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永宮未完 下級探索者編  作者: タカセ
未登録探索者の帰還
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未登録探索者の剣技

 夜明け前の闇に紛れながら身を低くして進んだケイスは、領主館の門から30ケーラほど離れた坂道の下に出来た茂みに音も無く潜り込む。


 ここから先は、館へと続く坂道の両脇に篝火が焚かれており、門前の警備兵達に悟られずに接近するのはさすがに不可能だ。



「魔具を用いた魔術的な明かりでは無く、わざわざ篝火を焚いているのは、魔力探知術への妨げを嫌ったからであろうな」



(館の周りに魔力空白地帯を作って、魔術による侵入、もしくは脱出する者を探知するためか。どうする娘?)



「魔具の中に身隠しが使える魔具があった。使えば探知されるならば、逆に利用する」



 ミモザから強奪、もとい借り受けてきたウォーギン特製の魔具の中には、周囲の風景にとけ込み一時的に姿を隠せる外套が入っていた。


 身隠しの魔術は便利ではあるが必要魔力が多くその魔力波形も独特。魔力探知術を使われれば使用がすぐにばれてしまううえに、停止状態ならば問題はないが、移動の際にはどうしても景色を歪めてしまい逆に目立ってしまう欠点がある。


 狩りの際、獣の待ち伏せに用いたり、暗がりや夜など、状況、時間が限定される魔術、魔具だ。


 だが魔術を使えないケイスには探知不能。しかもウォーギンは既存魔具に改良を加え、その魔術効果を拡大強化し、使用者本人のみならず、使用者が放った投擲ナイフや矢にも、十数秒だけだが一時的に身隠し効果を持たせている。


 使用者本人は動かず姿を隠したまま、見えない攻撃を可能とする意図があったようだ。

 

 ケイスが纏うには些か大きすぎる外套を羽織るのではなく、木の枝に引っかけその中に潜り込むことで、ケイス自身が投擲物と同様に効果を得られる状態へと準備する。



「囮としてここにマントを残して、効果時間内に最短距離、最短行動で一気に接近、侵入でいく」



 魔術探知によって気づかれるのは避けられない。ならば効果を得たケイスよりもさらに大きな外套本体の魔力反応で警備兵の目を引きつける。


 やり直しの利かない一発勝負を選択するのは、ケイスが持つ最大の弱点があるからだ。


 魔力を持たない。魔術を捨てたケイスにとって、どれだけ初等な術であろうとも魔術は天敵。

 

 見習い魔術師が詠唱した拙い捕縛魔術であろうとも、ケイスは生身では打ち消すことが出来ず、込められた魔力が自然と切れるまで最大効果が発揮されてしまう。


 周囲の魔力を吸い取り魔術を無効化する爆裂投擲ナイフなどを対策装備として用いているが、そちらは始まりの宮、そしてこの一月の間に使い切ってしまい、今は手持ちには無い。


 ミモザが持っていた補給物資の中にあったウォーギンの魔具を漁ったのも、それら対魔術用装備が入っていないかと期待してのことだったが、その期待は空振りに終わった。


 だが代わりに、新作や改良された魔具が有ったのだから、運が良かったと思えば良い。


 息を整え魔具の発動準備を終えたケイスは、懐から華美な装飾が施された短剣を取り出す。


 それは今日手に入れたばかりの迷宮の秘宝。神の印が施された神印宝物の飾り短剣。


 美術品としての出来の良さから神に見出された短剣はとても実戦向きでは無く、ケイスの好みでは無い。ケイスが取りだしたのは武器として使う為ではない。


 一発勝負を仕掛けるからこそ全力をだす。それは探索者ケイスとしての全力だ。


 左手に構えたナイフの刀身に刻まれた芸術神に属する下級神印へと、右手の真っ赤に染まった指輪をあてがいながら言葉を紡ぐ。



「神印……解放」



 唱え終わると共に神印が一瞬強く輝き、次いで短剣そのものが光の粒子となり、指輪を通じケイスの体内にその光が、力の塊が取り込まれる。


 それは水路を水が流れるように。


 それは風を受け回る風車のように。


 それは炉の中に火種が放り込まれたように。


 迷宮で振るわれるべき超常の力。天恵は迷宮外では制限され、探索者達の力は大きく劣ることになる。


 迷宮外、人の世界に、迷宮内で得た天恵の力を全て発揮する為の奇跡であり、探索者の切り札。


 それこそが【神印解放】


  

「行くぞおじいさま! ノエラ殿!」



 身体に全力が宿ったと意識すると共に、身隠しの魔具を起動させ、術式が発動すると即座に外套から飛びだし走り出す。


 神印開放は探索者の切り札であり、同時に敵対者達にとっては最悪の一手。


 それに対する警戒を用意していない訳がない。主立った街や砦などには神印解放反応を感知する魔具が常設されている。


 ここファードン男爵館にも、もちろん神印解放を感知する準備がされており、門の脇にあった鐘が誰が触れたわけでも無いのに、がなり立て始めた。


 夜明け前。残の月が淡く照らし出す空気の中、騒がしいほどにがなり立てる鐘の音が響く中、門前の兵は素早く槍を構え、簡易詠唱を唱える。


 槍の柄には小振りの宝玉が埋め込まれており、サナと同じく槍であり杖としても用いているようだ。

 

 右側にいた兵士の足元に魔法陣が広がり魔力探知を行い、同時に左の兵士が、呼び子を吹き鳴らす。


 館全体に異常を知らせる笛の音が甲高く響き渡る。


 いきなりの神印解放反応に対してもみせる的確な役割分担と行動。彼らがそれなりに精鋭だという証だろう。


 それは地方の田舎男爵に雇われた兵士ではなく、人形姫とやらの手勢。王都の近衛に属する者達かもしれない。


 普通の侵入者や脱出者ならば手堅い最初の一手。だが相手が悪かった。


 呼び子の音が消えるよりも早く、門前の兵達の間を一陣の風が通り抜けた。



「邑源一刀流刃車!」



 姿を消したまま30ケーラの坂道を数歩で詰めたケイスは、門前で軽く飛び上がり空中前転をしながら、両手で持った羽の剣へと闘気を送り込む。


 通常は鳥の羽の一枚分ほどしか無い軽量で、折り曲げれてしまうほどに柔らかい羽の剣。だがケイスが闘気を込めることで、自在に形を変えながら無限に硬度と重量を増していく。  


 領内で取れる木の中からも厳選された硬い木材を用い、所々を金属で補強した城門正面大扉。さらには内側には鉄の閂。


 両者共に硬化魔術でさらに強化されており、攻城戦で用いられる破城槌にもしばらくは耐えるであろう標準的な備え。


 だがそれがどうした。剣を持ったケイスには関係ない。


 脅威的なまでに重量と硬度を増した羽の剣を全力で用いた剣の天才が放つ一撃の前では、どれだけ頑丈強固な扉であろうとも薄紙と変わらない。


 縦真一文字に振り下ろした剣は轟音と共に扉に食い込むだけでは飽き足らず、一気呵成に突き破り、裏側の閂さえもその一振りで両断してのける。


 門扉そのものは何とか原形を留める程度には耐えてみせるが、その門を支える蝶番と門柱まではそうはいかない。


 木材が砕け割ける破壊音と共に門扉をつなぎ止めていた門柱が真っ二つに折れ割けて、内側に向かって門自体が崩れ落ちる。


 崩れ落ちた木片の中から適度な大きさの物を一瞬で判別。羽の剣から左手を離し、腰のベルトからワイヤー付きの投擲ナイフを引き抜き、そのまま左手を振って放つ。


 狙いは今判別したばかりの木片。それはケイスが乗っても問題無いほどの大きさがあった門扉の欠片の一部。


 投擲したナイフもまたウォーギンが作った新作の軽量化魔術添付ナイフ。発動している魔術効果を一時的に改変して、軽量化の魔術を発動させるという物。


 破壊したばかりの門扉にはまだ硬化魔術の効果が残っている。


 門扉の破片に撃ち込まれた投擲ナイフが、硬化魔術を改変。破片の持つ重量を無効化し浮遊とまではいかないが、最大限まで打ち消し軽量化させる。


 ワイヤーを固定。さらにケイス自身が身につけた軽量化マントも発動させつつ、目の前に落ちてきた破片を再度振りあげた剣で強く跳ね上げながら、地面を強く蹴る。


 月に届けと言わんばかりに打ち上げられた破片。そしてそこに突き刺さったままの投擲ナイフとワイヤーで繋がれたケイスの身体も自身の跳躍と合わせて天高く舞い上がる。



「ノエラ殿。熱探知! この一撃で決める。詳細に頼むぞ!」



 ワイヤーを巻き取り打ち上げた破片へと近づいたケイスは、それを臨時の足場とし、大地を見上げ、天を見下ろす逆さまとなりながら、天地が逆転して直上に見えてきた領主館へと狙いを定める。



(相変わらず無茶をする! 委細承知だ任せろ嬢!)



 吠えるノエラレイドの声と共に、ケイスの額で赤く赤龍鱗が輝きだし、次いで身隠しの魔術の効果がきれた。


 煌々と輝く赤龍鱗の明かりが、天に新たに禍々しい凶星が生まれたかのように空中に現れた。


 神印解放反応から僅かの時間で発生した門破壊と、次いで突如として現れた天に輝く妖光の月。


 突然の天変地異に何が起きたのか判っていないまま、右往左往させられていた地上の兵士達、そして轟音に気づきテラスに出た義足の老人、窓際に寄った貴人の年若い女性が一斉に天を見上げた。


 彼らから見れば、それは巨大な巨人が門を蹴り壊し、遥か高みから赤く光る目で小さな人間達を見下ろしているかのように映るのだろうか。


 老人が『レ、レッドキュクロープス!?』と驚愕する唇の形さえも、その解放された感覚でケイスは把握する。


 事前にモーリスに聞いていたファードン男爵の年齢、容姿に間違いは無い。なにより義足であることがその証左だ。


 さらに館の地下。隠された部屋に捕らわれたケイスが助けるべき小柄な少女の位置と、ファードン男爵が斜めの直線でほぼ重なる。


 兵士が巡回した屋敷に忍び込み、巧妙に隠された隠し部屋へいく方法などをわざわざ探す気などケイスには毛頭ない。


 ケイスは剣士だ。剣でいつでも切り抜け、道を作るだけ。


 その行く手を塞ぐのであれば、門であろうが屋敷であろうが斬り開くまで。


 破片と繋がっていたワイヤーを切断すると同時に、逆さに着地していた仮初めの大地を強く蹴り、天にある地上に向かってケイスは飛び上がる。


 屋敷は周囲や内部を仕切る壁は石や煉瓦製だが、天井やその内部の床は木製の板張りと熱探知で判別してある。


 この位置、高い天空からなら、助けるべき少女への道を阻むのは、斬らなければならない物は木材とファードン男爵のみ。


 ならこの天空こそがケイスの最短距離。


 剣の天才であるケイスの導き出した最適解。


 他者から見れば不可能な道であろうが、ケイスにとってもっともらしい道だ。



「邑源一刀流……」



 轟々となる風の音を聞きながら、左手で逆手に構えた羽の剣の切っ先で真っ直ぐファードン男爵を捉え、右の掌を軽く柄に押し当てる。


 天から降り落ちる1つの流星となったケイスが放つ殺気に身でも竦んだのかファードン男爵は、その顔に明らかな恐怖の色を浮かべながらも、逃げることさえ出来ていない。


 このまま男爵を突き殺し、そのまま屋敷を貫き壊して地下まで到達すれば良い。あとは混乱に紛れてモーリスの娘のニーナを連れて脱出するだけ。


 ケイスは油断したわけではない。ただ斬るべき物にだけ、強く強く意識を向けていた。


 だから直前まで気づかなかった。別の存在に。


 視界の隅からいきなり出現した半透明な鎖がテラスへと飛び、ケイスが手に掛けようとした直前にファードン男爵の全身に巻き付く。


 そのままケイスの目前から、男爵をテラスの外に引き摺り落として奪い取ってしまう。


 一瞬だけ視線を向けた鎖の先には揺らめく古い鎧姿の鎧姿の幽鬼が1つ。その背後にはこの距離からも一目で仕立ての良さが判る上等で細かい装飾が施された白いドレスを纏い、高貴な雰囲気があるが、どこか儚げで生気の少ない色白な年若い女性が、小さな人形を抱えて立っていた。


 あれが人形姫か!


 目の前で獲物をかっさらわれた怒りに一瞬、我を忘れそうになるが、もう一つの斬るべき物を忘れたわけではない。


 今ならばケイスの技量を持ってすればまだ間に合う。着地と同時に方向転換をし、男爵を斬れる。


 だがそれでは屋敷を斬れず、ニーナを助けることが出来ない。


 ならば……今この場でこの体勢から、離れた2つの目標を斬る新技を作れば良い。


 床に到達するまで砂時計の砂粒が1つ落ちるほどの時間さえ残っていない状況。


 だが時間が僅かでもあるならばケイスには問題無い。


 ケイスがもつ最大にしてもっとも異端な力。それこそが思考力。


 常人を遙かに凌ぎ、足元にも及ばせない圧倒的な思考の速さと、自らの精神を分割し切り分けることで同時に複合的な思考を成し遂げる。


 魔力を生み出せた幼き時には、人の身でありながら複雑怪奇な龍魔術さえも会得してのけたその思考は、この土壇場での最適解を生み出す。



(お爺様! 最大加重!)



 柄頭から放した右手でナイフを掴み鎖で引き摺られて離れていく男爵ののど元に目がけて身を捻り投擲、同時に柄頭を打てず放てない逆手双刺突の威力を代用するために、脳裏で叫び羽の剣をさらに加重させながら剣の形を変更し、先ほどナイフを投擲したひねりを用い、床板を抉り斬るための剣技とする。



「がっぎゃ!?」



 U字型に曲がった羽の剣が床を抉り剥がし、その穴に飛び込んだケイスの背後で、年老いた老人の悲鳴と共に、何かがぼとりと落ちる音が響いた。

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