423話 エージェントの憂鬱⑤
疾走するタイガは、叫び声のようなものを聞いて、さらに足を速めた。
タフなおっさん···おそらく、サキナの父親とのやりとりの場から、直線距離にして、およそ10km程離れた位置にいる。
一度、町に戻って馬か馬車を調達しようかとも考えたが、あのおっさんと鉢合わせをすることにでもなれば、また面倒なことになるかもしれない。そう思って、迂回をして南に向かう道に出てきた。
よく馬や馬車が行き交うのだろう。道は平坦に固くならされており、障害となるものはない。
順調に進んでいると、左側の急斜面の下から邪気を感じた。
魔物。
昨夜の生き残りかもしれない。
俺は、自然とそちらに向かった。エージェント時代なら、任務以外の荒事に介入をすることは、良しとはされていなかった。些細なことだと割り切らなければならない所だが、こちらの世界ではそんなことを意識する必要はない。多勢を救うために少数を捨てるという考えは、必要悪のようなものかもしれない。それについて、否定をするつもりはなかった。
ただ、俺は今のこの人助けを躊躇わない生活を気に入っていた。
斜面を駆け降りると、1人の男の子がオーガ1体に襲われていた。
右手に持った剣を振り上げ、腰が抜けたような格好で後退る相手を追い詰めるオーガ。
抜刀。
斬!
俺はすぐに蒼龍でオーガを斬り、返り血を浴びないように男の子を抱え上げて、その場から距離をとる。
オーガは斬られたことには気づかずに、剣を振り下ろした反動で体を二分させた。
「ケガはないか?」
腕の中にいる男の子の顔を見ると、ひきつった表情でオーガの最後を見届け、機械じみた動きで首を動かしてこちらを見た。
唖然とした顔をしている。
年は13~14歳くらいか。
ストレートの茶髪をショートボブにしている。肌が白く、瞳の大きい中性的な顔立ちだ。
男の子だよな?
かわいらしい顔をしているが、服装は男の子のものだ。お姫様抱っこをしてしまったが、軽い。それに左手の大腿の感触が柔らかい。
「お···お···。」
「ん、どした?」
「降ろしてよ、ハゲっ!」
ハゲ!?
昨日は闘いばかりだったが、その言葉ほどのダメージはなかったぞ···。
わかる奴はいるか?
助けた相手にハゲと罵られた気持ちを····。




