第二章 亜人の国「 エルフの森⑤」
襲われた後の子供の態度がずいぶんと変わった気がする。
先ほどまでは、やんわりと握られていた手が、ぎゅっと力のこもったものとなり、俺をリードするかのように誘導をするのだ。
まるで、スーパーで欲しいお菓子をみつけて、親を引っ張っていく子供のようだ。
俺は苦笑いをしながら、手を引かれるままについていく。
てててと駆けるように前を走る子供は、顔は見えないが、何となく笑っているような気がする。
何がこの子を変えたのかはわからないが、嫌われてはいないのだろう。
冷静に観察をするが、子供らしさが際立つだけだった。もちろん、ソート·ジャッジメントで、この子に悪意がないことは掴んでいる。こんな年端もいかない子に疑いをかけるのもどうかとは思うが、そこはエージェントとしての習性だ。
10分ほど移動していると、いつのまにか霧が晴れていた。
深い緑に囲まれた景色は相変わらずだが、どことなく開けてきた気がしないでもない。
さらに5分ほど歩くと、急に視界が開け、大きな湖が見えてきた。
その湖畔には見知った顔が勢揃いしており、そこで初めて疑問を持った。
迷うことなく、ここに俺を連れてきたこの子は何者なのだろうと。
「思ったより早かったわね。」
湖畔で待っていたミーキュアが、そんなことを言ってきた。
「···これはあれか?何かを試されていたのか?」
「そうよ。それにしても、ずいぶんと気に入られたみたいね。」
ミーキュアの目線は、隣にいる子供を見ていた。手はまだつながれたままだ。
顔を上げた子供は、俺を見てはにかんできた。出会った時は、何かの闇を抱えるような暗い表情をしていたのだが···その可愛らしい表情にほっとした。
思わず微笑み返した俺に、子供は頬をピンク色に染めてうつむいた。
本当にかわいい。
···言っておくが、ロリコンじゃないからな。そんな風に考えた奴は、股間に風穴があくと思えよ。
ふと、何かの気配を感じた。
そちらを見ると、空間から急に人が現れた。
エメラルドグリーンの髪と瞳を持った美しい女性だった。
「転移?」
思わずつぶやいたが、神威術による転移は、もれなく吐き気をもよおすものだった。現れた女性は、涼しい表情をしている。
「転移というほどのものではありません。この森の何ヵ所かに瞬間移動できる程度のものですよ。」
透き通るような声音で、俺の疑問に答えたのは目の前に現れた彼女だ。
「それだけでもすごいと思います。神威術ですか?」
「そう。私はハイエルフのアグラレス。初めまして、タイガ。」
アグラレスという名は、何かの文献で触れた記憶があった。
「エルフの女王陛下。そして···精霊神ですか。」
「あら、よく知っているのね。」
まさかとは思ったが、文献の記述通りのようだ。
アグラレスは、数千年の時を生きるエルフの絶対的統治者。そして、その長きに渡る人生で、エルフが崇高する精霊神への神格化を果たしたという言い伝えがあった。
ただの伝説の類いかと思っていたが、実在するとは驚きだ。
「とは言え、私は3代目なの。ハイエルフにも寿命はあるのだから。」
エルフよりもさらに高貴な存在と言われるハイエルフ。寿命は1000年とも、2000年とも言われているが、確かに彼女達にも寿命はある。代替りしてもおかしくはないだろう。
「ララノア。もういいわよ。擬態を解きなさい。」
アグラレスは、俺と手をつないだ子どもに向けてそう言った。
擬態?
ん?
突然、つないだ手が少し上に引っ張られた。
「···え?」
横を見ると、手をつないでいる相手が細身の···出るところはちゃんと出たキレイな女性に変わっていた。




