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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
下級探索者(偽装)と燭台に咲かす華
22/81

下級探索者(偽装)と2つの祭り

 華替えの祭りとは元は華送りと呼ばれた祭儀。

 

 病死や自殺、望まぬまま押し込められた遊郭から最後まで出ることが敵わず、異国の地で非業の死を遂げた遊女達への鎮魂の儀は、大風俗街【燭華】ができる前から行われていた古い祭りだ。


 だが燭華として専用街区ができた頃から、見送るべき者達への鎮魂ではなく、新しい街区を象徴するためか、より明るい、より華やかな物とするためか、新しく遊女となった者達をお披露目する儀礼が併設して行われるようになっていた。


 すなわち古い華から、新しい華へと差し替える儀礼。華替えの祭りへと。



「あしが禿だった頃には、まだ鎮魂としての華送りも細々続いていたけど、その頃には燭華としてこの街区も出来て結構経っておたし、帰るべき故郷が有る者がほとんど。それ以前に自ら命をたつ者なんぞ滅多とおらんし、医療も充実しておったからね。そんなんで、祭儀を取り仕切とった老舗の遊郭主が引退した後は絶えとるよ。今じゃ華代わりの裏でそんな儀礼があったと知る者も少ないさね」



 煙管を片手で玩ぶ、飴屋の老鬼女が口から細い煙を吐きだす。


 どこか遠い目をしているのは、その当時にその華送りで誰かを見送ったことがあるからかもしれない。


 だがそこには深く触れてくれるなという表情と雰囲気を全身から滲ませていた。



「ふむ。その華送りの祭儀が執り行われていた場所はどこだオババ?」



「燭華が出来る前は、コウリュウのほとりだったらしいさ。燭華完成後は、朝の日の出と共に厳かに執り行われるのが華送り。燭華の本来の顔である夜に、行列を束ねて通りを練り歩き大々的に行われる華替えの出発点。そのどちらも燭華中心部にある大華公園、大華燭台の下よ」



 老鬼女が煙管で店外を指し示す。


 煙管がさす先には、建物の隙間をぬって顔を覗かせる、朝顔の象形が施されたガラス細工が施された灯光部が遠くに見えた。


 燭華では大燭台と呼ばれる大華燭台は、明かりが落とされた状態で静かに佇んでいる。


 その灯光部の根元ではちょこちょこと動く人達がなにやら動いているのは見えるが、さすがにケイスの目でも何をやっているかまでは判らない。



「あれなんかガラス部分を外してるね。おばあーちゃんあの大燭台ってここの所、夜でも光ってないけど故障中?」



 だが獣人のウィーにはこの距離でも何をやっているのかばっちりと見えていたようだ。



「華替えの時は、普段つかっとる華灯籠だけで無く、あの大燭台の華ガラスも交換する事になっとるからさね。その工事だね。華替えの最初に、再点火式を行うのが、前回の華替えから通算で一番稼いだの遊女の役割。【遊華】、燭華でもっとも最高の遊女の称号で呼ばれる事になるよ。前回それを取ったのは鳳凰楼の遊女さ。今年も取ると鼻息が荒かったが、どこぞのおぼこの所為で、一時とはいえ店を閉めることになったから、怪しいさね」



「……ケイス。あんたほんと怨み買いまくりじゃない。これ以上余計なトラブルを抱え込まないようにしてよ」



「別に抱えたくて抱えているわけじゃない。昨夜のあれは私が出来る最善手だったからだ。それよりもだオババ。あの取り外した大華燭台とやらはそのまま廃棄されるのか? 灯光部に使うならば、光を増幅したりする魔具効果も付属していると思うのだが」 



 実質的な被害だけで無く、誇りや名誉が掛かった時期に閉店へと追い込まれた鳳凰楼店主の気持ちと怒りの様を察したルディアに対して、その怒りの矛先であるケイスは、他にこれ以上良い手が無かったのだから仕方ないと悪びれずに答えるのみだ。



「取り外した古い華ガラスは、縁起物として華灯籠に使われる。これも中心部には大昔の大燭台からのおこぼれをつかっとる。後の飾り物は客に貢がせて仕上げる。その遊女の人気のほどを表す指標さね。一月もあればひとつ完成させて、次の作成に掛かる売れっ子もおれば、ついぞ次の花替えの時まで1つさえ作りきれない遊女もでるさね。そしてそんな不人気な遊女は廃業さね」



 老鬼女が煙を吹きかけた棚には、花を象ってはいるがいくつも花びらが欠けた歪な、一目で未完成だと判る古い華灯籠がぽつんとおかれている。


 棚に放置されてはいるが埃の一欠片もついておらず、金属部に錆も見えない。よほど丁寧に扱っているのが見てとれる。



「ご覧の通り完成はしなかったんで、あしもそのまま廃業さね。縁起物つってもこの様さ。おぼこが望むような魔術的効果なんてもんは期待も出来んよ……ちょっと話すぎで疲れたさね。今日は閉めるんで帰ってくれぁ」



「ん。判った。礼を言うぞおばば。ありがとうだ」



 老いてはいるが往年の美貌を窺わせる残滓を含む憂い顔をみせた老鬼女の言葉に、さすがのケイスもそれ以上の情報収集を諦め、礼を言って済ませることにした。









「結局金貨11枚って、ケイスあんたどんだけ飴をなめてたのよ。おかげでしばらく仕入れが出来ないんだけど」



 飴屋をでる際にしっかりと代金を請求されたケイスの代わりに支払ったルディアは、怨み節を乗せて空っぽになった財布を振ってみせる。


 手持ちの遊び金だけじゃ無く、薬草や薬石の仕入れにつかう運転資金にまで手をつけてしまったので、納品した薬の代金を早めに支払ってもらうか、ケイスから立て替え分が返ってこないと地味に本業がピンチの有様だ。



「ふむ。アメ代として考えるな、有意義な情報と引き替えと思えば安い物であろう」



「ボク自分の分だけ払おうか。一枚だけだけど」



 借金しているくせに何時もと変わらず傲岸不遜かつ偉そうに胸を張るケイスだが、そのケイスに無理矢理飴玉を奢られたウィーの方が、むしろ申し訳なさそうになっているほどだ。 



「いいわ。ウィーも無理矢理に食べさせられたんだから、きっちりケイスから徴収しなきゃ筋が違いすぎ。それよりケイス。今の話を聞いてどう考える?」



「ん。華灯籠それぞれにコアとして大華燭台の一部が使われている。有意義な情報であろう。ウォーギンに魔術的な繋がりを調べさせるのが良いな。ウィーもしばらくそちらの線で当たってみてくれ」



「良いけど。ケイは行かないの? ケイのことだからすぐに大華燭台を調べるって突進するかと思ったけど」



 ゆらゆらと尻尾を揺らすウィーが、尻尾の収まりが悪いのかちらりと後方へと視線を飛ばしてから、中心部にあるため通りから真っ正面に見える大華燭台へと目を向けた。



「あのな。ウォーギンが言っていたのだろう。被害者は魔術耐性が少しばかり低い者達が多かったと。少し低くても、淫魔化しているのに、私なんて魔力を持たず魔術耐性が無いのだぞ。火急に処理しなければならないならともかく、対策もしていないのに自ら危険地帯に踏み込むほど愚かではないぞ」



「個人的には火急の時で有ろうと無かろうと、その常識的な判断して欲しいんだけど、じゃあ当初の予定通りロウガ支部に行く? なら付いてくけど」



 ケイスらしからぬ常識的な判断に、むしろその後のしっぺ返しが酷いのでは無いかと逆に不安がましたルディアは、しばらく行動を見張っていようかと考えていると、ケイスは首を横に振った。



「ん。その前に少し気になる事が出来た。ウィー。気づいているなら先に言え」



「あー、そうくると思ったから黙ってたんだけど。見てるだけで仕掛けて来る気配無いし、金属系の匂いもしないから無手だし、少しほっとこうよ。ルディ。後ろ振り返らないでね。ボク達を、正確にはケイを尾行している人がいるから」



 フードの下で頬を膨らませて不満げな声をあげるケイスに、面倒そうにあくび交じりで答えたウィーが次いでルディアに小声で注意する。


 今いる通りは三人が横並びに歩けるほどではあるが、通りに人が少ないわけではなく、それなりに混雑している。


 左右の店は昼までも営業している店も有り、呼び込みの声が時折聞こえ、騒がしいほどだ。


 この状況下では相手に殺気でも無ければケイスも判別ができないが、ウィーが先にこちらを窺っている視線がある事に気づき微妙に反応したので、尾行者の存在に気づけただけだ。 



「今回の件絡みか、それとも別件なのか微妙な所でしょ。あんたがまた表に出て来たからって懲りずに狙っている人もそれなりにいるみたいだけど」



 ケイスと知り合ってからこっち、この手の修羅場には望む望まずに拘わらず強制的になれてしまったルディアも、表面には驚きは出さず、前を向いたまま小さく息を吐く。


 卸先兼通いの飲み屋の1つである酒場のマスターからは、今も時折ケイス絡みの情報を回してもらっているが、ケイスに面子をつぶされたり、揉めて叩きのめされ、それらの復讐を諦めていない者達は、大まかに集団で纏めても片手に余るほど。


 思い当たる節が多すぎるので、いつどこで何らかの襲撃騒ぎが起きてもおかしくないのがケイスの状況だ。



「私もそう予測したが、ウォーギンも今回の淫魔化は狙いが不明瞭で偶発的、何らかの事故だと予測したのであろう。となれば些事だ。幸いここは武器の持ち込みが原則禁止された燭華。ウィーが無手と感じたのならばなおさらだ。捕らえるのに丁度よかろう。後顧の憂いを断つためにも、少し確かめてくる」



 監視者の背後関係を探るには丁度よいと頷くケイスに、年長の二人はもう諦めの境地。敵を見つけた状態のケイスには何を言っても無駄。


 まだ飢えた犬から肉を取り上げる方が容易いだろう。



「……あたしとウィーはこのまま大華燭台を調べてくるから、後で合流。合流先はロウガ支部。いいわね?」



「ん。判った。じゃあまた後だ二人とも」

  


 小さく頷いて答えたケイスは、尾行者をおびき出すために、自然な振りで横道へとはいりこんだ。

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