488話 エージェントは日常に戻る⑯
状況を考えると、天剣爵位の叙爵は受けざるを得ないだろう。
スレイヤーとして、ひっそりと生きていこうなどと思っていたが、元々が異世界からの転移者などというイレギュラーな存在だ。平穏な人生を求めていることが間違っていたのかもしれない。まあ、スレイヤーの職務が平穏かどうかはイマイチわからないが、少なくとも、誰が味方なのか疑心暗鬼にかられるようなエージェントの世界よりはマシだろう···たぶん。
気になるのは、その記憶も確証もないのに希代の英雄扱いを受けることだ。どちらかと言うと、神アトレイクと教皇ビルシュにはめられたような気がしてならない。もちろん、そこには悪意は感じられないし、人の役に立つという大義名分が存在する。それに、クリスティーヌの命の代価と考えると、断るわけにはいかないのだ。
「それで、天剣爵位を叙爵した後はどうするつもりなのだ?」
国王がめずらしく真面目な眼をして問いかけてきた。
先日の魔人騒動だが、俺に嫌疑をかけて国王や大公の権威を貶めようとした派閥がいたようだ。結局、嫌疑が晴れただけでなく、俺がテトリアという大英雄の転生者である可能性すら出てきたため、そいつらの追求は息を潜め、逆に閑職に追いやられたらしい。
大公などは、「タイガが顔を出すようになって、国の体制がどんどん強固なものとなっていくわ。」と、反乱分子の排除を好ましく思い、笑っていた。
目の前の国の重鎮である2人は、俺が他国に対しても助力することをどう思っているのだろうか。こういった状況では、人の本性が出たりする。
「今までと変わりません。場合によっては拠点を移すかもしれませんが、やることは一つです。スレイヤーとして、魔族や魔物を討伐するだけです。」
国内に留まるように説得をされるか、もしくは既に手を回しているか。そんな風に考えていた。
「そうか···そなたらしいな。まあ、それも仕方のないことだ。」
意外な答えだった。
拍子抜けした表情をしていたのか、大公が俺を見て微かに笑い、国王の言葉を補足した。
「タイガがこの国を後にするかもしれないと考えれば、我々にとっては大きな痛手だ。ただ、どのような状況下にあっても、そのブレない態度は、ある意味で大きな安心感をもらたしてくれる。どこにいようと、我々にできる助力が必要となれば、いつでも言ってくれ。」
下手に引き留めると、他国やアトレイク教の信者からは良い感情は持たれないだろう。政治的な配慮で言えば、同じ送り出すのであれば、好意的な対応をするに限る。そんな、腹を読むような考えを持ちつつも、この二人がいるからこそ、国は繁栄をしていけるのだろうとも感じた。
「ありがとうございます。有事の際は、微力ながら助力致します。」
「うむ。落ち着いたら将来のことをゆっくりと話そうぞ。」
「陛下、それについては、うちのテレジアも参戦致しますぞ。」
「む···では、第一夫人がどちらになるか競うとするか。」
「······························。」
台無しだ。
このおっさん達もブレることがない。
俺は死んだ魚のような目で二人をみつめるのだった。




