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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
下級探索者(偽装)と燭台に咲かす華
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下級探索者と邑源の技

 霊体実体化魔法陣と呼ぶべき物は、東方王国時代の人体変貌魔法陣を、大英雄の1人霞朝・鳴が改造し、さらにそれを東方王国復興派がさらに手を加え、止めとばかりにケイスが落としたという龍の血肉によって無理矢理起動し、さらに迷宮化した影響で迷宮主、一種のモンスターと化した代物。


 まともに起動しているのも信じられない上に、その中心核となるであろうホノカと、火鱗刀も今は引き抜いているので不安定この上ない。


 そんな不安定な魔法陣の制御下にある下の階層に溜まった魔力総量を考えれば、このまま放置しているのが危険極まりないのは確かな話。


 下手すれば何が切っ掛けで魔力が暴走してこの一帯が吹き飛ぶか、あるいは全てが溶けて魔力に変化する混沌化と呼ばれる最悪の事態になるやも知れない。


 そんな危険状態な魔力直上の制御室に閉じ込められた自分達の命も関わるので、早急に何とかしなければならないというのは、ルディア達も判ってはいる。


 しかしケイスの提案した手段は、無茶と無理と不条理のオンパレードもいい所だ。


 龍の血肉で稼働し強化された魔法陣を破壊するには、同じく龍の血をもって魔法陣その物に破壊式を刻み込むのが確実。


 ケイスの言葉は確かに理屈として筋は通っているが、その為にどこから龍血を持ってくるかという質問に対して、ケイスが返したのは、自分の手持ちアイテムに”偶然”龍血があるという、あまりに無理筋な答えだった。



「薬師殿……増幅効果からして確かに龍血ではあるようだが、出所は触れぬ方が良かろうかの?」



 魔法陣破壊式用に新たな符を作る為に筆を走らせる好古は、先ほど墨汁に混ぜた赤黒い血を主成分とした魔術薬が入った小瓶を見てルディアへと尋ねる。


 龍の血は無加工でも触媒として抜群の魔術強化能力を持つが、他の材料と組合わせ魔術薬として調整することで、さらに術に特化した効果を引き出す事が出来る。


 ルディアが作成し渡したのも好古が用いる符に特化した魔術薬で、実際に好古が符にしてみると、何時もと段違いの手応えを感じる全くの別物となっていた。



「ケイスの場合、細かい事を気にしたらきりが無いから考えない方が良いですよ。こっちだって命が掛かってるんですから」



 もっともルディアもレシピは知ってはいたが、作成はこれが初めての品になる。龍の血肉なんて貴重品で、血の一滴だって、駆け出し店主のルディアには到底手が出ない高値で取引されるレア素材だ。


 そんな代物を、ケイスはちょっと待ってろというと、部屋の隅にある大鎧の影に隠れて、なにやらごそごそやってから、戻ってきたときには、小さな小瓶ではあるが3本も持ってきていた。


 瓶を持って帰ってきたときに、少しケイスの顔が青白くなっていたり左手の手首辺りについ今し方斬ってすぐに闘気に物言わせて塞いだばかりにしか見えない傷が有ったのは、ルディアも好古も気づいてはいた。


 人間離れした化け物だ、化け物だとは思っていたが、まさかそこまで外れているとは思わなかったのが、ルディアの率直な感想だが、同時にいくつか納得もする。


 リトラセ砂漠でケイスが手に入れた転血石が、龍を食った魔物由来の物ばかりだった事や、始まりの宮で、赤龍鱗を額から生やしていたのに常人のように正気を失わず、あっさりと剥がし取ってもケイスそのままで無事であった理由。


 何のことは無い。元から竜人よりも、龍に近しい人間なのだと考えれば色々説明はつく。


 龍を殺してその血肉を食べた者やその子孫は、龍と同様の力を得るという話はお伽噺でもよく有る話であり、実際にいくつかの龍殺しと呼ばれる一族が、人知を越えた力を持っているというのも聞いた話。


 身近な例では。ロウガが誇る大英雄の1人双剣フォールセンも、かつて青龍王を倒してルクセライゼンを建国した英雄の血をひく。ルクセライゼン皇帝一族が青目と呼ばれ、澄んだ青い瞳と、上級探索者と比べても勝るとも劣らない、すさまじい魔力を生まれながらに持つ事は有名な話だ。


 他にも西域で傭兵王として一大勢力を持つゴート家。


 中央で権勢を誇る広域魔術学の権威ライトボーン一族。


 一子相伝を称し兄弟間で凄惨な殺し合いをして後継者を決めるという、闇ギルド。ジラチート等々。


 龍殺しの一族は数はさほど多くは無いが、確実に存在し、おそらくケイスはその龍殺しの一族のどれかの出なのだろう。

 

 しかしそれを深く掘り下げる気はルディアには無い。


 ケイス自身が隠したがっているのは目に見えて判るし、何より噂に聞くだけでも、龍殺しは強い力を持つが故の歪みが生じ、どの一族も大小の差はあれ内々に色々と諍いを抱えているという話。


 下手に掘り起こしてもろくな結果にならないのは、容易に予想がつく。 


 

「あれで剣士殿はばれぬと思っているのかの」



 ルディアと同様の推論に至ったであろう好古は符に記号や文字を書き込みながら、少し離れた位置で息を合わせるためと言って、サナと剣を打ち合わせているケイスへと目を向ける。


 残りのメンバーはウォーギンを中心に、魔法陣に破壊式を刻み込むための打ち合わせに余念がなく、真剣な顔つきで稼働中の魔法陣の傍らで作戦会議中だ。


 ケイスが地下水道に落ちて大怪我をした話は、詳細はともかく、同期内や街中でもある程度は知られている。


 真相はもっと複雑な事情があるようだが、今判っている情報からだけでもケイスが落とした龍の血肉とは、おそらく己自身の物だろうと2人は見抜いていた。


 

「馬鹿ですけどそこまで大馬鹿じゃ……無いと思います。卑怯な言い方ですけど、私達を信頼しきってますからあの子」



 いくらケイスといえどさすがにあそこまでバレバレな状況や態度で誤魔化せるとは思っていないだろうが、微妙に言い切れない不安も覚える。


 なんと言うか悪い意味で世間慣れしておらず、元より他人を省みないケイスは、人の機微に疎い。


 本気でばれていないとか、誤魔化せていると思っているのも否定しきれないが、ルディア個人として、気を許した者には甘えるというか、甘いケイスの性格もあるだろうと考えている。


 龍の血として用いる事が出来る血肉を持つ人間。それは聖獸と呼ばれ特殊能力を持つ白虎族のウィーすらも凌ぐ価値を持つ。


 しかしそんな自分やウィーの秘密を、命を預け、預かる仲間達は濫りに口外しない、利用しないと、無条件の信頼を寄せている。


 ケイス本人の経歴や過去は色々と複雑怪奇な物があるのだろうが、その当の本人は人間離れした能力や、常識をうち捨てた思考はともかく、性格自体は、激情家ではあるが、単純で人なつっこい子犬じみたものだ。



「姫には剣士殿とはあまり関わらぬ方が御身の為と忠告していたのだが……やれ私も立派に巻き込まれてしまったようやの」

 


 元々逸楽至上主義的な所がある好古は、逃げられないならばいっそ楽しんでしまおうかとでも思ったのか、諦め半分の息を吐き出しながら、どこか楽しげに筆を走らせる速度を上げた。









「くっ!」



 仲間達が準備に余念が無いなか、息を合わせるためという名目でケイスと剣と槍を交合わせていたサナは、改めてケイスと自分の力量差を痛感させられていた。


 間合いではサナの兵仗槍の方が勝る。だがケイスの技量は、倍以上はあるリーチ差を物ともしない。


 自在に形状を変える羽の剣は、突きだした穂先に文字通り巻き付き絡みついて、油断すれば一瞬で両手から弾き飛ばそうとする。


 槍を失わないために強い力を入れれば、その瞬間にケイスは絡めた剣を支点にして縦横無尽な技を放ってくる。


 それは羽の剣の加重能力とサナの力も用いた豪快な投げ技であったり、逆に自らが飛んでサナの関節を捻り外そうとする関節技であったり、果てには羽の剣を最大加重化した状態で槍を拘束したかと思えば、両手を離して徒手空拳の組み打ちであったりと、セオリーなど全くなく、仕切り直すたびに、攻め方を自在に変えてくる。

 

 一手一手が全く異なって混乱しそうになるのに、一体これでどこが息が合うのかと思わなくも無いが、ケイス曰く『私が何をしてもサナ殿は迷わず槍を振るえ』との事。


 つまりは何をしでかすか判らないケイスの剣技を間近で見ても一切動揺せず、最高の一手を放つため、習うより慣れろという基本方針らしい。


 やたらと変則的な攻撃に偏っているのもあえてだが、その変幻自在な攻撃はケイスの力量があってなり立つ物。


 見せつけられるのが純粋な力の差ではなく、完全な技量の差。年下のケイスの攻撃を、読み切れず防げず、一方的にやられるサナのプライドは、今更ながらにぼろぼろもいい所だ。


 ただこのままやられっぱなしで、根を上げるのはサナとしてもあり得ない。


 少し癪ではあるが、ケイスが今回の切り札としてサナに要求してきた技を放つ体勢に入る。


 槍を間断なく突き続けながら、同時に背中の翼にも意識を向け、風を呼び起こす。呼び起こすのは魔力を含んだ小さな竜巻。魔力を持たないケイスにとっての弱点たる魔風を、ケイスから見えない背中側に巻き起こしさらにそれを細く絞る。


 渦を巻く竜巻の中心の太さは、サナが慣れ親しんだ兵仗槍と同じ太さとなっている。



「邑源槍流昇華音暈!」


 

 フェイントの意味も込めて技名を唱えたサナは、槍を手元に引き寄せる動作のまま、あえて穂先側で放つのでは無く、石突き側から竜巻の中に高速で突っ込む。


 同時に竜巻を操り、背中側から自分の足元を這わせ、さらには槍の穂先に警戒したケイスの足元から駆け上がり顎先に出口を一瞬で作りあげた。


   

「んっ!?」



 穂先からの攻撃を警戒していたケイスもさすがに予想外だったのか、驚きで目を丸く開きながらガードが間に合わないと読んだのか首に強く力を入れた。


 足元から蛇のように伸び上がってきた竜巻の先端から、サナが押し込んだ石突きによって押し出された高速圧縮空気の塊が一気に放たれ、ケイスの顎にアッパー気味にしたたかに打ち込まれた。


 首に力は入れていたがそれでも衝撃の強さで、二、三歩たたらを踏みよろけたケイスの首筋へと、サナは槍を突きつけた。


 

「むぅ……やるなサナ殿。昇華音暈を穂先の方では無く逆で使うか。さすが翼人のコントロールだ。教えた甲斐があるぞ」



 最初は悔しそうな顔を一瞬、浮かべていたケイスだが、すぐに満面の笑みを浮かべてサナを心の底から褒め称える。


 しかしその笑う唇の端から血がダラダラと流れていた。


 どうやら今の一撃で口の中を少し噛んだようだがケイスは一切気にしておらず、髪が短くなっても一切損なわれない美少女顔には些か似合わない粗暴さで、服の袖でごしごしと擦って済ませる。



「ようやく技の意味が判ったので使えるようになっただけです……あーもう袖でぬぐわないでください。あーんして」


  

 前にその場のノリと勢いでケイスが真名を名乗った所為で、ルディア達よりはその生まれや流れる血について知っているサナは、やたらと厄介なケイスの血が床に落ちたり、更なる厄介ごとを起こすことを嫌い、ハンカチを取り出す


 サナの言葉に素直に従いケイスは袖でぬぐうのを止めて、口を開いてみせる。


 やたらと鋭い犬歯が下唇に当たったのか一部が切れていたが、既に血は止まり、傷口も塞がり始めていた。


 どうやらケイスが傷口に闘気を回して肉体修復を優先した様子だが、ここでもサナはケイスとの技量の差をいやというほどに思い知らされながら、口の周りや袖をぬぐってやる。


 闘気を高めて全身の回復力を上げるならば、ちょっとばかり闘気操作法を囓った者なら基本技能でサナも出来るが、ケイスのように特定部位だけの肉体修復速度上昇となれば、途端に難度は跳ね上がって、中級探索者でも出来ぬ者が珍しくない高等技術。


 ケイス本人は、サナの方が年長で、剣と槍の違いはあるが同じ邑源流の使い手として姉みたいな存在だとして、ケイスなりに慕ってくれるが、サナとしては、ここまで技量で上回る規格外存在のケイス相手では、素直にその敬意を受け入れるのは、少しばかり難しい。


 一人っ子のサナは幼い頃に弟か妹が欲しいと願ったが、少なくともこんな規格外の妹を求めたわけではないと肩を落とす。



「昇華音暈はやはり風の魔術を効率よく使えるサナ殿には合っていたな。うむ。ひいお爺様、先代邑源宋雪も喜ぶな。アレとサナ殿に伝えてやってくれと頼まれていたからな。使いこなせるようになったのだからサナ殿からアレに伝えてくれ」



 後半は声を潜めながらケイスは太陽な笑顔を浮かべて力強く、我が事のように嬉しそうに頷く。


 相変わらずサナの祖父であるソウセツを、頑なにアレ呼ばわりなのは、もう諦めてはいるが、それならそれで嫌っているのか、好いているのかはっきりしてくれと思う。


 ロウガ旧市街地下で先代の狼牙兵団の亡霊に出会った時に、色々な武技や魔術知識を継承したというケイスだが、その時に現代の邑源流の使い手であり、サナの祖父である当代のオウゲン当主ソウセツ・オウゲンやサナへ失伝していたこの技の継承を是非にと頼まれていたようだ。


 邑源槍流昇華音暈。


 風の魔術によって中心が開いた風の道を作り、そこに突きを打ち込むことで、離れた目標に向かってサナがやって見せたように空気による打撃だけでなく礫や刃等を打ち込む、一撃必当の遠当て技となる。


 慣れれば風の道を分散させ一突きで、数百の目標に鋭い槍の一撃を打ち込むことも出来るというのがケイスの説明だ。



「それならそれで何故もっと詳しく説明してくれ無かったんですか貴女は。私のこの数ヶ月の苦悩は一体何のためだったのですか!?」



 笑い顔を浮かべるケイスとは真逆に、サナは怨み節を込めた声で呻く。


 ケイスは教えたと言うが、それはケイスなりの基準でだ。


 なにせ合宿所であの夜、初めて手合わせをした時には、ろくな説明も、それこそ技名さえ伝えないまま使って見せて覚えろといって、しかもその本人はその後空腹で目を回して倒れ、そのまま面倒事ばかり起こすからと始まりの宮まで寝かされる始末。


 その後も始まりの宮では忙しく聞く暇など無く、終わった後も暴走して迷宮連続攻略を始めたケイスは行方不明で連絡はつかず。


 その後も色々とタイミングが合わず、聞く機会も無く、サナがあの技の名を知ったのさえ、つい先ほどなのだ。


 だからサナが技の本質を勘違いしていたのは仕方ないだろう。まさかケイスがワイヤーを使って風の道を再現しているとは夢にも考えず、昇華音暈が遠当て技などとは思っていなかった。


 ケイスが放った謎の技が自分の槍の一撃を最適な物に修正したことから、風を纏わせ修正を施すことで最高の一撃を人為的に放つための技だと思い込み、そして何度やってもケイスが修正した一撃と同じ一突きが出来ず、今日まで悩み続けてきたのだ。


 しかもケイスが修正を施したのは、物のついでだというから余計に腹立たしい。


 何となくこうした方がより良い一撃になるからと、技を見せるついでにやっただけなのだ。



「技など見れば判るであろう。ふむ。サナ殿は難しく考えすぎだな」



 そしてこの天才児は、絶望的に人に物を教える才能が無いと来ている。


 なにせ自分は目で見ればほとんどが見抜ける剣の申し子。他人がなんで判らず、何を理解していないかさえ思いつかず、しかも習うより慣れろの実践主義者だ。



「ケイスさん! 貴女は自分が天才だという自覚をもっと持ってください! 言葉足らずにもほどが有ります!」



 ケイスの天才らしい他人を顧みぬ言いぐさにサナが切れるが、ケイスは珍しく少しばかり目を丸くすると、もう一度心の底からの笑顔を浮かべる。

 

 何が琴線に触れたのかは知れぬが、ケイスにとって、とても嬉しい何かを自分が口にしたのだと、怒っていたサナでさえ一瞬見惚れそうになる笑顔で判った。



「ケイス! 姫さん! こっちの準備は出来た。時間がないからとっとと始めんぞ!」



「ん。今行く! ……やはりサナ殿は私にとって姉様みたいな存在だな。ならば上手くいくであろう。では迷宮主である魔法陣を完膚無きまでに打ち壊そう。邑源の槍と剣が揃ったのだ。この世に斬れぬ物など無いぞ」



 準備を終え時間がないと急かしてきたウォーギンの呼びかけに強く頷いたケイスは、サナに改めて向き直り、どこまでも自信が篭もった勝ち気で好戦的な笑みを浮かべてみせた。  

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