第4章 朋友 「annihilation⑨」
悪魔たちの亡骸を通路とは外れた位置に移動させた。
血の匂いまで消し去ることはできないが、これで避難している者たちが通っても恐怖を感じることはないだろう。
元の世界とこちらでは死生観の違いがある。しかし、やはり死体を見るということに不快感を持つ者は多い。非日常を感じると共に、自らの死を意識することにつながるのだ。
悪魔たちはいずれも目を見開いたまま絶命していた。俺は可能な限りまぶたをおろすようにしている。
死人の目は見た者に不安や恐怖を与える。生気のない目は、見る者を闇に引きずりこむような負を放つ。それは死人がそうしているわけではなく、見る側の心が自らに負荷を与えて恐慌状態をもたらすためだ。
俺のまぶたを下ろす行為は優しさからではない。滞りなく脱出をはかるために必要だと感じたからである。
俺はそういった感情が麻痺している。経験によるものが大きいが、こういったところは正常に戻ることはないだろう。
命のやり取りをするようなことが日常化している者は、どこかしら壊れているといっていい。相手が魔物ならともかく、人間やそれに近い存在なら大義名分に腰かけするか、狂っていなければ務まらない。
戦争から帰還した兵士が精神疾患を患っていることが多いのはそのためだったりする。終戦により大義名分が瓦解すると、自らが行った非道で罪の意識に押し潰されてしまうのだ。周囲の温かい感情に支えられて日常を取り戻す者もいるが、逆に破綻する者も存在する。
俺はそのどちらでもなかった。
感情を押し殺すのではなく、作業として実行することで日常とは切り離したといえる。
結果、そのすべてを正当防衛であると自らを誤魔化した。
それ事態も狂っているからこそできたことだと自覚している。
後ろを振り返ることは今更できない。
前に進む道を自らなくしてしまうことは何も生まないからだ。
いや、そういった思考も単なる自己正当化でしかなかった。
これまで通り過ぎた通路を再度確認し、後から来るであろう者たちのために分岐点に道標となる印を残しておいた。
悪魔たちの亡骸を視界に入れさせないためでもあるが、迷うことなく最短距離を来てもらうための意味合いが大きい。
それほど間をあけることなく、彼らはこちらに来るだろう。
ここから先はより慎重に動かなければならない。
外に出る間際が一番危険が大きいと考えられるからだ。




