第二章 亜人の国 「 エージェントと黒猫⑧」
「イリヤは、魔王になりたいのか?」
「そうよ。」
「だから、俺と闘えと?」
「ええ。」
「じゃあ、俺の負けで良いよ。」
「··························えっ!?」
「イリヤが魔王だ。」
「は?」
「俺は、ミンやミーキュア達の手助けができれば良い。別に魔王になんか興味はない。」
「·······························。」
「おめでとう!今日からイリヤが魔王様だ。」
「·······························。」
「じゃあ、そういうことで。」
俺はイリヤの前から立ち去ろうとした。
「ばっ、なに言ってんのよ!」
踵を返した俺の袖を掴み、イリヤが必死の形相で食い下がってきた。
「何か問題でも?」
「あ、あるわよっ!魔王は、実力がなければなれないのよ?いくら、あなたが良いって言っても、他の人たちが納得しないわ!!」
「実力がなければ、"魔王候補者"にはなれないだろ?」
「それは···そうだけど、実際に闘ってもいないのに、私の勝ちっておかしいでしょう!?」
なんだろうか。
イリヤが必死すぎて、何か魂胆があるとしか思えないのだが···。
「俺は別に魔王にならなくても、ミン達の手助けはできると思っている。もちろん、イリヤの手助けもするぞ。魔王職がんばってくれ。」
「いや···だから、困るんだってば!あなたは、私と闘う必要があるのよ!!」
「いや、俺は必要ないと思ってるが···。」
「うぅ···もう、何なのよ、あなたは!黙って、私と闘えば良いじゃない!!」
「やだ。断る。」
「やだって···そんな···理由は?理由もなしに、魔王は譲るなんて、おかしいでしょう。」
「魔王になる必要性がないからな。それに···。」
「それに、何よ?」
「めんどくさい。」
その瞬間、イリヤの顔が真っ白になった。
ヤバい、キレたか?
そう思っていると、瞳から大粒の涙が溢れだしたイリヤは、俺の胸をポカポカと叩き出した。
「本当に···困るんだってばっ!お願いだから···グスッ···私と闘ってよ!!」
ポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカ···。
泣きながら、叫び、胸を叩き続けるイリヤ。
痛ましい···。
「イリヤ。」
彼女の頬に両手を添えた。
叩く手を止めて、じっと俺を見るイリヤ。
だめだ···愛らしい小動物に見えて仕方がない。
「理由を話してみないか?力になるぞ。」
「·························。」
目をそらし、沈黙するイリヤ。
「イリヤは、俺と闘わなければならない理由があるんだろ?」
「!」
ビクッとした反応が伝わってきた。
「大丈夫。俺を信じろ。」
それを聞いた瞬間、イリヤは嗚咽を漏らした。
「ミン···大変だわ。」
「何が?」
「緩急をつけて相手の不安を膨らませ、どん底まで落とした上に、救済の手を自ら差し伸べる···彼のあれは本物よ。」
ミーキュアは、タイガの天然ジゴロっぷりに畏怖していた。
「大丈夫。」
「大丈夫って···何が?」
「竜人の里で通達を依頼済み。」
「通達?」
「連合内の女性は、タイガの天然っぷりに籠絡されないようにと、注意喚起を流してもらってる。」
「···さすがだわ。」




