86話 スレイヤーのお仕事⑤
再び馬を走らせる。
テスは涙目になっていたが、少し内面を変えてあげた方が良いと考えて言葉をかけた。
彼女はこれまで相手の内面を窺い、目上となる者には媚を売るような仕草をしてきた。
普段からそうしているのか、俺の言葉に対する反応が、いつもと勝手が違う人間を相手にしているというような表情として現れていたように感じる。
エージェントの任務は化かしあいという側面がある。
自然と相手の心理を読み、表情のわずかな変化を捉えて状況を自分の都合の良い方向に軌道修正させる。
洞察力や状況判断力は高いレベルのものが要求されるのだ。
テスの育った環境や置かれている状況はわからないが、おそらく彼女は位がそれほど高くない貴族の息女として、絶えず周囲に気を配り四面楚歌のような状態の中で自分を演じてきたのだろう。自分がいじめられないように本意ではないのにいじめっこ側につく心理に似ている。
姉のシスにも人に気を回しすぎる傾向があったが、外交的な性格なのかまだ明るい表情は出せている。対してテスの表情は笑顔であっても仮面のような印象があるのだ。
指導とかフォローとかギルマス補佐も大変だな。と思いながらも、もう少し面倒を見てみようかと思っていた。
山の麓に到着した。
思っていたよりも早くに着いたが、帰りのことを考えて早速巡回を開始することにした。
3人とも無口だが三者三様だ。
パティは拗ねている感じなので問題はないだろう。街に戻ったらスィーツでもおごって労うことにした。
シスはときどき俺とテスを見ながら困っている表情をし、テスに至っては表情が暗かった。
あまり構わずに少し考える時間をあげた方が良いと判断した。
パティが先頭に立ち、巡回コースを歩いていく。
魔法で索敵をしながら進んでいるので、たまに立ち止まって周囲を伺っている。
索敵魔法は設けた範囲内の魔力で気配を察知するものだ。動物がいた場合に魔物ではないかどうかの確認が必要なのだ。
「本当にタイガは魔力がないんだね。索敵で反応しないや。」
パティがようやく話をしてくれた。
「特異体質だからな。」
パティは俺がどこから来たのかは知らない。
アッシュやリルとの取り決めでこれ以上は俺の正体を明かさないことにしている。
大人の事情と言うやつだ。
「ギルマ···タイガ様は魔力がないのですか?」
シスもやっと口を開いてくれた。
「うん。だから魔法はまったく使えない。」
シスだけではなく、テスも心底驚いた顔をしている。
「それなのにギルマス補佐まで上り詰めたのですね···すごいです。」
「自分が持つことのできないことをいくら嘆いても仕方がないからな。長所を最大限に伸ばすことに労力を割いた方が生産的だろ?あと、様とかの敬称もいらないからな。」
後ろにいる2人を振り返って言うと、テスが驚愕の表情でじっと俺を見ていた。オレが眼を合わすと伏せてしまったが。




