第二章 亜人の国 「魔王の鉄槌⑯」
扉を開けた瞬間に、鼻腔を刺激する血の匂い。
そして、視界に広がるのは、紅に染まった大広間だった。
微かな呻き声が聞こえるが、床に横たわっている人の大多数からは生気を感じられない。
簡潔に言えば、大虐殺の場だ。
「···おまえがやったのか?」
先ほどから感じていた歪な気配。
その主が、正面に見える玉座に座っていた。
「··························。」
目が合うと、そいつはすぐに立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
まさかという否定と、やはりという肯定の気持ちが交差する。
だが、感慨に耽っている場合ではない。
すぐに気持ちを切り替えた。
「UREYYYYYYYYY。」
言葉にならない奇声を発するのは、褐色肌のエルフ。戦闘種族と考えても差し支えのない頑健な体と、俺が少し見上げる程の長身。
獰猛な野獣を感じさせる気配と、悪意や邪気にまみれた憎しみを感じさせた。
「薬物を投与されて、理性を失ったか···。」
本音を言えば、エルフとは闘いたくはなかった。ガイやエルミアのように、気の良い奴しかいないイメージがある。
可能であれば、彼を正気に戻したいと思った。
しかし、思うのと実際に行えるかは別問題だ。
「UUUUUUUUUUU。」
唸り声をあげながら、両手に大型のククリマチェットの様なナイフを掲げてきた。
ククリマチェットナイフは、別名グルカナイフとも呼ばれる湾曲した刀身を持つナイフである。
山林で鉈や鎌がわりに草木を凪ぎ払う刃物ではあるが、その形状は、使用されるのが低地と高地とで2つに別れる。
低地では比較的柔らかい草木を刈るのに適した、湾曲が小さく、細長く薄い刀身をしているが、高地では固い木を打ち払う、斧や鉈のように使用できる湾曲が大きく、幅広で分厚い刀身となる。
目の前のエルフが持っているものは、高山地帯出身らしく後者のものであった。
俺はナックルナイフを両手に持ち、真正面からエルフに向かって突進した。
間合いに入った瞬間、斜め前方にスライディングをして、エルフの足の腱を切り裂く。
ククリマチェットナイフはその形状から、刃物を交差させると相手の武器を引っ掻けて受け流したり、湾曲部を使って持ち手に攻撃を加えることができるため、刃を合わせると手強い武具と言えた。
まともに打ち合うことは、自らを窮地に誘う可能性が高いのだ。
「GYAAAAAAAAAA!」
右足の腱を切り裂かれたエルフは、悲鳴のような声をあげながらも、無事な方の足を軸にして、再度ククリマチェットナイフを振り下ろしてきた。
体を横に回転させて攻撃を回避し、エルフの脇腹から斜め上にナックルナイフを突き刺す。
肋骨の間に刺さったナックルナイフが、心臓に達してエルフの動きを止めた。
「すまない···助けられなかった。」
俺はそうつぶやくと、ナイフを抜いて、すぐに距離をあけた。
傷口から噴射した血が床を染めていき、大した間をおかずにエルフは膝から崩れていく。
やるせない気持ちが襲うが、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
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