最終章 You Only Live Twice 94
俺はため息をつきながら、ゆっくりと両手を上着のポケットに突っ込みビルシュに近づいていく。
刹那、奴の目に警戒が走った気がする。
やはり、下界では生身の物質を介していないといろいろと不都合なのかもしれない。
おそらく、精神体のテトリアがそうであったように、持てる力をすべて引き出すことができないのだろう。
精霊や霊体などのように超常現象を引き起こすことは可能なはずだ。
しかし、それはもしかするとこの世の理に反することなのかもしれない。
理に反する事象は非現実的な要素として理外の出来事となる不都合を起こす。
要するに、有り得ない内容として曖昧な意味しかもたらせないということだ。
これは概念のようなもので、信仰に反したから神罰が下ったであるとか、起こりえない事象に巻き込まれて命を落としたのは厄除けを怠ったからだ、などという具体的な説明がつきにくいことに後付けでいわれるようなものに近い。
要するに、理外の力は直接的な害はなせても、朧げな事象としての印象しか残せないのである。
この曖昧さを回避するために実体を要するというのが、ビルシュやテトリアにとって最大の足枷となっていたのではないかと思っている。
抽象的な事象は迷信や言伝にしかならない。
固有のものが何を成したかで事実として受け入れられるのが人の概念なら、神格的な存在が実体を伴わない事象を伴ったところで真の意味はなさないということである。
おおよそ哲学的な思考ではあるが、これまでの彼らの行いを考えるとそれほど誤った解釈だとは思えなかった。
そして、それが唯一のウィークポイントであるとも考えられたのだ。
ビルシュとの間合いに入る前に足を止めた。
奴は一挙手一投足を見るかのようにゆっくりと視線を動かしている。
妙な動きを見逃さないという意思を感じるが、やはり生身でなければそんな思考は働かないはずだと思うことにした。
不自然にならないように両手をポケットから抜き出し、その流れで握りこんだ手榴弾のピンを外して前に転がした。
転がってくる手榴弾を視界に入れたビルシュは、予想通り思考停止状態に陥ったようだ。
手榴弾はその名の通り手で握り込める大きさしかない。元の世界の人間でも、戦場や仕事上で見慣れていなければすぐに何なのかを理解することは難しいのである。




