! 双龍黒鶫!)



 一対の矢をもって放つ弓術の無音高速技である黒鶫は、矢の周りを闘気で囲み、空気を切り裂くのでは無く空気を押しのけ、矢の向かう先に真空を産み出し撃ち出す高等技術。


 ケイスが放った二本のナイフも、自らが進む僅か先の水をこじ開け真空を産み出す事で水の抵抗を無くし、一切濡れることも無く飛翔してみせる。


 僅かな距離ではあるが、絶望的な距離を一瞬で駆け上がった投擲ナイフが、逆流防止弁の前で初めて互いに接触し、そして各々に閉じ込められていた異なる龍種の闘気をぶつけ合い、膨れあがらせ、小規模な爆発を引き起こし、一発で弁を粉々に破壊してのけた。


 技は成功したが自分を馬鹿にされてムカムカとしたままだったケイスは、そのまま宝箱へと右手を伸ばして中身を引き出しながら、後へと続くサナのために道を空ける。


 ミノトスがもたらした宝剣へ、お前がいなくとも成し遂げてやったと見せるために。


 事前には予定していなかったケイスの突然の行動に多少は驚きながらも、先ほどまでの手合わせでケイスがなにをやっても驚かないように少しだけ慣れていたサナが、退いたケイスと入れ替わる。



「邑源槍流昇華音暈!」

   


 両手で構えた兵仗槍を天を突き破れと言わんばかりの勢いで上に向かってサナが裂帛の気合いと共に突き上げる。


 その背中の翼が産み出した竜巻がみるみる巨大化し、兵仗槍の穂先からケイスが割ったガラスやさらに中の水諸共に外側から包み込み制御室内にあふれかえらないように押さえ込み、地上に向かって道を作り出し始めた。


 さらに産み出された風の道を追いかけ、水がものすごい勢いで逆流を始め出す。制御室の振動はますます酷くなりまともに立っていられないほどに揺れ始める。


 水路の中に飛び込んで見えなくなった風の道を頭の中で描いた経路で正確になぞるためにか目をつぶったサナは、時折苦悶の声を漏らしながらも大きく翼を広げる。


 ここまで来ると上手くいっているかどうか判るのはサナだけだが、今の集中状態では声を掛けても答えるのは無理だろう。


 今は他の仲間達と同じように見守ることしか出来ない。


  

「ケイス! 大丈夫!?」



「ん。問題無い。問題があったから予定外の剣を一つ入れただけだ」



 尻餅をついたまま立ち上がれなくなったケイスを心配したのか駆け寄って来たルディアや仲間達に、あまり大丈夫ではない回答を返したケイスは右手を上げようとしてふと気づく。


 自分が右手に宝箱から引き出した剣をいつの間にか握っていたことに。


 初めて手にした剣なのに、あまりにも馴染みすぎて、持っていることさえ気づいていなかった。



「ケイス……あんたそれなに!?」 



 ルディアが不審げに出す声に改めて見てみれば、ケイスの右手は鮮血のように真っ赤な柄を握っていたが、その先端は未だ消えていない空中の宝箱へと繋がった状態のままだ。



「柄頭の印……神印宝物だな。槍か?」



 ファンドーレが指し示した柄の根元には、どこの神かは知らぬが、明らかに神印だと思われる刻印が施されていた。


 ここに出ている柄の長さだけでも既に羽の剣を越える長さだというのに、まだ刃先さえ見えていない。しかし槍にしては僅かに曲線を描いているので形状が変だ。



「ん~にしては形状が変だ。引き抜いてみたほうが早そうだ」



 立ち上がったケイスは振動の中でも身軽に一歩飛び下がって、空中に浮いたままの宝箱から伸びた柄をさらに抜いてみるがなかなかに刃部分が見えてこない。


 もう二、三歩下がってようやく刃元が見えてきて、さらにその倍は下がって、ようやく宝箱からその宝物は全身を現した。


 それは刃だけでもケイスの身長の倍以上はある巨大な刀。長巻と呼ばれる大刀だ。


 そしてケイスはこの長巻の名を、そしてそれが振るわれた光景を幻の狼牙で見知っていた。



「……長巻。神印宝物【紅十尺】だな」



 さすがのケイスも予想外の、予想外過ぎた剣が目の前にある事に驚く。


 柄も合わせた全長でケイスの身長の四倍以上、6ケーラを越える巨大な長巻。


 それは曾祖父邑源宋雪の愛刀であり、大英雄双剣の一人である大叔母邑源雪が受け継ぎ、暗黒時代を駆け抜けた名刀【紅十尺】と呼ばれた魔剣だった。   

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