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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
下級探索者(偽装)と燭台に咲かす華
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下級探索者(偽装)と鳳凰破壊事件

「ウィー! どこだ!?」



 眼下の大通りを必死の形相で逃げていくのは、半裸の男性客や、艶やかというか濃いというか、過剰な化粧と扇情的な服装の遊女達。


 色町らしい服装の人々をちらりと見ながら、頂点に近い月明かりの元、立ち並ぶ娼館の屋根を蹴って逆走するケイスは、同様に屋根を飛び渡りながらも、かなりの余裕を持って追随するウィンス・マクディーナへ騒ぎの発生箇所を尋ねる。


 道沿いの娼館や飲み屋からは逃げ出した客や店員達でごった返したパニック状態になっていて、騒ぎの出所をこの状況下で判断するのは難しそうだ。



「ん~……あそこかな。果物の匂い。気配4で男性3。あーまずいかも。既に虜になってるっぽいねぇ。発生源の人が上に逃げているけど、あの建物内部は結構複雑な作りでいまいち掴みにくいかな」



 元の毛色を隠し染色した茶色の耳と、鼻をピクピクと動かしたウィーは、一際目立つ光球装飾が施された不夜城、大規模な娼館の中層階を指さす。


 ウィーの索敵能力は、ノエラレイドの熱感知を使ったとしても自分よりも遥かに上。ならば自分よりも信用できる。だから間違いない。


 壁面には、こて絵と呼ばれる左官職人による色艶やかな向かい合わせになった二羽の聖獸鳳凰を象った巨大な漆喰装飾画ほど越されており、相当な高級店、もしくは大手ギルドの旗艦店となっているようだ。


 建物が大きく、内部は細かく仕切られてい部屋数が多いのか、娼館の正規口には、逃げようとする客や遊女が殺到して、押し合いへし合いのもみくちゃ状態になっている。



「淫香の影響下はその三人だけか」



「今の所は大丈夫。入り口辺りの人達は理性を保ってるねぇ。上の三人さえなんとかして、発生源の子を隔離すればとりあえずオッケー」



「ふむ。あの混雑では入り口辺りで手間取るか。仕方ない直接狙う! 左側の鳳凰の首付け根辺りを引っぺがす! ウィー合わせろ!」


 

 人混みを掻き分けていくよりも直接斬り込んだ方が早い。ご丁寧に壁には細かい装飾が施されている。目的地の指示には困らない



「あー引っぺがすって……ほい。んじゃ飛ばすよ」



 何をする気かは知らないがどうにも不吉な言葉を発したケイスに対して、ウィーは深くは聞かず聞き流して諦める。


 基本的に生物無機物に限らず、斬れる斬れないが第一判断基準であるケイスだ。


 こて絵を施された娼館の建物が文化財として扱われてもおかしくない老舗だと説明しても、古いならガタが来てていて斬りやすいか、崩れないように上手く斬ると見当違いの答えを返してくるに決まっている。


 ケイスが出す被害については最初から諦めているウィーが、少しだけ速度を上げケイスに追いつき背後にくっつく。


 ウィーが背後に来たのと同時に、ケイスは背中に背負った羽の剣に闘気を込めて硬化しつつ、左手の指の間にワイヤー付き投げナイフを四本掴み、右手で首元の軽量化マントの留め金を触り作動させる。


 屋根を蹴ってふわり浮いたと次の瞬間、一切の加減の無いウィーの強烈な前蹴りが背後に背負った羽の剣へと轟音と共に叩き込まれる。


 軽量化+獣人の全力キックによって、爆発的な加速力を得たケイスは風切り音を放つ神速の矢となって宙を一気に駆け抜ける。


 瞬く間に目的地である娼館の壁に大迫力で描かれた鳳凰が迫ってくる。


 あまりの速度と勢い。並の剣士であれば何も出来ず壁に叩きつけられ、鳳凰の絵柄に赤黒い彩りを与えるだけだろう。


 だがケイスは違う。並では無い。天才という言葉さえも生ぬるい、剣の申し子。


 刹那の時と僅かに動く手足の幅があれば十分。


 その身に宿す剣技は、打ち込まれた力の流転を得意とし、迷宮のモンスター共を刈り尽くし生き残る迷宮剣術【フォールセン二刀流】



「合技! 四縫剥ぎ!」


 

 背中側から打ち込まれた力を四肢を使い制御。その勢いの全てを乗せた左手の投擲ナイフ群を打ち放つ。


 引き出されたワイヤーと共に飛翔したナイフが、幅を広げながら四方に飛び30ケーラほどの正方形を描きながら壁に着弾。内部の木舞と呼ばれる格子状に組まれた芯材である木材をへし折りつつ絡みつく。 



「お爺様最大加重!」



 ナイフが絡みついた感触をワイヤーを通して感じ取ったケイスは、さらに背中の羽根の剣に闘気をぶち込み、重量を一気に増加させる。


 まるで大岩を背に背負ったかのような脅威的な重量を一瞬で産み出したことで壁に向かって横に吹っ飛んでいた身体が、今度は逆方向、後方下側に引っ張られる。


 急激に方向を変化させれば、引き裂かれそうになった体中が悲鳴をあげ、方向感覚が狂い、上下さえ見失うだろう。


 だが全ては自分の意のままに振るった剣。ならばそれがケイスの妨げになる道理などない。


 クルクルと回る視界の中、打ち込まれたナイフとワイヤーに引っ張られた娼館の壁に無数の亀裂が走る。


 鳳凰のこて絵が縦に大きく割れ、さらにはその付近が崩れたことで支え切れなった上部の壁さえも次々に崩落していく。崩落した壁面から内部の通路が露出した断面図が姿を現した。



「ノエラ殿! 指向性探知!」



 思ったより大きく剥がれたが、見やすくなったから結果オーライだ。近くの屋根に一度着地したケイスは、即座に見上げつつ目的の人物達を探す。


 仲間であるウォーギン作の赤龍鱗額当ては近距離精密熱探知、全方位遠距離熱探知に加えて、最近の改良でその中間ほどの能力が加わっている。


 それは一定方向にしか使えないが、そこそこの距離をそれなりに精密探査が出来る指向性熱探知機能。


 つい2ヶ月前の騒ぎで、知らぬ間に付けられたあだ名赤目の単眼巨人を彷彿させる赤い光が、ケイスが視線を動かすのに合わせて、壁が崩れてむき出しになった建物内部を這うように進み探っていく。



(見つけたぞ嬢! あそこの奥側だ! すでに捕まっているな!)



(これほどの破壊が起きても、意にも介さず雌を求めるか。淫魔の香りとは厄介な。理性を失っているだけであるのだから、雄共は斬り殺すでないぞ娘)



「ん! 判っている。とりあえず殺さない程度に斬れば良かろう!」



(何時も言っているが心打ちを使え。何故毎回毎回斬る事にこだわる)



 心臓を一時的に止めることで相手を怪我もさせず無力化させる技は持っているが、徒手空拳で使う技故か、あまり選択肢の上位に来ない末娘に対して、ラフォスは既に飽き飽きしている恒例の注意と共に諦めの息を吐きだした。

 


 


 

  




 城塞都市国家ロウガ第12街区【燭華】


 街区によって様々な顔を持つロウガにおいて、燭華は国より認可を受けた特殊酒場や娼館が立ち並ぶ街区となる。


 他国では公娼と呼ばれる娼婦達は、ロウガでは旧東方王国にあやかり遊郭、遊女と呼ばれ、東方王国時代の雰囲気を伝える歓楽街として、周辺地域、国家にも名高く知られている。


 国が主導してここまで大規模な歓楽街を設置したのには複数の理由がある。


 お気に入りの遊女を巡る客同士のトラブルや、客の取り合いによる店同士の小競り合い、さらには入れこみすぎた客による強盗犯罪。借金の形に強制的に連れてこられた幼き者。または一時乱立した娼館ギルド間での大規模抗争等々のトラブルの多発。


 ただでさえロウガは迷宮隣接都市にして探索者達の街。武力、魔力に秀でた血の気が多い荒くれ者達が多い。


 トラブルがエスカレートして、力を解放した探索者同士の戦闘まで起きるとなれば、民間のトラブルだからと静観しているわけにも行かないという治安的問題。


 もう一つは財政的に無視出来ないほど大規模な脱税行為が、歓楽街の各ギルドでおおっぴらに行われていた事に他ならない。


 広範囲で多発するトラブルへの市民の苦情の対処一件、一件に巡回警備兵たちを多く取られるよりも、いっそ街区を1つ丸まると作り、そこ以外の地域での娼館営業を禁止。


 トラブルが起きる箇所を集約した上で、人の出入りを管理した方が税の取り立てが効率的になるのは当然の話だ。


 街区への立入許可制の導入、護身用武器以外の持ち込み禁止、規制は多くある物の遵守すれば大幅に税率が下げられる優遇措置など様々な試みを行っていった結果、今ではトランド大陸東方地域最大の歓楽街といえば【燭華】であると誰もが答えるほどに発展していた。


 季節は【華替わりの祭り】と呼ばれる数年に一度だけ行われる大祭直前。


 後に公式記録上で、ケイスが初めて関係探索者として名が乗った案件であり、燭華始まって以来の最悪の被害をもたらしたとされる【大華災事変】の中では、鳳凰破壊事件など序の口であったと、人々が思い知るのはまだまだ先のことであった。  

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