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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
下級探索者(偽装)と燭台に咲かす華
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下級探索者と迷宮主

 予想外にもほどがあるケイスの、魔法陣起動の真犯人は自分だという宣言に、何とも言いようが無い沈黙が訪れる。


 一連の事件では、燭華からは全避難が行われ、しかも3桁に上る死傷者が出ている。死者にはケイス達の同期もいるのだ。


 だというのに、自分が龍の血肉を地下水道に落とした所為で、動かないはずの魔法陣が起動したなんて宣言は、あまりにも荒唐無稽すぎて、不謹慎にもほどがある質の悪い冗談にしか聞こえないだろう……通常ならば。


 だがその宣言した主がケイスとなれば話は変わる。


 存在も言動も、いい加減にしろと言いたいほどに巫山戯た生物であるケイスだが、本人の性格は、基本的にクソがつくほどに真面目だ。


 どれだけ常識から外れた行動であろうが、ケイス本人は大まじめに考え、常に真剣に全力を尽くした結果でしかない。


 現に今だって、ぎゅっと手を握り、悔しげに唇を噛み、その意志の強さを現す少し吊り気味の目は潤んで少し泣きそうになって、必死に我慢しているその様を見れば、ケイス本人は、自らの宣言が真実だと信じ、同時に悔いている事が痛いほどに伝わってくる。


 同期が犠牲となったことで、一番怒っていたのはケイスだ。しかし、その大元が自分であった事に少なくないショックを受けているようだ。


 沈黙が続く中、いつの間にやら仲間の目線が自分に集中していることにルディアは気づく。


 黙っていても話は進まない。どうにかしてくれと訴えてくるプレッシャーに負けたルディアは、何となく答えが判っている質問を口にする。



「ケイス……1つだけ聞くけど、わざとじゃ無いんでしょうね」  

 


「そんなのは関係ない。私が原因だ。だから私が何とかする」



 返ってきた答えは、ある意味でルディアの予想通りだ。


 つまりはなにも詳細が判らない。何時ものケイスの秘密主義な答えだ。



「あんたは、ほんとにいつもいつも」



 ルディアは小さく息を吐く。


 わざとじゃないや、何らかのやむにやまれなかった理由をまくし立て、言い訳を重ねるような性格なら、あまりにトラブルメーカーなのでとうの昔に縁を切って見捨てられるのだが、こういう時にはなにも語らない癖に、自分の非だけを認め一切の弁明をケイスがしない所為で、ルディアは友人関係を続けてしまっている。


 生まれや過去も含めて、隠し事があまりに多すぎる所為もあるのだろうが、自分が悪いと全面的に受け入れた上で、なんで起きたという経緯ではなく、起きたから解決するという結果を最重要視しているからという事もあるのだろう。

 

 詳細は一切話さないが、あまりにも頑なで、真剣なその顔をみて、ケイスの言葉には嘘が無いと、ルディアを含め仲間全員が納得してしまう。


 何かがあってケイスが、龍の血肉を地下水道にまいたのが今回の事件の発端なのだと。



「ウォーギンの説明を聞いている内に迷宮主も判った。私は今からそれを斬って全てを終わらせる」


 

 ぐしぐしと乱暴に涙が浮かびかけていた目を擦ったケイスは、怒りを押し殺した声で殺気混じりの宣言をする。


 だがその脈絡の無い話にさすがに皆驚く。今までの会話の中で、どこに迷宮主を特定する要素があったのか不明にもほどがあるからだ。

 


「待て待て。説明した当人の俺がまだ判ってないだが、どういう意味だよ」



 斬ると口にしたときのケイスが何をしでかすか判らないのをよく知っているウォーギンが、さすがに暴走状態に入るのは見逃せなかったのか、少しでも勢いを殺し手綱を引くために率直に尋ねる。



「あの魔法陣だ」



 ケイスは右手に持った羽の剣で部屋の中央を指し示す。その切っ先が捉えたのは、部屋の中央で今も変わらず光り続けている巨大積層型魔法陣。


 火鱗刀を失い、ホノカも奪われたというのに、今も尽きぬ事無き魔力を蓄え光り輝いているが、それを迷宮の主、迷宮主と呼ぶにはさすがに無理がある。


 迷宮主といえば、どれもが巨大な化け物と相場が決まっていて、常に命がけの戦いを強いられる絶対的強者というのが、探索者に限らず、人々のイメージ。


 しかしケイスが迷宮主だと名指しした魔法陣は襲いかかって来るわけでも無ければ、形を変えもせず、ただそこにあるだけだ。


 ケイスの突拍子も無い発現に疑問を覚える顔を浮かべる者もいれば、逆にはたと気づいたのか手を打つ者もいる。



「ガンズ先生の講義でも言っていただろ。迷宮主とは、その迷宮で最強にして、迷宮の特徴その物だと。ファンドーレ、魔法陣が迷宮主だった実例としてカンナビスゴーレムを噂として知っているが、他にもいくつかあるか?」



「カンナビスゴーレムか……ゴーレムとついているがその本体である迷宮主はゴーレム構築魔法陣だと言う話だったな。他にノーライド銀狼陣や海王魔法陣辺りもあるな。それに魔法陣に限らず、魔具が迷宮主となったという話ならばいくつもあるな……どうしたウォーギン、ルディア」



「……ごめん。気にしないで」



「あーいや。そういえば有ったなって思っただけだ」



 すぐに思いつく有名所をいくつか例に挙げたファンドーレだが、ルディアとウォーギンが何とも言いがたい微妙な表情を浮かべていることに気づいて尋ねるが、2人は曖昧な返事を返す。


 2人の反応は当然と言えば当然だ。そのカンナビスゴーレム魔法陣が3人の目の前で復活して、当のケイスが倒したというのに、噂で聞いたとは、今更ながら白々しいにもほどがある。


 ただしその件は色々とまずい事も重なっているので、ルディア達も他言無用と厳命されているので話すわけにもいかない。


 結局こうなのだ。今回もそうだがケイスに関わっていれば、普通ならあり得ない事態に高確率で遭遇するのだと、改めて実感していた。



「ほう。しかし例はあると言っても、今ひとつ根拠に掛けると思うが、剣士殿が確信に至った理由は?」



 そんな事情は知らぬ好古が、魔法陣が迷宮主だった実例はあるとしても、どうして今回がそうだと思ったのかという当然の疑問を尋ねる。



「うむ。ウォーギンの説明では魔法陣は東方王国時代のもの。そして改造は2回。それも古く、サナ殿の話では、2回目でさえ半世紀以上前の東方王国復興派が絡んでいるという話であったな、だがそれだと少し話が合わない件が出てくる。魔法陣の変化は1週間前にも起きている。クレファルドの人形姫が扱っていた厄災人形とやらが、あの魔法陣に取り込まれているはずだ」



「それは火鱗刀の力では? ケイスさんが戦ったというその人形は霊魂の集まりだったとおっしゃっていましたよね。ナイカ様は火鱗刀は霊魂を取り込む刀とおっしゃっていましたよね。吸い取ったのでは」



「うむ。サナ殿、指摘はもっともだ。確かに吸い込むだけならばそうだろうな。だがその後、燭華で人や物に取りつき化け物に変えるという機能は明らかにおかしい。いらぬ魂を放出し、強き魂を取り込んだ生きる鎧を東方王国復興派が秘密裏に開発しようとしていたなら、そのような騒ぎを起こす余分な機能をわざわざつける意味がない。魔法陣自体が自然と変貌したと考えた方がまだ話はわかる」


 

 東方王国復興派は当時でも非合法な地下組織。当時の狼牙兵団を復活させようと企んでいたとしたなら、あくまでも秘密裏に進めていたはずだ。


 そして彼らが壊滅した後も、ロウガ支部はここの場所の情報を誰も知らなかったのだから、秘密はずっと守られていた、もしくは知る者が全て死んでいたと見るべきだろう。


 そのまま半世紀以上、この場所は誰も存在を知らず、立ち入らず、封鎖されていた。


 そんな隠された魔法陣が自然と変化するとしたら、この空間が迷宮化したことで、魔法陣自体が生きた魔法陣へと、変貌、いわゆるモンスター化したと考えた方がまだ話が通る。


 何よりこれは口にしないが、自分の血肉を取り込んだ魔法陣となれば、意思の1つや2つ持ってもおかしくないというのがケイスの推論。



「それにそう考えればいくつかの話が繋がる。私が龍の血肉を落とした数ヶ月前に魔法陣本体が起動。サキュバス化未遂事件が起きたのは、最初の変貌魔法陣が稼働していた所為だろう。ここの魔法陣と間接的に繋がっているとおぼしき、大華燭台のガラスを用いた華灯籠を持っていた遊女や見習い達のうちから魔力抵抗が弱い者達が、己が描いた望む形。異性を虜にするサキュバスをイメージしていたかなにかで、魔法陣の魔術で中途半端に変貌。その後、この直上の燭華で、私と厄災人形が戦闘して、火龍鱗の額当てを使った影響で、火鱗刀が稼働し、鳴殿の魔法陣が起動。そして火鱗刀の稼働に伴い、東方王国復興派の魔法陣も稼働。ホノカがここに呼び戻され、さらに人形姫から厄災人形が奪われて、あの花びらの化け物達が現れるようになったという流れだ。あれの魂は芯となった者とは別に、複数の霊が集まったものだ。しかも相当に質が悪い。あれは生きる者全てに無差別な怨みを向けていた。そんな物が放出されているのだ。無差別に襲いかかっていたのはその所為だろう」



 全ては自分が切っ掛け。どれもが偶然の積み重ねだが、いくつものあり得ない可能性が重なり、最終的に今の事件が起きた。


 ならこの事件を終わらせるには、魔法陣の完全破壊しか無いとケイスは決意を新たにする。



「理屈は判った。じゃああの魔法陣が迷宮主だと仮定して、問題は物理的にどうするかだ。ありゃ普通の手段じゃ壊せねぇぞ。床に掘ってある溝から光が浮かび上がって、空中に積層型魔法陣を展開している。お前がぶち込んだ爆裂投擲ナイフ数本の魔力吸収効果でも一瞬しか消せないんじゃ、何百本あっても魔法陣を消滅させるなんて無理だ。溝がある床の方も、数秒で自動修復が終わる素材じゃ、削りきるのは難しい。それと問題はもう一つある。あの魔法陣はこの下の魔力を制御もしている。今の状態で魔法陣を消したら、下に満ちる水の中で溢れた魔力が統制が取れなくて、周囲を巻き込んで大爆発するか、混沌化して辺り一面が全部が溶ける。無論ここにいる俺らもただじゃ済まない」



 推測に推測を重ねて物証は弱いが、一応の筋は通っていると認めたウォーギンが、具体策を尋ねる。


 魔法陣は今の所は考える限り破壊不能。そしてもし破壊したとしても、下の階層につまった水の中にこれでもかとたまった魔力が制御不能状態になれば、直上にいる自分達は無事では済まない。



「ふむ。だからだ。ウォーギンお前が第三の改造を施せ。魔法陣の外に新たな術式を組み込んで魔法陣を破壊しろ。具体的には……」



 いつも通り無茶ぶりにもほどがある計画を、ケイスは説明し始めた。



「あ、あんたね……いくら何でも、早々上手くいくと思うの今ので。乱暴にもほどがあるでしょ」



 ケイスの魔法陣破壊計画を聞き終えたルディアの感想は、皆の心の声を代弁する物だ。


 確かにそれならば壊せるかも知れないが、その為に越えるべきハードルは多く、しかもシビアなタイミングが多すぎる。


 ケイスが立てた計画は、パーティ全滅で済めばまだ良い方。下手したらこの直上の燭華全域のみならず、ロウガの街の何割かが吹き飛ぶ事になりかねない危険な計画だった。



「ケイ。だからほんと無茶ぶり止めてよ」



「御山の姫ならばともかく、俺ではそんな真似は出来ぬぞケイス嬢」



「ブラドとウィーさんはまだ良いだろ。俺とセイジなんて一発でも外したら失敗って状況だ」



「やれと言われればやるだけですが、さすがにいきなりの刀では難しい。しばし時間をいただけますか」



 魔法陣を破壊する実行班にケイスによって選ばれたウィー、セイジ、ブラド、レミルトがそれぞれの言葉で程度の差はあれ難色を示す。



「私の方も些か無茶が過ぎる。符を作るにしても龍の魔力相手では力不足となろうの。薬師殿の方は?」



「だから私だって手持ちの材料では難しいです。最大まで高めてみますけど、それでどうにかなるか微妙です」



「材料が揃った所で考えるの俺なんだけどな。あれは作りが単純だったがまだ良いが、絞れって簡単に言うなよな……まぁ考えるけどよ」



「通路を予測するのはいいが、外れた場合のフォローはどうする気だ」

       


 実行班よりはマシだが魔法陣破壊のために準備する物を考えて、好古とルディアは材料がかなり厳しいと異口同音に伝え、ウォーギンはいくら似たような効果だからといってそれを採用するかと呆れながら頭を掻き、ファンドーレも地下水路地図を展開しいくつも歯抜けになった部分を予測する難しさを指摘する。


 しかしもっとも無茶ぶりをされたのは、誰でも無いサナだ。



「貴女に合わせて槍を放てって、私とケイスさんの実力差をわかって言ってますか!?」



 サナにケイスが伝えた役目。それは槍で技を放てという実に簡潔であり、同時に絶対最難関だと誰もが思う無茶ぶりだ。


 何せケイスが求めるのは、自他共に認める頭のおかしいレベルの剣の天才であるケイスと、同レベル、もしくはそれより難しいタイミングで、ケイスが剣を打ち込んだ後に、サナが合わせるという、役割が逆だと声を大にして言いたい、無茶にも限界がある代物。


 

「別に無茶ではあるまい。皆ならば出来ると思ったから、採用しただけだ。特にサナ殿なら大丈夫だ。何せ私にとっては姉弟子だ。それに前に教えた槍流【昇華音暈】を使うだけであろう。ならば出来るはずだ」



 そして当の本人は、仲間の文句は一切気にもせず、いつも通り極めて真面目な表情で常識外れな計画に仲間達なら出来るはずだと太鼓判を押していた。  

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