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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
未登録探索者の帰還
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未登録探索者と神印解放

 2階の床を削りきり床下に潜ったケイスだったが、無理な体勢で振った剣は次が続かない。


 突入の際に柱は避けていたので、とっさに全身に闘気を回し肉体を硬化させ、1階の天井を己の体でぶち破る。


 だが脆い天井材はまだ良いが、床板に直撃となれば大きなダメージは免れない。


 羽の剣を下へと突き出し、何かに接触した瞬間に、剣を軟化させつつ形状をバネのように変化させて、墜落の衝撃を何とか打ち消し、轟音を立てながらもやけに柔らかい床へと何とか着地する。


 木くずや天井裏に溜まっていた埃や、剣を突き立てた先にあった布袋が破け、真っ白な粉が、着地の衝撃で盛大に撒き散らかされ、周囲が一瞬で煙たくなる。


 どうやら1階は倉庫になっていたようで、製粉された小麦粉袋の上に運良く着地できたようだ。


 

「けほっ! へっく! けむっぽい!」



 小麦粉や埃で全身を一瞬で真っ白に染めたケイスは咳き込みながらも、身体の各部の状態を素早くチェックする。


 無理な着地で手足に一時的な痺れはあるが、この程度なら戦闘の支障とはならない。


 墜落といっていい着地の衝撃を一身で受けた羽の剣の方も、元々呆れるほどに頑丈なので、この程度では欠けるどころか、ヒビ1つさえ無いので問題はなし。


 とりあえず戦闘継続に問題が無い事を確認したケイスは、周囲を一瞬で見渡しながら熱探知を行い、周辺探査と索敵を開始する。


 明かりの落とされた食料倉庫は、小麦の袋以外にも、大きな樽がいくつも置かれており、その樽からは日持ちがする乾物や、酒や酒に漬けて保存された果物の匂いがしてくる。


 ただ奇妙なのは積まれた樽の中の一部が二重底になっていて、それこそ人を入れられるくらいの隙間が空いていることだ。


 それらは埃が被って奥の方に積まれており、埃の積もり具合からここ数年ほど動かされた形跡はない。



(嬢。目当ての娘はこの真下だ)



「男爵は奴隷狩りをしていた噂があったそうだが、樽や地下室はその時の名残か。近年まで行っていたようだな」



 モーリスから聞いた噂を思い出し、倉庫直下に隠し地下室がある事に得心がいく。貴族であるという特権階級を利用して、闇奴隷市場へと人を出荷していたのだろうか。



「むぅ。やはり投擲では確実な手応えが無いから物足りぬ」 



 先ほど男爵に向けて投擲したナイフが確実に命を絶てたか、今のケイスには確信が持てない。


 あの距離と位置なら当てることは出来ただろうが、突如現れた幽鬼とその幽鬼が産み出した半透明の鎖が気に掛かる。


 鎖は男爵を縛りあげ逃がしていたことから実体を持っていた。


 幽体化と実体化を切り替えられるのは高位レイスの証。その反応速度はケイスに勝り、鎖を呼び出され攻撃を防がれた可能性は高い。


 そしてあのレイスを使役していた人形姫とやらはおそらく死霊術師。


 死霊術師は死者の魂を使役する為に、世間一般では穢れを扱う者として忌み嫌われるが、その存在は稀少かつ、強い力を持つ者が多い。


 王族の中に死霊術師の血を引く者がいれば。国にとって稀少な戦力となるが、同時に人心に多大な影響を与える。


 人形姫の一族とやらが王族でありながら日陰者として隠されてきたのは、その辺りが理由だろうか。


 男爵を庇ったにしてはやけに乱雑に扱った人形姫の目的など気になる事はいくつもあるが、今は考えていても埒があかない。

 

 ケイスは真下へと視線を向ける。この床下には倉庫よりは狭いがそれなりの広さの隠し地下室があつらえてある。商品の奴隷達を一時的に収容しておく場所だったのだろう。


 そして今そこには、自分の頭のうえで何か轟音が響き怯えているのか、部屋の隅に寄っている少女がいる。


 まずは助ける。考えるのはそれからだ。


 屋敷のあちらこちらにいた警備兵達は、未だ動揺しているのか動きがバラバラ。


 しかし、幾人かの者は、直上の男爵が軟禁されていた部屋に集まってきており、また1階からここの倉庫に向かってくる者達もいる。


 囲まれる前にとっとと退避が正解だ。


 おそらくはこの倉庫のどこかに隠し階段でもあるのだろうが、そんな物を探している余裕は無い。


 羽の剣を再度、重化、硬化させて無造作に足元へと斬りつけ、床の一部を一気に切り抜き落とす。


 床材と柱の一部があっさりと切断されぽっかりと穴が空くと、



「ぎゃっ!? なに今度なに!?」


 

 監禁されていた割には思ったより元気な少女の慌てふためく声が、階下から聞こえてくる。

 

 自分が開けた穴の中にケイスが飛び込んで下に降りると、燭台の明かりが微かに光る牢獄の片隅でパニックに陥っている少女が叫んでいた。


 ケイスより少し年下の少女の足には壁から伸びた足かせが嵌められており、一定範囲以上は動けないように拘束されている。


 少女はいきなり降りてきた真っ白なケイスの姿に驚いて慌てふためいている。


 肩口までの赤茶色の髪に、茶色の目。モーリスから聞いていた容姿通りだ。彼女がニーナで間違いは無いようだ。



「お、おばけ!? 美味しくないあたし美味しくないから! やせっぽちっだし! い、いまこ、恐くて漏らしちゃったから匂いす!」



「安心しろ。人の形をしていて言葉を喋るものは食べちゃダメだと言われている。しばらく寝ていろ」



 どこか見当違いの答えを返しながら近づいたケイスは、とりあえず五月蠅いので黙らせるため額を軽く弾いてニーナを気絶させる。     


 どうせ説明している時間も無いのだ。このまま攫った方が早い。


 剣を振ってその足を拘束していた鎖を断ち切り、ぐったりとしたニーナを肩に担ぐ。


 脱出しようとしたその時倉庫の扉を乱暴に蹴り開ける音共に数人の足音が、上から聞こえて来た。


 腰のベルトから非殺傷製の閃光ナイフを引き抜き、倉庫の天井に向けて投げつけながら、地下室の床を強く蹴る。



「そ、倉庫に穴が空いているぞ! やっぱり隠し部屋があっ!?」



 ニーナを抱えたケイスが飛び出すと共に、発光ナイフが弾け倉庫内に眩い光球が発生して白く染め上げ、そのあまりの光量に目を焼かれたのかなだれ込んできた兵士達が悲鳴をあげた。


 一方でケイスは、額の赤龍鱗が伝える熱感知を使い目をつぶったまま倉庫へと降り立ち、そのままもう一度床を蹴って、今兵士達がなだれ込んできた扉から倉庫の外へと飛び出す。


 そのまま無人の廊下を走り手近な部屋に飛び込み、部屋の中を一気に駆け抜け窓枠を突き破りながら外へと飛び出る。


 窓から躍り出ると侵入してきた正門からは、逆の裏庭側へと出る。先ほどの騒ぎで兵士の注意は正門側に向いているので、こちらに人影はない。


 一応警戒しつつも裏側に作られた狭い畑や果樹園を抜けて、館を囲む塀に駆け寄り、近くの物見櫓を足場に飛び上がって一気に塀を跳び越えて、外部へと脱出する。


 塀の向こう側へと着地するとほぼ同時に、ケイスの身体に流れていた力が急速に弱まり、高揚感が収まっていき、迷宮外で発揮できる通常時まで力が落ち込む。


 神印解放の効力が消えて、通常状態に戻っただけなのだが、どうにも喪失感を感じてしまうのは仕方ないだろう。


 

「ふぅっ……最下級神の神印では1分ほどか。結構ギリギリだったな」



 ケイスは息を吐きニーナを抱え直すと、未だ騒ぎが聞こえてくる領主館から足早に離れる。


 男爵を斬り殺せたかは気になるが、まずはニーナを送り届ける事が最優先だ。



「お爺様。ノエラ殿。あの人形姫やその配下の兵達と、今の装備でやりあうには心許ない。とりあえず一時退避だ。モーリスの怪我の具合も気になる。ルディ達と合流する」



 僅か1分弱で圧倒的な破壊の爪痕を残した小さな美少女風化け物は、後で様子を見に来れば良いと気軽に考えながら明け方に残る闇の中へと姿を消していった。

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