290話 狙われたエージェント①
「やるな···なかなかの動きだ。」
「ほぉ。体術の元専門家から見ても、そう感じるのか?」
数キロメートル離れた上空で、監視をする二対の眼。
残る二体の魔人が、タイガに興味を持ち、その実力を見極めようとしていた。
「ああ。あの固め技は両方とも初めて見たが、凄まじい完成度だ。一度関節を取られると、抜け出すのはかなり難しいだろう。それに、特筆すべきはあの打撃技だ。称賛に値するほどのキレ味と言えよう。細身ながら、体重を無駄なく打点にこめている。見た目以上のダメージがあるだろうな。」
2メートル近い巨漢が解説をする。
魔人となり、魔法を多用するようになったとは言え、この男は元武芸家である。この世界の武芸とは、近接戦闘で用いられる実戦拳法を指す。武器を用いながら、膝や肘での打撃、指での目潰しなどと言った原始的なものが主体ではあるが、一対一の近接戦闘においてはかなり有効な手段でもあった。
「見慣れない技が多いが、あの髪色からして東方の出身だろうな。」
細身の体格をした、長剣を所持している男が答えた。こちらも長身である。190センチ近い。
「ああ。あの地域の中には、無手による体術を得意とする奴等がいるらしいからな。何でも、宗教信仰により、殺生が厳禁で、武器を持つことができないことから独自に発展をしたと聞いている。何々拳とかいう流派が、無数に存在すると記憶している。」
「奴が使う体術も、その流れのものかもしれんな。」
「遠視で、話している内容の端々を読み取っていたが、奴が使うのは"なんでやねーん"というもののようだ。」
「···········は!?何だその間の抜けた"なんでやねーん"と言うのは?」
「知らん。俺も初めて聞いたが····何々拳と似たようなものだろう。」
「流派の名前か···確かに発音が似ている。」
「だが、優れた体術を会得しているのに小賢しいマネをする。」
「なんだ?」
「我等の同胞が、何度かおかしな行動に出た。」
「ああ、奴を見失ったかのような不自然な動きか?」
「そうだ。おそらく、妙な粉を用いて、幻覚でも見せられたのだろう。」
「スパイス·オブ·マジシャンか。」
「邪道だがな···騎士でもないし、実戦で利用できるものは利用するという信念は、潔いとも言える。」
「命の取り合いに、汚いも何もないからな。」
「何にしても、"なんでやねーん"には注意をした方が良い。かなり手強そうだ。」
「ああ、そうだな。俺も"なんでやねーん"には気をつけよう。」
違う世界では、慣習や常識は当然異なるものがある。こうして、様々な勘違いから、本人の知らない所で、妙な二つ名や伝説が作られていくのである。




