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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
下級探索者(偽装)と燭台に咲かす華
20/81

薬師と白虎姫

「おう赤毛のおねえちゃん。あんたどの腕輪だい?」



 表町の雑踏の中で背後から掛けられた上機嫌な呼び声の主に対して、ルディアは振り向くことも無く、右手につけていた銅色の腕輪を無言で掲げて見せる。


 昨今は身体を売らず、大人の社交場として、ただ酌をしたり、話し相手になるだけの店も増えている燭華では、遊女は金色の腕輪、まだ新造や禿、身体は売らないサービスをしている者は銀色の腕輪、そしてそれ以外の一般女性は銅色の腕輪と区別がされている。


 もちろんルディアの色は一般の銅色だ。



「ちっ……商売女でも無いくせに、派手な髪晒して歩いてんじゃねぇよ」



 舌打ちと共に悪態を吐いた男は、苛立ち交じりの足音を残して去って行く。



「大変だねルディ。ケイみたいに隠したら。それかボクみたいに染めるとか」



 表町で偶然合流したウィーは、同情の色を込めた慰めをする。

 


「やれたらしてるわよ。でもこの暑さでしょ。それに染めると碌な事にならないから」



 長身痩躯で燃えるような赤毛の長髪。目だつのは仕方ないので、燭華で行動を始めてから何度目かも忘れた理不尽な罵りにも、ルディアは諦めの息を吐くだけ。


 ケイスのようにフードで髪を隠したり、ウィーのように染めるという方法もあるのだが、それには少しばかり不都合がある。


 まず一つは純粋に暑いからだ。


 北方の氷大陸生まれのルディアには、ロウガの気候は蒸し暑すぎる。探索者となって少しはマシになったが、元々あまり体力だって有る方では無いのでフードなどかぶっていたらバテるだけ。


 そしてもう一つの理由は、この髪自体がルディアにとっての護符だからだ。



「あーやっぱりその髪って魔術的な意味を持ってるんだ。なんかそんな匂いしたんだよね」



「匂いって……ケイスもかなりの特殊能力持ちだけど、ウィーもウィーよね」



 今はルディアの作った染色薬で毛色を変えているが、ウィーの元々の体毛は雪のように白く、その出自は白虎と呼ばれるレア獣人族。


 肉体強化や体術に長けた闘気特化種族の獣人のなかで、極々珍しい魔術対応力にも優れた一族で、魔力、魔術を匂いで判断し、その咆哮や爪で魔力の流れを断ち切り無効化したり、混ぜ合わせ、全く別の術へと変貌させることも出来るという特殊能力を持っている。


 存在自体が歩く超高等魔術触媒のような存在なので、身を攫おうとする不埒な輩も多く、ウィーが御山と呼ぶ生まれ故郷から出ず、そこで生き神として一生を過ごすのが本来の生き方だ。


 それがなんでロウガで探索者になっているかと言えば、極めて個人的な事情、人捜し故だ。



「赤い髪を切るな、染めるなって地元の言い伝え。人数は少ないけど、歴史だけはあるから、ウォーギンの言う無意識の儀式魔術で護符になってるのよ」



 生まれ故郷では赤い色の髪は、太陽や炎、そしてそれらから活発な生命を現す幸運の象徴として捉えられていた。


 だから濫りに切ったり、色を変えたりすれば不幸が訪れると信じられ、それ自体が既に一つの魔術として成立している。


 といっても、多少の毒や軽い呪いなら無効化し、また火傷など炎に関係した怪我などの治りが僅かに早くなる程度なので、普段の生活では恩恵はあまり感じられない。


 むしろ気になるのはその弊害の方だ。


 調合中に不注意で毛先を燃やしてしまった時は、風も無いのに上から瓶が落ちてきたり、買ったばかりの薬草が腐っていたり。


 染色薬が飛び散って色が変化したときには、元に戻るまで熱が出たり、足が頻繁に攣ったりと、髪に関して何かしたあとに立て続けに起きた微妙な不幸の方が気に掛かる。



「集団意識と風習による積み重ねで発動する原初の魔術様式かぁ。今回もそれっぽいって事だけど、ウォーギンの予想って当たってそうなの?」



「それを調べてこいって事でしょ。無いとは思っていたけど、薬による体質変化はやっぱり無さそう。となると存在その物の変化を疑えって事らしいわね。まだ確定じゃ無いけど、被害に有った人達って魔術耐性が弱い傾向が多いみたい」 



 身分証の更新で薬師ギルドに寄ったついでに依頼していた新薬情報は、表裏含めて痕跡さえ無し。レイネやファンドーレが行っている被害者の女性達の検査でも残存薬物反応は無し。


 その代わりにようやく判明したのが、彼女達は元々魔力が少ない体質だったり種族の者が多いということだ。


 少ないと言っても平均の僅か下で、見逃していたというよりもデータが揃ってようやく確信を持てたというレベルの事実。


 体内に流れる自前の魔力が少ないと言うことは、外からの魔力の干渉に弱いと言うこと。つまりは魔術耐性の低さと同義。


 ウォーギンはそこに注目し、意図していない儀式魔術の対象になっているのでは無いかと予測し、怪しい風習が無いか調べてこいとルディアに伝言を託している。



「要はそれって彼女達が何かされたから、なったんじゃ無くて、抵抗しきれなかったから淫魔化しかけたって事だよね。そうなると捜査対象がすごく広がりそうなんだけど」



 ウィーは昨夜の鳳凰楼の事件で淫香発生源になった被害者少女の証言を元に、ここ数日の足取りを追跡調査しているが、今の所それらしい怪しげな物は見つかっていない。


 その調査の途中で、勝手にほっつき歩きだしたケイスを探しに表町に出て来たルディアと偶然遭遇したというわけだ。


 ウォーギンの予測した無意識の儀式魔術がその理由だとすれば、何気無い日常の行動が、事件の原因である可能性さえ有る。


 そして燭華には、色町故か独特の風習がいくつもあり、疑うならば、いくらでも疑える街だ。



「手がかりが見つかっただけまだマシでしょ。取っ掛かりさえ無かったんだから……ただ個人的にはケイスがどうも同じ結論に自分で達したって事が気になるんだけど」



 男に声をかけられたときよりも、さらに重い息をつく。


 拠点としている宿に残っていた顔役のサキュバス。インフィによれば、ケイスは儀式魔術では無いかとつぶやいていたそうだ。



「やっぱりさぁ。ケイって生まれつき魔力が無いって嘯いているけど、あれ絶対後天性だよね。魔術対策とか、とっさの判断とか、魔術に精通してないと無理だよ」



「魔術知識と理解力もウォーギンがちょっと驚くレベルだってのに、あれで隠してるつもりよ本人は」 



 ウィーの評価に、ルディアも全面的に同意するが、それを今更ケイスに問いただす気など無い。聞いてもどうせ下手に誤魔化すか、途中でしつこいと怒るだけだ。


 元々根が素直というか隠し事など出来ないほどに単純というか、ケイスの言動は自分が怪しいという自覚を持っているのか疑わしいほどに拙い。


 あれで隠せていると思っているのは、当の本人だけだ。



「ケイってさ結局何者なの。あのお姫様とかなんか知ってるっぽいけど……やっぱりあの噂通りとか?」



 ウィーの言う噂とは、今も時折囁かれる、ロウガ元女王の王配で、現ロウガ国王の父親である上級探索者ソウセツ・オウゲンの血縁者ではないかという話だ。



「それ絶対ケイスに聞かない方が良いわよ。本気で斬りに来るか、その場でいきなり脱いで背中みせるかしかねないから。それにあの子の相手は今現在だけで手一杯。過去まで面倒見きれないわよ」  



 本人はそれに対して、証拠としてその場で脱いで背中に羽根の後が無いと明確に否定しており、また相手の口調に少しでも嘲りの色があれば、脱ぐまでも無くその場で叩きのめすほどに激怒してくる。


 元々怪しい事は重々承知で、それでも友達としてやっているのだ。これ以上余計な心労を抱えないためにも、ケイスの過去についてはあえてルディアは無視している。


 

「ボクらが言えたことで無いかも知れないけど、直情的だねぇ……ん。いたいた。ケイあそこみたい」



 会話の最中も街に流れる匂いの痕跡からケイスの足取りを追っていたウィーが足を止め、一件の古びた佇まいの飴屋を指さす。


 何らかの明確な指針があるのか不明でフラフラとあちらこちらをうろついていたケイスだったが、どうやら甘いものが欲しくなったのでお気に入りの飴屋に立ち寄ったらしい。



「あそこの店主さんって探索者嫌いで有名なのに、ケイは全く気にしないよね」



「ケイスがそんな事気にするわけ無いでしょ。美味しければそれで満足なんだから。余計な騒ぎ起こす前に引っぺがしに行くわよ」



 昨夜の鳳凰楼だけでなく、ケイスの所為で一時休業に追い込まれたり、笑えない被害に有った店なども数多い。


 ただその全部が、淫香で正気を失った男達に襲われた被害者を助ける為の最速の一手だった事も確かな事実。  


 女性陣を中心に、店主達の手前、表立っては言えないが知り合いや妹分を助けてもらったと感謝している遊女達も多く、非難がしにくい空気が出来ている。


 何よりケイス自体が何をしでかすか判らない危険生物な事も、さすがに燭華の住人も判って来ているのでトラブル自体は減ってきているが、逆にその状況で何かしてくるとすれば、ケイスに深い怨みを抱いた者達だ。


 そしてその手の輩に対して、ケイスは場合によっては容赦なく斬り殺す。


 今朝方きたという鳳凰楼の主人も、間にインフィが入ってくれたからよかったが、そうで無ければ大店の店主だろうが、自分が気にくわない暴言を吐かれたら気にせず斬るのがケイスだ。


 ケイスの水揚げをやらせろと、鳳凰楼の店主が言ったとインフィから聞いたときは、ルディアは思わず鳳凰楼店主の冥福を祈ったくらいだ。


 幸いにもその意味、処女の喪失。いわゆる未通を開けるという意味からくる隠語を、ケイスが知らなかったので良かったが、意味を知れば、今からでも斬り殺しに行くとなりかねない。


 なんとしても余計なトラブルを抱え込まないためにも、それだけは防ごうとルディアは気合いを入れ直して、引き戸を開けて店内へと入る。


 そこにはやけに疲れた様子の老鬼女店主と、その対面で飴玉でも口の中に転がしているのか口をもぐもぐとさせながら話を聞いていたケイスがいた。



「ん。ルディとウィーか。丁度いい。お金を貸してくれ。飴玉全部で7個分なので金貨7枚だ。手持ちが無い」



 扉の開く音に振り返ったケイスが、2人を見るなり金の催促をしてくる。


 確かに細工は細かいが、飴玉の値段としては法外。それ以前に手持ちも無いのに、豪遊するなと言いたい所をルディアはグッと堪える。



「判ったわよ。立て替えるから後で返しなさいよ。それより鳳凰楼弁償に金策でロウガ支部にでも行くんでしょ。無駄に油売ってないで行くわよ」



 インフィの話では、鳳凰楼の修繕費用どころか閉店期間中の営業補償まですると言ったそうなので、またとてつもない金額が必要になるが、ケイスにはそれを払う当てが有るのもルディアは知っている。


 正確にはケイスの持つ、とある知識にそれだけの価値があると言うことと、その売り先をだ。


 しかしいつでもルディアの予測を外すのが、常識など世界の果てにほっぽり出した予想外の思考をするのがケイスだ。



「あぁ。なら心配するなそれなら当てが出来た。だからルディ避妊薬とやらをくれ。持っているのだろ。鳳凰楼の店主はお金では無く、水揚げとやらで良いらしいので、それで代償すれば良かろう」



 言葉の意味を知ったのか、それとも誤解したのか。


 名案だと真剣な顔で答えるケイスの横で飴屋の店主がどうしようも無いと首を横に振っていたのが、ルディアにはやけに印象的だった。

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