8話 異世界には異世界の脅威があった④
こめかみを狙った回し蹴りは、わずかに上体を反らされて頬への打撃となる。
「くぅぅぅ・・・」
魔族は反対方向に仰け反る感じとなったが、足を踏ん張り倒れない。
さすがにすぐには倒れないか。
重力の影響で、俺の打撃は以前の数倍から10倍程度の破壊力となっているはずだ。
エージェントという仕事柄、元々が素手で熊を倒せる──たぶん・・・闘ったことはない──くらいの実力は持っている。
それでも、一撃必殺と言う訳にはいかないのが魔族なのか?
「す、素手で戦ってる・・・」
「相手は魔族なのに・・・」
「化け物か・・・」
アッシュの仲間たちが口々に所感を述べて絶句している。
しかし、最後の奴は失礼だろ。金髪のおっさんか?
魔族の状態を見ると、足にきているようで踏ん張った方の膝がガクガクと揺れている。脳へのダメージは人間と同じようだ。
俺はステップで間合いを詰めることにした。
相手の手前で体を沈め、地面に転がっていた石を拾ってそのままアッパーの要領で拳を突き上げた。
顎を狙う。
かわされた。
瞬時に嫌な予感が襲う。
とっさに斜め後方に回避するが、その瞬間に炎が向かってきた。
魔法!?
炎に包まれかけたが、違う方向から強烈な冷気が降り注ぎ、炎を相殺した。チラ見すると、アッシュの妹がこちらに手を向けていた。
魔法で援護してくれたようだ。
グッジョブ!
そのまま惚れてしまいそうだよ。
一度、距離を取って体勢を立て直す。
先ほどは魔法が襲ってくる直前に、魔族の口が何かを呟いていたような気がする。もしかして詠唱というやつだろうか?
一呼吸おいて魔族を観察する。
ダメージはあるが、致命傷はない。
やはり、打撃だけだと厳しそうだ。
泥仕合の予感がした。
そんなことを考えていると、アッシュたちが口々に詠唱らしきものを呟き、魔法を撃ちだした。
炎撃。
氷撃。
風撃。
魔法を至近距離で見ると、なかなか迫力がある。
金髪のおっさんは魔法を使えないのか、剣を構えてじりじりと間合いを詰めていた。
集中砲火を受けている魔族は防戦一方となっているが、冷静に観察すると障壁のようなものが体の周囲を被い、直撃は免れているように見えた。一体だけでもかなりの強さがあるようだ。
だが、いつまでもこんな消耗戦を続けてはいられない。エージェントは戦闘専門の職業ではない。俺は魔法の間隙を縫って、魔族に特攻をかけることにした。
幸い、アッシュたちの攻撃に魔族の意識は割かれている。
アッシュが炎撃を放つタイミングを計り、炎の玉が発動した瞬間に、そのすぐ後ろについて魔族に迫る。
障壁を打撃で打ち破れるかはわからないが、防護壁のようなものなら殴っても痛いだけだろう。拳が潰れるリスクはあるが、死ぬよりはマシだった。
アッシュの炎撃が目の前で障壁によって消滅する。なぜだか熱さは感じられない。
そのまま上体を落とし、地を這うようなアッパーパンチを繰り出した。
狙ったのは顎ではなく、股間。
クリーンヒット。
なにかが潰れる感触が拳に伝わる。
魔族は梅干しを食べたような顔で悶絶していた。
「「!?」」
見ていたアッシュと金髪のおっさんも、同じ表情で内股になった。
返す左の拳でこめかみを殴り、そのままのコンビネーションで右の拳を反対側のこめかみに入れる。
手の中では握った石が潰れる感触。
魔族はそのまま膝から崩れ落ちた。