437話 エージェントの憂鬱⑲
まるで、映画のワンカットのような鮮やかなKO劇。
ディセンバー卿は、顎にストレートが決まった瞬間、棒立ちとなり、そのままキレイに床に倒れた。
「あれ?」
突然、襲いかかってきたので、応戦したが、あまりにも手応えが無さすぎた。何がしたかったのだ?
「タ···タイガ殿···いくら何でもそれは···。」
バリエ卿が、汗たらたらに何かを言っている。
「はい?」
「はい?じゃなくて···君の怒りは当然だろうが、まさかテスラ王国の覇王と呼ばれる人を素手で瞬殺するなんて···。」
いやいや、殺してないし。
「覇王?世紀末覇者ではなくて?」
「世紀末覇者って何だい?」
ああ···伝わるわけがないか。
「いえ、気にしないでください。それよりも、別に怒ってなどいませんよ。」
「いや···でもほら、いきなり友好的に握手を求めに行ったディセンバー卿に、あの仕打ちはないと思うが。」
は?
友好的?
握手?
あの覇気で?
あの形相で?
「···職業柄、自然と体が動いてしまいました。しかし、あの形相で迫られるのは、相手を威嚇しているとしか思えないのですが。」
「形相?いや、私には背中しか見えなかったが···。」
ごもっとも。
バリエ卿はディセンバー卿の後方にいたので、あの鬼のような顔が見えなくても仕方がない。
「ところで、ディセンバー卿がなぜここに?」
「ああ、私とは旧知の仲なのだ。君に謝罪と礼を言いたいから、居場所を知らないかと聞きにこられたのだよ。」
そうなのか。
てっきり、この前の続きをやるのかと思った。
「しかし···この状況はマズイなぁ···。」
何がマズイのかは理解ができるが、殴り倒されるような、まぎらわしい真似をしたオッサンが悪い。
「フォローしときますから、バリエ卿は適当に合わせてください。」
「え?」
俺はディセンバー卿の上半身を起こし、背中側から活を入れた。
「は!?」
すぐにディセンバー卿が意識を取り戻す。
「な、なんだ?何が起こった?」
キョロキョロとあたりを見回し、混乱する様子を見て、殴られたことは記憶にないのだろうと思うことにした。
「ああ、ご無事でしたか?」
「な、あ!?きさ···君は!?」
声をかけると、ディセンバー卿は俺を見て驚いた顔をした。
「絨毯に足を取られて、倒れられたのですよ。気を失われていたので、心配をしました。」
「そ、そうなのか···いや、そうだ!この前は、失礼をした。ちゃんと話も聞かずに申し訳ないことしてしまった。それに、サキナを救ってくれたそうだな。」
脳筋は楽で良い。
誠実そうな対応をすれば、それに返してくれるからな。
そう思っていると、唖然とした顔をするバリエ卿が目に入った。
余計なことは言わないようにと、目線で訴えておいた。




