503話 天剣と呼ばれた男⑫
上質できらびやかな光が、大ホールの天井に配置されたシャンデリアから降り注ぐ。
その明かりを反射して、金色の髪が綺麗に輝いていた。
軍服とは違い、鮮やかなブルーのドレスをまとった彼女は、公務の時と同じくクールビューティーな佇まいで、周囲からの目線を独り占めにしていた。
男女問わず、凛とした彼女の美しさに、今日の主役である天剣爵位の男など霞んでしまうのかもしれない。
多くの者が、話しかけることを躊躇うかのようなオーラがその身を包んでいる。彼女自身が他と距離を置こうとしているのだろう。目に見えない防壁のようなものを纏っているかのようだ。
だが、タイガと目が合うと、その氷のような青い瞳が、やわらかな眼差しに変わる。
心なしか潤ませた瞳に、優しげな笑顔。
「タイガ。」
「軍服姿は凛々しいけど、ドレスだと本当にキレイだな。」
特にお世辞でもないのだが、雰囲気に合わせて歯が浮くようなセリフを言った。
背筋が痒くなったのは内緒だ。
「あなたも、髪があると精悍そのものね。」
笑顔もかわいい。
ギャップ萌えというやつだ。
因みに、「髪がないと性感そのものとでも言いたいのか?」などと言うツッコミはやめておいた。TPOを無視しすぎるし、隣には覇王がいるからだ。
「ありがとう。ディセンバー卿、お嬢さんをお借りします。」
一応、父親である覇王に許可を取る。
「む···あ、ああ···いや、はい。」
この時のディセンバー卿は、かつて見たことのない娘の笑顔を目の当たりにして、驚きを隠せなかった。しおらしいというか、はにかんだ笑顔に、「あのサキナが!?」という想いで一杯だったのだ。
「では、サキナ様。ダンスのお相手を。」
サキナの手を取り、瞳を覗きこむ。
「はい。」
サキナは可愛く微笑みながら、タイガと共に歩を進めるのだった。
「「むぅ···。」」
金髪のキレイな女性の手を取って、ホール中央に向かうタイガを見ながら、フェリとパティはむくれていた。
確かに、すごくキレイな人だけど、自分達だってドレスアップをしてきたのに···と。
「テスラのディセンバー家のご息女か。」
「うん、王家の血筋らしい。」
隣にいるマリアとシェリルは、タイガといる女性を知っているようだ。
「適任と言うしかないわね。今の状況なら、テスラ王家の血筋で、覇王と呼ばれる辺境伯のご息女がお相手なら、他の貴族は手出しができない。」
リルはむくれている2人に説明をするようにつぶやいた。
貴族とは、力の有るものと婚姻関係を結び、自分の家の繁栄を企てるものだ。天剣爵位を叙爵するということは、名誉爵位であるとは言え、国家の枠にとらわれない地位と名声を得ると同意義である。
一代限りの爵位ではあるが、貴族家として、その栄誉の血が交ざることは、王家に匹敵するほどの箔をつけるということだ。当然、大きな利権や武勇の血も得る。
元の世界で言えば、恐ろしく強い競走馬を、専属の種馬として得ることと同じ、とでも言えば良いだろうか。
貴族の立場として考えた場合、タイガを婿として迎えれば、数代における家の躍進は確約されたものと言える。しかも、通例として娶る妻は1人であるはずがない。王家や大貴族の女性とさらなる婚姻をかわせていけば、強固な派閥形成など容易いこととなるのだ。
「確かに。噂では、ディセンバー卿の人脈や信頼の厚さは相当なものだど聞くしね。テスラの王太子殿下も、頭が上がらないらしいし。」
マリアが言うように、次期国王である王太子殿下も、同国の家臣とは言え、ディセンバー卿とその息女を見て顔をひきつらせている。お国事情だが、かなり前の内乱で、ディセンバー卿の武勇がなければ王家が転覆していた可能性があったとも聞いているので、仕方がないことなのかもしれない。
「それにしても···。」
「うん···タイガは相変わらずタラシ全開。」
「あの人···さっきまでは他人を寄せ付けない感じのクールさだったのに、タイガに話しかけられた瞬間にデレたわね。」
「しかも、覇王って呼ばれている怖い親父さんまで頬が緩んでる···。」
「タイガは自覚症状がないんだろうなぁ···」
5人はやれやれといった感じで、小さなため息をつくのだった。




