最終章 You Only Live Twice 25
それから二時間ほど経過した頃合だろうか。
安置所の空気が少し変化した気がした。
明確なものではないが、微かにそれまでとは違う重苦しさを感じたのだ。
この部屋への通用口は一箇所しかない。
しかし、先ほどまでとは違う空気は、部屋全体を覆うように徐々に強いものへとなっていった。
突然、靄のようなものが発生する。
一見すると、テトリアの精神体が薄く全体に広がったかのように感じた。
ただ、やはりというべきか、これまでは知覚できたテトリアの気配を感じない。
周囲の状況に気を取られずにビルシュの遺体を凝視する。
徐々に濃くなる靄で、数メートル先の寝台が見え難くなっていく。
俺は立ち上がって足早に寝台へと近づいた。
その瞬間、フラッシュがたかれたように視界が真っ白に染まる。
身の危険を感じるようなものではなかったが、不意のことに視界を束の間失った。
視界を取り戻すまで数十秒くらいのものだと思うが、とてつもなく長い時間に感じる。
その間は何かの強襲に備えて警戒を強くした。
警戒するというのは意識がそれに割かれるということである。
寝台への注意がそれ、刹那の時間に何が起きたかは認識できなかった。
次に視界を取り戻した直後、その異変に気づく。
寝台からビルシュの遺体が消えていたのである。
半ば予期していたことが現実となり、俺はすぐに周囲の気配をうかがった。
やはりテトリアの気配は感じず、認識できる範囲では不穏なものは発見できない。
安置所の扉を開き、左右に素早く目を走らせた。
入室したときと変わらず、何の変哲もない通路が左右にのびているだけである。
「天剣様、どうかされましたか?」
ずっと扉の前で立番していた聖騎士が声をかけてきた。
「ビルシュの遺体が目の前で消えた。念のためにここを見張っておいてくれないか。」
「猊下の遺体が···は、はい。承りました!」
以前の事件以来、腐敗した聖騎士たちは追放されて新たな体制を敷いている。
目の前の聖騎士もこの消失事件に関わっているような素振りは感じなかった。
俺は気配を探りながら教会本部を駆け抜ける。
ビルシュの遺体は強奪されたのではなく消失した。
誰かが担いで持ち去ったわけではなく、先日のテトリアの鎧と同じで一瞬で消えてしまったのである。




