406話 エージェントの遠征⑭
主導していた魔族が倒れたからか、サキナのイグニス·ファトゥスが効果的だったのか、もしくは、その両方なのかもしれない。魔物達は逃走を始めようとしていた。しかし、数が多いため、互いが邪魔となって、進行方向が定まらない。
タイガは、残った最後の小瓶を投げた。中身は当然、アサフェティダだ。小瓶は弧を描きながら、群れの最奥の方に落下。すぐに異臭が漂い、魔物が半狂乱になる。
風下に立っていたタイガの方角に、一斉に魔物が走ってきた。
距離は100メートル程。
地面に転がっていた手頃な石を拾い、低弾道で投げる。
先頭のキラーグリズリーの前足にヒットした。この程度では、キラーグリズリーを止めることはできないが、痛みによって減速したことで、後続の魔物達が折り重なるように衝突した。車と同じで、急には止まれない。
そこに、風撃無双を連発する。
完全に足を止めた先頭集団に、アサフェテイダの臭気から逃げ惑う後続が、さらに積み重なるように激突する。
疾走するタイガは、間合いに入った魔物を次々に斬り裂いていった。
行動不能に陥った魔物が壁となり、後続は別の方向に逃げ出そうと、体の向きを変える。
だが、同じことの繰り返しだ。
後続とぶつかり合い、狭い空間にひしめき合う魔物達。
そこに、テスラ兵が再び放撃を始めた。タイガが思い描いた通りに、動いてくれたようだ。指揮官はなかなか優秀なのだろう。
「そういえば、指揮官は金髪の女性だと聞いていたな。もしかして、さっきの···。」
シニタ中立領で聞いた情報だ。
この地域の指揮官は、サキナ·フォン·ディセンバーという辺境伯の娘だったはずだ。
『女性は一人だけだったようだが、そなたはその者に不埒な真似をしていたな。貴族の娘、しかも指揮官だ。後でややこしいことになるかもしれんぞ。』
神アトレイクの言っていることは正論だ。でも、その口調は面白がっていた。
「後でフォローしとく。」
本当は、魔物がある程度片付いたら、そのまま帰るつもりだった。「テトリア様!」とか言われて、群がれるのは嫌だからな。しかし、下手をすれば国際問題になる可能性もある。握力が~などと言っても、納得はしないだろうし。
『最悪の場合はどうするのだ?妻として娶るか?』
こいつ···完全に面白がってやがる。
「その場合は、テトリアの名を使う。」
『···最低だな、そなたは。』
「誉め言葉として、受け取っておく。」
そんな冗談··いや、タイガは本気だったが···を交わしながらも、魔物の討伐には手を緩めない。
襲いかかってきたオーガの攻撃を跳躍して避け、近くの木の幹を蹴って、三角蹴りの要領でカウンター攻撃。バスタードソードで頸椎を貫く。
地上に降り立ち、再び疾走。
魔物が散らないように、群れの外周を駆け抜けて、攻撃を加えていった。




