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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
未登録探索者の帰還
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未登録探索者と戻らない理由

真っ暗闇の中、ケイスは視覚情報を捨て、額に当たる龍鱗から送られる周囲の熱情報を頼りに、温度差で浮き出る流木や動物の死骸など、沼に出来た足場を渡りながら、沼の中心へと向かい飛び渡っていく。


  

 周囲を漂う霧は未だ晴れず、淡い月明かりや星々の放つ輝きを遮る暗幕は未だ取り払われていない。


 始まりの宮や初級迷宮ならば、迷宮主を倒せば、迷宮化を解除できていたので、今回も双頭大蛇を殺したことで、霧が晴れるかと思ったが、依然環境に変化はない。



「迷宮主らしき者を倒しても迷宮が死なぬか。やはりここは既に初級迷宮ではなく、下級迷宮のようだな……ふむ。皆から逃げられたのだから結果的にはよかったか」



 同期有志一同で結成されたケイス捜索隊改め捕縛隊から、逃亡している間にとりあえず目についた赤の迷宮に飛び込んだ偶然ではあったが、今までとはモンスターの質、量、そして迷宮の難度が跳ね上がっていたのは気のせいでは無かったようだ。


 何時もなら迷宮内まで追いかけてくるサナや、ついに投入されてきたケイスが自分より強いと断言できる同期最強だがめんどくさがりのウィーも、下級迷宮までは物理的に追いかけて来られない、



(下級より先は迷宮主を倒した上で、迷宮神の印を開放して初めて完全踏破であったな。その原則はいいが、娘が下級探索者となるのは半年後ではなかったか?)



「逆なのであろう。半年後に実入りのよくなる下級探索者になるのではなく、半年間しか儲けは少ないが比較的に安全である保護された初級探索者ではいられないということであろう。ふん。底意地の悪いミノトスのやりそうなことだ」



 迷宮神ミノトスによって幼少の頃から振り回されているケイスは、ラフォスの問いに不機嫌になる答えを返す。


 半年後に下級探索者に自動でなれるのだからと油断し鍛錬を怠ったり、逆に楽な初級迷宮を簡単に踏破したからと迷宮自体を侮る。


 初級から下級に上がったばかりの探索者の死亡率は特筆するほどに高い。



「下の位階から上に至る条件は、年月経過ではなくどれだけ迷宮を踏破したか、天恵を集めたかだ。つまりは初級探索者から下級探索者に上がるのも同じなのであろう。初級探索者でいられるのに期限がある点を除けばな。私はこの一月でひたすら天啓を得た。それによって下級探索者の位階へと先んじて到達したとみればおかしな話でもあるまい」



(嬢みたいな無茶をしなければ無理な条件か。嬢以外には誰も到達できていないわけだ。もし嬢と同等の化け物がそうそういたのなら、遠からず世界が滅びていたな)



「むぅ。失礼だぞノエラ殿。それだと私が化け物みたいでないか」



((どの口が言うか))



 迷宮に滞在し続ける程度ならともかく、食事と睡眠時間以外は次々に迷宮を梯子して、迷宮主を喰いまくる生活を日常とする者を化け物と言わずなんと言う。



「私は天才だぞ。出来て当たり前だ」



 龍2匹からの同時突っ込みに、ケイスは何時もの台詞で返して頬を膨らませて抗議を返す。 

 化け物と呼ばれると腹立たしいが、天才と称されるなら我が身にふさわしい。


 本人的には上が見えているのでまだまだ納得していないが、他者からすれば既に意味の判らない神業の類いの剣を振る。


 謙遜すれば他者への嫌味になるどころか心をへし折り、道を諦めさせるレベルの隔絶した天才であるケイスに、従者でもあった従姉妹が教えた概念は、母国ルクセライゼンを支えるべき未来の優秀な騎士達を幾人も救いあげた至高の苦肉の策だ。



「ん。近いな……あれか」



 探索者の証である白銀色の指輪から感覚として伝わってくる迷宮のゴールであるミノトス神印の気配を近くに感じ取り、ケイスは速度を落として辺りを見回し、暗闇の中で揺れる小さな明かりを発見する。


 近づいてみると、沼の中心に突き出た僅かな陸地に生える古く巨大な石柱木が一本生えていた。


 その大きさや枝振りからみるに、この沼で一番の古木かも知れない。神印はその古木の枝先。僅か1つだけだが出来ていたつぼみに宿っていた。


 指輪つけた右手を伸ばし、つぼみへと触れると、神印が弾け、次いでつぼみを中心に強い風が巻き起こり、周囲を覆った霧がケイスの指輪へと激しい勢いで吸い込まれはじめた。


 霧は迷宮を形作っていた力。その力が指輪を通して天より与えられる力、天恵としてケイスの中に溜まっていく。


 近接戦闘を司る赤の迷宮で得られる天恵効果は、純粋な肉体強化や、闘気強化効率上昇。


 指輪を発端としてぽかぽかと暖かい熱気がケイスの身体を火照らせる。


 その熱と共に力の上限が上がり、そして一番の懸念である持久力が大幅上昇した感覚をケイスは感じ取った。


 同時に今まで白銀だった指輪が、鮮血のように真っ赤な色に染まる。指輪が色づくのは下級探索者となった証だ。


 そして指輪は持ち主が得意とする迷宮を現す。


 ここまで赤の迷宮しか踏破してこなかったケイスの指輪は当然のように、混じりっけの無い純粋な赤色で燦然と輝きだしていた。



「ふぅ。染まったか……ん。よい月夜だな」



 身体の中を駈け巡る熱を逃そうと吐息をもらしたケイスが、冷たい空気を求めて天を仰ぐと、いつの間にやら周囲を漂っていた霧は綺麗さっぱり消失していた。


 頂点近くにしとやかに輝く月が昇り、久方ぶりに沼地を優しく照らしだす。そしてその月明かりによって描かれた古木の影が、次の行き先を地面へと描き始めた。


 沼地の全景を現す影と、影古木の枝の先に一際明るい光が、複数ある迷宮の出口を指し示す。


 ご丁寧にも出口を指す光の横には、その地の情報も文字として浮かび上がり、探索者達が次に目指すべき道しるべとなっていた。


 そこから行ける近場の迷宮のランクや色別、さらには安心して休憩が取れるモンスターの近寄れない安全地域。


 飲める水場や食料調達が出来る動物のいる森や魚の住まう湖といったことまで細かく現れるので、この情報に命を救われ迷宮神を崇める探索者が増えるわけだ。


 もっとも迷宮神を疎ましく思っているケイスからすれば、機会があって斬ったさいに少しだけ加減してやろうかと僅かに考える程度だが。



「追っ手を考えると入り口と逆側がよいな。接続先も出来れば初級迷宮がない場所だな」



 さすがに夜も更けてきたし、ご飯(蛇心臓)を食べてちょっと眠くなってきた。どうせなら朝までゆっくり寝たいから、追っ手である同期達からなるべく離れた位置にしたい。



(娘。そろそろ諦めて戻ったらどうだ? これ以上逃げても埒があかんぞ)



 ケイスがあれこれ考えて次の行く先を考えて吟味していると、そろそろ一度ロウガに戻れとラフォスが忠告をしてくる。


 これは踏破した迷宮が30を越えた頃から、1つ迷宮を突破するごとに、毎回毎回言い続けてもはや恒例となった忠告だ。


 普通の探索者なら、複数の迷宮を踏破しなければたどり着けない奥地を除き、一度で複数の迷宮を踏破するような無茶な日程は組まない。


 どれだけ簡易でも事前準備として、迷宮を自ら下見したり、既に挑んでいるパーティ経由の情報があれば地図ギルドから買ったりと、攻略情報を集め、対策した装備を整え安全を確保し、踏破の際も無理はせず、近ければ街へ帰還したり、仮拠点を作り装備を整備し休養を取る。


 しかしケイスの場合は、その才能に任せてぶっつけ本番、迷宮主も倒しての一発クリア。しかも、調子が良いか、斬り足りなければ、一日に2つ、3つの踏破さえする時も珍しくない。


 これを可能とするのは兎にも角にも、今のケイスは戦闘継続に支障がある重大な怪我をしないからだ。


 その要因はケイス自身の力が上がった事もあるが、新しく身につけた剣技フォールセン流にある。


 今とは比べものにならない悪鬼魔獣が跳梁跋扈した暗黒時代に大英雄フォールセンが産み出した迷宮剣技は、迷宮で生き残り継続戦闘能力を高いまま維持する為に、消耗を極限まで抑えた戦い方を主とする。


 昔ならば一戦ごとに武器を破壊し、さらに自身も大怪我をして休養を余儀なくされていたケイスも、初の下級迷宮だというのに、今回負った手傷も僅かな切り傷や擦り傷。


 しかもその傷は、最後に双頭大蛇に喰らわせた自分の技である石垣崩しの余波という有様。


 さらにラフォスが宿る羽の剣を筆頭に、その武器も始まりの宮で手に入れた破格の硬度を誇る迷宮主の爪10本セット。


 食料についても問題はない。


 寄生虫の類いは、大きい物は歯で噛み殺せ、小さい物でも自分の胃で溶かしきれる。毒があっても血流操作で排出可能。


 でたらめな身体を持ち、さらに極度の悪食なケイスにとっては、恐ろしい迷宮モンスターのほとんどはご飯でしかない。

   

 身体は無事、武器があって、食べ物にも困らない。


 まさに迷宮で生きるために生まれた生物であるケイスにとって、迷宮は極度に適した生活環境だという事もある。


 だがケイスが戻らないのは、もっと根本的で、そして簡潔な理由だ。



「むぅ。しかし今戻ったらレイネ先生にものすごく怒られるではないか。何とか怒られない手を考えるまでは、もう少しいるぞ」



 最初はとりあえず迷宮をまず一番に踏破しての、効率的な天恵集めが目的だったが、ここ数週間は、保護者代わりなってくれている女医のレイネに叱られるのが嫌なので、とりあえずずるずると帰宅時間を先延ばしにしているに過ぎない。



(素直に尻を叩かれて叱られろ。もう何もかも手遅れであろう)



 理由だけは13才の少女らしい発言を返すが、それにしても逃げ込む先が迷宮はどうかとラフォスは深く息を吐くしかなかった。

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