381話 偽りの聖者②
教会本部の一画に、豪奢な執務室があった。その窓際に配置されている執務机に、恰幅のいい男が座っている。
「大司教様、ご報告致します。」
ノックの後に入ってきた男が、声をかけた。
「なんだ?」
「大聖堂前で、魔人が倒されました。」
抑揚のない声で報告をするのは、表情が全て抜け落ちたような、血の気のない顔の男だ。
「······相手は?」
「なんでやねんの使徒と呼ばれている男ですが、英雄テトリアが転生した姿の可能性があります。」
「···詳しく話してみろ。」
「はい。実は···。」
顔色の悪い男は、大聖堂で起きた経緯を説明した。話を聞くにつれて、大司教の顔は蒼白となり、汗がこめかみをつたう。
「まさか···テトリア様が···。私はすぐにここを出る!お前は、地下の資料などを焼却するのだ。」
微かに震えながら指示を出す大司教に、男は冷たい言葉で返した。
「逃げるおつもりですか?」
右手をゆっくりと上げて、大司教に向ける。
「な···何のつもりだ。」
「おまえの役目は終わった。」
ブンッという不快な音の後に、大司教は床に転げ落ちた。目を見開いたまま、身動き一つしない。
「分不相応な欲にまみれた小心者に、生きる価値などない。」
無表情を崩すことなく、そう呟いた男は、そのまま踵を返して部屋を出て行った。
後には、目や鼻、口から血が流れ出した大司教の亡骸だけが取り残されていた。
『いたぞ。邪悪な気配を持つ存在が。』
神アトレイクが、大司教の執務室で起きた異変に気がついた。
「一瞬だが、俺も感じた。大聖堂の裏手にある、建物の上階だな。」
これまでは、その邪気を感じることはできなかった。何らかの術を使い、その瞬間だけ隠蔽していたものが顕在化したのかもしれない。どちらにせよ、この教会本部に巣くう諸悪の根源は叩かねばならなかった。




